第三十一話 魔術協会の方針
「お、おーい、大丈夫かぁ?」
「・・・・・・死にたい」
エリは自身の大失態に絶望し、身体を屈めてうなだれてしまっている。
いや、まあ恥ずかしい気持ちは分かる。
俺が同じような状況に陥てしまったら、家に引き籠る自信がある・・・・・・多分。
それにしても、まさかあの時出会った箱入りお嬢様みたいな女が、実はこの金持ち腹黒ギャルだったなんて。
世間は狭いものだ。
「ま、まあそう気を落とすなよ。こういうのはいつかバレるのがお約束だから。それが今になったってだけでさ、な?」
「そんなメタ要素全開で励まされても嬉しくない!」
両目に涙を浮かべ、威圧感のあった表情が完全に崩れていた。
最早、毒舌キャラの面影はない。
「とにかく、あたしの言ったことが変わる訳じゃないからね!もう二度とあたしに関わらないで!」
そう捨て台詞を吐き捨て、ドアノブに手を伸ばそうとした。
「あ、最後にもう一つ聞きたい!」
ここで俺は新たに気になることを思い出し、再度呼び止める。
「もう何なのよ!」
声を荒げ、今にも泣きだしそうな顔をこちらに向ける。
これはもう早めに切り上げるべきだと直感した。
「前に俺に言ったよな?ユイの身柄を拘束するって」
「それが何よ?」
「あれから特に何も起きてねぇけど、まだユイのことを狙ったりしていねぇだろうな?」
それはエリが魔術協会の人間であることを知った上での質問だ。
協会は記憶操作が効かなかったユイをイレギュラー分子だとみなし、捕まえようとしていた。
現に俺はその刺客らしき人物に合っている。
捕まえてどうするか、具体的なことは想像の範囲内になってしまうが、下手をすれば非人道的なことをするかもしれない。
その根拠は、協会は秩序のためなら手段を選ばない組織だからだ。
そして、その組織が管轄する地区の主任である彼女の反応は、どこか躊躇っているような様子を見せていた。
それからしばらく視線を逸らし続けた末、溜息を吐いて答え始めた。
「あんたと同じで監視よ。あの子記憶操作に耐性があるだけじゃなくて、魔装までしちゃったからね。かなり希少だから経過観察ってことになったのよ。まだ分からないことだらけだから下手に刺激しないようにって」
ユイに対する協会の方針を、気が進まなそうに語ってくれた。
恐らく話した内容が全てということはないだろうが、彼女に危害が加わらないことを知ることが出来た。
「そうか、それなら少し安心だ」
溜めていた緊張が少しだけ取り除かれ、ほっと安堵する。
その様子を見ていたエリは怪訝な顔をしていた。
「何で安心するのよ?結局あんたたちは自分のプライベートを誰かに見られるってことになるのよ。気味悪いとか思わないの?」
「まあ気分は良くねぇな。誰かに見られながら生活するなんて寒気がする」
「だったら・・・・・・」
「だけど捕まえて拷問じみたことしたり、酷な重労働させたりしねぇんだろ?」
「え・・・・まあ」
「それならいい、あいつの日常生活が多少保証されてんならこれ以上文句言わねぇよ。俺の邪魔さえしなければいい。ユイがこれ以上危険な目に合わなければいい。それだけ守れるんだったらな」
そこまで話すと、こっちの要件が済んだので、その場から立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。それ全部あんたの勝手な考えじゃない。その子は本当にそんなこと望んでんの?」
「言ったところで状況が変わる訳じゃねぇからな。余計なことをしても、ただ不安を煽るだけだ。万が一知られても、その時はその時でなんとかするつもりだ」
「でも・・・・・・」
「心配すんな。俺はお前みたいに口軽くないしな」
「っ!こいつ・・・・・・」
「そんじゃあな」
後ろを振り向くことなく、軽く手を振って屋上を後にした。
「さて、急いで戻って昼飯の続きを」
キーンコーン、カーンコーン
「あ」