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第二十八話 未完成な魔法

 私服に着替えた後、ミツキの部屋で自分が知らない昨夜の出来事について話を聞いた。



 といっても、何かあったという程の出来事ではない。

 疲れたユイをミツキが負ぶって、そのまま家まで歩いたらしい。

 そして、家の中に入るや否や兄から怒られるが、ボロボロになった自分たちの姿を見て、何も言わず寝かせてくれたそうだ。



 ここまでの話を聞いた後、ユイは少し申し訳ない気持ちになってしまった。


「なんかミツキや兄さんに悪いことしちゃったな・・・・・・」


 自分が眠ってしまっている間、ミツキに負ぶってもらい、兄には心配を掛けてしまっている。

 最後まで頑張るつもりだったのに、結果的に足を引っ張っているではないか。



「いや、そんな深刻な顔にならなくても・・・・」

「でも、毎回戦う度に倒れてたら迷惑でしょ?それに怒られるんだったらミツキだけじゃなくて、わたしにも怒ってほしかった・・・・・・」


 自分が背負うべき責任を最後まで果たせなかったことが、悔しくてたまらなかった。



 すると、そんな自分に見兼ねたのか、ミツキは大きな溜め息を吐いて言葉を続けた。


「あのな、お前初戦だったろ?そんなちょっとやそっとの失敗で自責の念抱いてんじゃねぇよ」

「うぅぅ、でも・・・・・・」

「面倒臭ぇなぁ・・・・・・まあ俺も人のこと言えねぇけど」


 んんん、と唸り声を発しながら後頭部を掻く。



「確かお前強くなりたいとか言ってたよな・・・・・・」

「え?うん・・・・・・・・あ、もしかして特訓してくれるの?」


 悩んでいたことが吹き飛び、ユイは期待の眼差しを向けた。


「ま、まあそうだなぁ、これから戦っていくにしても必要なことだし・・・・・・まあ、お前の正義感がどこまで続くか見物だけどよ」


 ミツキは口を尖らせ、悪態をつく。

 が、ユイは全く聞いていなかった。


「よし早速、特訓よ!」

「切り替え早ぇな」


 呆れるミツキを他所に、一人盛り上がるユイ。



「それでわたし何やればいいかな?やっぱ呪文?呪文かな?それとも魔方陣に六芒星を描いたりするのかな?」

「どこで覚えた、そんな知識?・・・・・・そうだなぁ」


 ミツキは徐に立ち上がり、近くの棚から何かを漁りだした。



 これはあれだ、魔法の書的な奴を探してるんだろうな。

 まさかそんな近くにあった何て気付かなかったな~。


 期待に胸を膨らませ、今から魔法を教わることに興奮が抑えきれなかった。



「取り敢えずこれで知識を付けろ」

「どれどれ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」


 ユイは差し出された物を見て、唖然としてしまう。



 それは、何の変哲もない薄型タブレットだった。

 ミツキが指で操作し起動させると、教材のような項目が浮き上がる。

 『ゼロから始める魔術入門』、『魔術基礎』、『魔術応用編』等。

 どれも書店で見かけるような教材にしか見えなかった。



「え、これ、魔法の書?」


 不安になり、一応聞いてみる。


「ああそうだけど」


 何の疑う様子もなく頷くミツキ。


「えっと・・・・・・これ、教材にしか見えないんだけど」

「魔法の書という名の教材だ!」


 言い切ってしまった。

 魔法の書という名の教材?

 教材という名の魔法の書?

 は?

