第二十五話 二人なら
爆風、爆音共に治まると、俺は顔を上げた。
黒煙が立ち上る巨大なクレーター。
深い亀裂が入り、今にも地盤が崩れそうなコンクリートの地面。
所々で燃える小さな火は、ゆらゆらと周囲を淡く照らしていた。
それは正に、『惨状後の傷』と云っても過言ではなかった。
倒せたのか?・・・・・・魔物を。
ゆっくり立ち上がり、警戒しながら黒煙の方を注視する。
しかし、煙が濃いため、その先の様子を見ることが叶わなかった。
近付けば少しはマシになると思うが。
というか、今ので倒せなかったら積みだろ。
ふとユイが「さっきよりももの凄いの作るから頑張ってね!」と自信満々に意気込んでいたのを思い出す。
『さっきの』というのがどの程度なのか定かではないが、宣言通り『もの凄いの』を生み出していた。
こっちが引くくらいに_____。
周囲を見回すと全てが綺麗さっぱりなくなっていた。
魔物が散らかした瓦礫も、周辺の建物も、跡形もなく。
遠くの方の建物まで見えるようになっていた。
本当、凄まじい威力だったんだな・・・・・・。
最早二次被害の方が、損害が大きく感じてしまう。
そんな状況を一瞬で創り出してしまった少女はというと、俺の斜め後ろ数十メートル程の位置にいた。
両膝を付き、ピクリとも動かなくなっている。
恐らく、攻撃の反動で無気力状態になっているのだろう。
まあ、あんな凄まじい威力の魔力砲?を放ったのだから、そうなるのも当然か。
「大丈夫かぁ~~?」
気の抜けたような声を出し、手に持っている剣を杖代わりにして歩き出した。
足を動かす度に、身体のあちこちが悲鳴を上げる。
何度もバランスを崩しそうになるため、寄り掛かれそうな所があるなら寄り掛かりたい気持ちだった。
しかし、辺り一面更地で何もない。
全体重を剣に預けながら、一歩一歩前に進んでいく。
そして、ひびでボロボロになった剣が壊れた時、ユイの傍らに着いた。
案の定、ユイの顔からは破棄を感じなかった。
こりゃあ当分動けそうにないな・・・・・・。
そう思い、俺も横に座ろうとした時だった。
ドンッ!
突然の衝撃音。
直後に爆風が吹き荒れ、埃を巻き上げる。
何だ?と言わんばかりに、爆風の中心部の方へ視線を向けた。
「嘘、・・・・・・だろ・・・・・・?」
思わず目を見開き、目の前の光景に疑念を抱いてしまう。
黒煙の向こうから放たれる禍々しいプレッシャー。
血管のように無数の亀裂が走った外骨格の装甲。
鈍く怪しく光る赤黒の眼は、俺たちに殺意を向けていた。
「何・・・・で?」
間違いなく攻撃は通っていたはず。
外皮の損傷から防御手段を取っていないことは明白だ。
クレーターのど真ん中にいることから回避すらしていないだろう。
つまり、直撃だったのだ。
それなのに爆発の中心にいたにも関わらず、生き延びている。
一体どれ程頑丈な装甲なんだ?
愕然とする俺を他所に、魔物は更なる変化を遂げようとしていた。
突如、魔物の身体に張り巡らせられた亀裂の隙間から、眩い光を放ち始めたのだ。
「今度は何だ?」
状況が呑み込めず、頭の整理が追い付かない。
「・・・・・・同じだわ」
ユイが震えた声で呟いた。
「え?」
振り返ると、ユイはこの世の終わりのような絶望した顔になっていた。
「あの時も今みたいに光って、姿が変わって強くなってそれで・・・・・・」
「お、落ち着け。もう少し分かりやすく説明してくれないか?」
情緒不安定な状態になっているユイを宥め、落ち着いたところで詳しく話を聞いた。
ユイの話によると、元の蠍の姿から変化する際にも同じ現象が起きたらしい。
異形の姿に変貌した魔物は、変化前とは比べ物にならない程強くなり、手も足も出なかったという。
一応戦う前に話は聞いていたが、今目の前で起きているのがそれのようだ。
そういえば蟹や海老も脱皮をするが、あの魔物もそうなのだろうか。
それに変化(脱皮?)することで強くなるとか、普通に考えて結構ヤバい状況である。
ただでさえ強かった魔物が更に強くなるとか、そんなのゲームの中の話だけにしてくれ。
とにかく、今は何としてでも魔物の変化___この際脱皮と言ってもいいか___を阻止しなければならない。
俺は冷静に今の自分たちの状況を整理してみることにした。
魔力も体力も消費し、後一、二回程しか魔術を発動できそうにない俺。