 もう訳が分からない。

 ただ言えることは、自分が思っていたものと違うということである。



「教えるにも、知識を頭の中に叩き込んで理解するだけのことだしなぁ。それにお前の持っている魔道具に固有能力ってのがあって、自分で見付けていかねぇといけないんだよな」

「それってつまり・・・・・・」

「ほぼ独学だな」


 そう断言された途端、自分の中のモチベーションが一気に下がった。


「しょうがねぇだろ、俺の時だって最初そんなんだったし。まあ実際魔術使う時に少しアシストが入るってとこかな」


 まあそういう訳だから、とミツキはタブレットを渡すと、部屋から追い出そうとしてきた。



「ちょ、ちょっと・・・・」

「流石に今やれって言わねぇよ。学校休んでんだから今日はゆっくりしな」

「で、でも・・・・」

「大丈夫だって、家事は俺がやっておくから」

「いやそうじゃ」


 なくて、と最後まで言う前にドアを閉じられてしまった。



「何なのよ、もう・・・・・・」


 頬を膨らませ、ジト目でドアの向こうを見据える。

 それから渡されたタブレットに目を落とし、画面を適当に操作し始めた。


「こんなんで本当に魔法使えるようになるの?」


 半信半疑ではあるが、内容だけ読んでおこうと自分の部屋に向かった。


  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


「はぁ、本当勘弁してほしいよ」


 ドアノブを握ったまま、脱力したように膝をつく。

 そして、下手な励ましをしなければ良かったと後悔した。



 自分が最後まで付き合えなかったことを責め、ひどく落ち込む少女。

 そんな彼女に同情したのか、とにかく俺は女に涙_____実際泣いてなかったけど_____に弱かったようで、咄嗟に元気付けようとした。

 話題を変えるという誰でも考えそうな手段を使って。

 この時、話のチョイスをもう少し考えていれば、結果は違っていたかもしれない。

 まさか特訓の話に喰い付くとは思いもしなかった。



 俺はベッドの方に足を運ぶと、そのままバタンと倒れる。

 シーツに顔を押し付け、自身が抱えている劣等感を吐露した。


「寧ろ俺の方が教わりたいくらいだっての」



 俺は魔術師だ。

 傍から聞けば、厨二病患者だの言われて軽蔑されるようなことを言っているかもしれないが、事実である。

 分かりやすく何ができるかというと、火や風を発生させたり、何もない所から物を創造する錬成が出来たりする。

 魔道具という道具ありきの能力だが、それでも普通の人には出来ないことが出来るのだ。

 ただし、使いこなせているかは別だが_____。



 俺は錬成以外の魔術をまともに扱うことが出来ないのだ。

 火魔法は感情の抑揚で出力が左右される。

 風魔法は速度が上がるが、身体の反射速度に対応出来ていない。

 要するに、この二つに関しては『未完成の魔法』ということだ。

 そうなってしまった理由だが、特に深掘りする程のものではない。

 単に今まで、錬成魔術しか練習していなかったからだ。



 当時の俺は武器さえ自由に作れていれば、戦う時に問題ないと浅はかな考えを抱いていた。

 現にみらいショッピングモールの魔物も、アーケード街の魔物も、錬成で作った武器だけで討伐していた。

 しかし、廃工場では錬成で作った武器での純粋な戦闘は不利だと考え、火、風の魔法を多用することになった。

 なんとか力の制御は出来たものの反動が大きく、今でも僅かに身体の不調が生じている始末だ。



 魔術を満足に使えない奴から魔術を教えられて、彼女のためになるのだろうか?



 そんな疑問が脳裏を過ってしまう。

 それに自分自身の生き方について諭してくれた相手に何かを教えるなんて、烏滸がましく感じる。

 その理由もあってどうにも気が進まない。

 咄嗟に出た言葉で、墓穴を掘る結果になってしまうとは。

 独学を勧めてなんとかその場を誤魔化したが、多分すぐに助けを求めてきそうな気がする。

 俺が初めて魔術を学んだ時、父を頼ったように_____。



「まあ今日ってことはないだろうなぁ、いくら何でも」


 薄ら笑いを浮かべながら、不意に呟く。

 そして、止めておけばよかったと後悔することになる。



 突然の地響き。

 悲鳴。

 揺れ。

 それらが同じタイミングで起こった。

 俺は考える間もなく、ベッドから起き上がり部屋を飛び出す。

 事態の発生源、つまりユイの部屋の前に立った。



「どうしたユイ!何かあったのか!」


 ドンドンと扉を叩き、中にいるだろう少女に呼び掛ける。

 が、返事がない。

 何だか嫌な予感がする。


「入るぞ」


 一応一言断りをいれてからドアを開けた。



 案の定、嫌な予感は的中していた。

 ただし、悲劇的な意味ではなく、喜劇的な意味だった。

 部屋中が水浸しになっていたのだ。



 棚も、机も、ベッドも、その全てから水滴が滴り落ちている。

 部屋の中心では、ずぶ濡れになったユイが茫然と膝を付いたまま固まっていた。

 その傍らには先程俺が貸したタブレットがあり、画面が水で覆われていた。



 ここまでの状況を見てある程度理解すると、呆れて溜め息を吐いた。


「お前今日は休めって言ったよな?」


 問うが、反応がない。

 再び溜め息を吐くと、俺はあることを改めて理解した。

 こいつは人の言うことを守らないことを_____。

 知らなかった訳ではないが、そのせいでこんな惨状を作り上げられてしまったら呆れるしかない。

 僅かに頭痛がしたので手で押さえると、目の前の現状でやらなければならないことを一つ提案した。


「取り敢えず片付けようか」



 俺は部屋の中に入ろうとした・・・・・・が、湿ったカーペットの惨状を見て、足を止めた。

 壁に寄り掛かり、同じく外から話し掛ける。


「良かったな。これが火魔法だったら家が全焼してたぞ」


 例え話のつもりだったが、自身のこの発言で過去のことを思い出してしまう。

 あれは小一の頃のことだった。



 ちょうどその時期に魔術を覚え始めていた俺は、蔵の中で魔導書を読んで勉強していた。

 しかし、堅苦しい文ばかり読んでいて退屈に感じており、試しに魔術を使ってみたのだ。

 それも火魔法で。

 察しの通り、発動に失敗し蔵は全焼し、後で父にこっ酷く叱られたのは言うまでもない。



「・・・・・・」


 今となっては懐かしい気もするが、笑えない話であることは変わらない。

 下手をすれば、今そうなっていたかもしれないからだ。


「・・・・・・まあ、これで無闇に魔術を使うものじゃねぇってことを理解できただろ?これに懲りたらもう勝手に」


 途中言い掛けた時、突然ユイが立ち上がった。



 俯いて表情は読み取れないが、白い肌が淡い朱色になっている。

 髪の先端からポタポタと水滴が落ち、肌の表面にも伝っていた。

 服は濡れたことにより、下着が薄らと見えている。


「こりゃぁ先に着替えた方がいいな」


 目のやり場に困るしな。


 そう思った直後、ユイはポケットからある物を取り出した。

 懐中時計、いや魔道具だ。



「クロ、ノス」


 掠れた声で呟くと、足元に魔方陣が出現した。

 濡れた服は一瞬にして変化し、魔装した。


 え?何で魔装?


 そう聞こうとするが、その前にユイは持っているステッキを構えた。



 直後、床のカーペットを覆う程の巨大な魔方陣が出現した。

 浮かび上がる秒針が反時計回りに回り始め、周囲に散った水が一転に集中していく。

 まるでテレビの機能である逆再生を見ているかのようだった。

 どうやらこれがユイの魔道具の能力、その一端らしい。



「お前、それ使えるの分かってやったのか?」


 聞くと、


「別に分からなかったよ。元に戻せるなんて知らなかったし、それ以前に部屋中が水浸しになるなんて思いもしなかった」


 溜息交じりに答え、魔装を解除した。

 能力によるものか、着ていた服はカラカラに乾いていた。

 水に濡れた事象がなかったように。


「確かにちょっと危ないね、これ」


 ユイは手に持っている魔道具に目を落とした。



「まあ、理解してくれたならそれでいいよ。それと・・・・・・」


 俺は乾いたカーペットに歩を進めた。

 そして、ユイの傍にあるタブレットを持ち上げる。


「今度から魔術の練習は俺が付き添う形でやるからな」


 我ながら随分勝手なことしか言っていないような気がする。

 が、結果的にそれが最善の答えなのかもしれない。

 最早、教える資格があるかないかなんて考える余地はない。

 結局俺は、ユイに魔術を教える道しか残されていなかった。

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