フルチャージした光球を放った反動で、無気力になっているユイ。
見方によっては絶望的状況だが、まだ打つ手がないという訳ではなさそうだ。
そして、脱皮中の魔物は動きが止まっており、ダメージの蓄積で外皮もボロボロになっている。
つまり、もう一度攻撃を与えれば倒せるかもしれないのだ。
「なあユイ、まだ動けるか?」
「え?」
「一瞬でいい。あいつの目の前に転移させてくれないか?」
そう訊ねると、しばらく俺の方をじっと見つめ、何かを察したように首を縦に振ってくれた。
一か八かの最後の賭けだ。
ここで決めなければ、全てが・・・・・・終わる。
心に言い聞かせ、俺は長身の槍を生成した。
軽く二回転程振り回すと、腰を低くして構えの態勢を取る。
足元に魔方陣を出現させ、風魔法を発動させる。
念には念を、だ。
直後、目の前に時計盤模様の魔方陣が出現し、向こうから魔物の姿が覗く。
これで準備は完了だ。
スーと息を引くと、意識を集中させる。
そして_____。
「しゃあぁっ!」
力強く掛け声を上げ、地面を勢いよく蹴った。
風魔法による加速。
魔方陣を潜ったことによる瞬間転移。
速度は十分だ。
俺は宙で横回転し、更に加速を加える。
そして、ひび割れた胸部目掛けて槍を突き出した。
「せいっ!」
外皮を砕き、見事貫通した。
「があぁあ!?」
今までほとんど声を発していなかった魔物も、断末魔のような短い悲鳴を上げた。
やった!と歓喜し、僅かに攻撃の手が緩んでしまう。
それが隙を作る要因になってしまった。
魔物は俺の首を鷲掴みにしたのだ。
「ぐうぅっ」
締め上げられた喉から薄く声が漏れる。
強靭な腕力は気道を締め付け、呼吸困難に貶める。
苦しい。
俺は魔物の手を退かす・・・・・・・・・・・・ことはせず、腕に力を入れて更に深く槍を突き刺した。
骨が砕けるような音がし、魔物の身体を抉っていく。
それに呼応するかのように、首が更に強く圧迫される。
泡を吹き、顔面の血相が真っ赤になっていくのを感じる。
魔物が息絶えるか、俺が窒息死するか_____。
「!っっ・・・・・・・・っっっ!!!!」
喉を絞められているため声が出ないが、それでも発生しようとした。
いい加減、くたばりやがれぇぇぇぇ!!!!
感情が昂ったことで、火魔法が発動し槍の先端が激しく燃え上がる。
「が、ああああ、があああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」
魔物は炎による熱で体内を焼かれているため、苦しみ藻掻き始める。
俺は追い打ちを掛けるが如く、火魔法を体内へと注入する。
これにより、炎は魔物の全身を覆い尽くした。
獣の悲鳴はより一層甲高くなっていく。
よし、あと少しだ・・・・・・あと少し・・・・・・・・あと・・・・・・あと・・・・・・・・
酸素不足か、徐々に意識が朦朧としてきた。
視界がぼやけ、力も入らなくなっていく。
ダメだ・・・・・・意識を保たないと・・・・・・・・そうでないと・・・・・・・・
そう言い聞かせても、容赦なく意識が途絶えていく。
クソッ、・・・・・・・・もう少しなのに・・・・・・ここを絶えれば倒せるのに・・・・・・
ジワリと涙が浮かび、槍の持ち手から手が離れようとしていた。
・・・・・・ご・・・・・・めん・・・・・・・・・・ユ・・・・イ・・・・・・・・
直後、呼吸の自由を奪っていた感覚がなくなった。
「っっっはあああぁぁぁぁ!?」
気道を通して空気が流れ込み、消失し掛けていた意識が無理やり覚醒させられた。
そして、目の前には俺の首を掴んでいた腕が宙を舞っていた。
すぐには理解できなかった。
だが、槍の持ち手を掴むもう一人の存在に気付いたことで、全てを察した。
どうやらまた助けられたらしい。
いや、『また』という程回数は限定されていないか。
寧ろ『いつも』と言った方が正しいだろう。
魔物の腕を斬り落とし、槍を支えてくれているユイは、俺の方を見て強く頷いた。
「ユイ・・・・・・ああ、分かった!」
再び両手で槍を掴み、魔力注入を再開させた。
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!」」
激しく絶叫し、俺たちの全てをぶつけた。
そして、視界が一瞬にして真っ白になった。