第二十四話 乱戦
掛け声と共に、瓦礫を蹴散らしながら一斉に動き出した。
俺は魔物に猛突進し、ユイは背を向けて飛んだ。
お互いに与えられた役割を果たすために_____。
宙に舞っている砂埃を払いのけ、魔物との距離を徐々に縮めていく。
改めて見ると、蠍というにはあまりにもかけ離れた姿だった。
所々それっぽい面影はあるものの、シルエット自体は全くの別物だった。
ユイの話では、変化前はまんま蠍だったらしい。
もしまだ姿が変わるなら、一体どんな姿になるだろうか?
まあそれを知ることなく、倒したいものだ。
魔物との距離は半分くらいの位置まで進んでいた。
今のところ魔物に動きはない。
もしかして、近くまで誘い込んで向かい打つつもりなのか?
そう思った直後だった。
突如、魔物の背後から二本の触手が空高く伸び始め、ものすごい勢いで襲い掛かってきたのだ。
「うわっ!」
俺は驚きのあまり悲鳴を上げて、その場で飛び上がった。
が、避けるだけでは終わらない。
襲ってきた鋏の一つを叩きつける。
宙返りをしながら、もう一方も薙ぎ払った。
右のつま先が地面に付くと、急いで蹴って再び走り出した。
ユイの情報によれば、あの鋏に挟まれたら動きが封じられて、中々抜け出すことができないらしい。
まあそれを知らないにしろ反射的に避けたと思うが、教えてくれたユイにお礼を言うことにしよう。
魔物との距離、五メートル。
ここで急ブレーキを掛け、体を大きく振りかぶった。
魔物もほぼ同じタイミングで構えの態勢を取り、先端の針をこちらに向けた。
ほぼ間近まで迫った所で、俺は勢いよく剣の先を突き出した。
二つの一直線の残像が衝突すると、激しく火花が散った。
少し遅れて衝撃音が空間を揺らし、辺り一面の全てが巻き上がる。
威力は互角、いや向こうの方がそれ以上か?
互いに反動で態勢が崩れてしまい、大きく振りかぶってしまう。
が、瞬時に靴底に力を入れたことにより、踏ん張ることに成功した。
追撃。
踏ん張った足を軸に二回転し、加速する。
腰や肩、両腕をめい一杯回し、大振りの斬撃を加える。
蜥蜴人間を仕留めた技の二刀流バージョンといったところか。
しかし、その攻撃は固い外骨格に触れることなく、振り落とされた槍にねじ伏せられた。
出鱈目のような腕力は、加速をあっさり止め、剣を粉々に粉砕してしまう。
そして向こうも追撃し、二本の鋏で俺の身体を捕えようとしていた。
まさか二撃で積むとは・・・・・・
「なんてことがあっかよ!」
俺はすかさず簡易的な障壁を生成し、鋏による捕縛を防いだ。
障壁は簡単に破壊されてしまったが、その破片から再度剣を作り出す。
勢いの弱まった鋏を上空に薙ぎ払い、無防備となった腹部へと突進した。
「はあぁぁぁっ!」
横振りに放たれた二連続斬撃は、溝辺りに小さな亀裂を入れた。
流石に硬いな、コイツ。
心中で呟きながら攻撃を続行しようとしたが、魔物は軽くジャンプして後退してしまった。
どうやら距離を詰められたことに不利だと判断したらしい。
魔物は手で傷口を撫でると、赤黒の眼をより一層鈍く輝かせ、低い唸り声を上げ始めた。
これはさぞお怒りのようだ。
まあ、その方が好都合だが_____。
俺は剣の先端を魔物に向け、ニヤリと口角を上げて挑発した。
「来いよ、蠍擬き」
直後、咆哮のような雄叫びを上げた魔物が、音速の如く一直線に突っ込んできた。
空気を抉るように突き出された尖刃は、俺の胸部を捉えようとする。
予想通りの攻撃。
すかさず身体を捻らせ、攻撃の軌道から外れる。
次の一手がすぐに来ないように、剣を槍の側面に押し当てた。
摩擦により放たれた火花は、俺の顔面をチラチラと照らす。
それが火種となったのか、昂った感情に反応するように、刀身が激しく燃え上がった。
槍の一閃を回避しきると、今度は業火を纏った剣を大きく振った。
魔物も僅かに遅れて、槍を叩き付けた。
鈍い金属音。
飛散する火の粉。
初戦のように荒々しい燃え方はしていないものの、熱気は十分に伝わる程だった。
後から衝撃がビリビリと伝わり、筋肉に対する力の伝達を阻害しようとする。
だが、負けない!
「うおおおおおおおおおおぉぉぉっっっ!!!」
絶叫し、全身を使って魔物の剛腕を押し返す。
それに呼応するように炎の激しさが増していく。
このまま槍を焼き切る勢いで_____。
「っ!」
俺は咄嗟に後方へとジャンプした。
直後、二つの巨大な鋏が交差するのが視界に入る。
「っぶねぇ~、危うく鷲掴みにされるところだった・・・・・・」
そしてそのまま胴体を一刀両断、なんてシャレにならないな。
着地するや否や、俺は空を跨ぐ二本の触手に目を向けた。
「ったく、急に仕掛けてきやがってよ・・・・。まあ、一瞬調子に乗った俺が悪いんだけどな」
舌打ちをし、高揚された感情が一転し、冷静さや警戒心が生じる。
同時に剣の炎も消滅してしまった。
本当不便な能力だ。
こうなってしまったら、別の方法で戦うしかない。
俺は一旦深呼吸をすると、両腕に意識を集中させた。
腕、手、持ち手、刀身・・・・・・。
血管を張り巡らせるようなイメージで、魔力を注いでいく。
すると、剣の刀身が青く、淡く灯った。
だが、これだけでは終わらない。
今度は足元に意識を集中し、地面に魔方陣を出現させた。
そこからゆらゆらと風が放出され、ゆっくりと渦巻いていく。
そして、その風が剣に纏うと、刀身の輝きが青色から黄緑色へと変化した。
風魔法、発動。
「行くぞ!」
掛け声を上げ、足を動かした。
一瞬。
その間に俺は剣___強化と風を纏った___を振っていた。
最早自分でさえ目視できない程に_____。
首を捻ると、見えた景色に宙を舞う二つの鋏が映る。
斬られた触手の切断面から、夥しい量の血を吐き出していた。
どうやら上手く斬り落とせたようだ。
束の間の達成感を覚えると、再び剣を構え直す。
そこから空中に魔方陣を出現させ、足を軽く付ける。
瞬間、バウンドするように弾かれ、そのまま魔物目掛けて突進した。
魔物はというと、触手を斬られたダメージで怯んだように見えた。
が、それはほんの一瞬のことで、すぐに背後を振り向こうとしていた。
槍を動かすモーションも。
四連撃。
着地するまでの間に、右肩に喰らわせた斬撃数である。
直後、攻撃の余波がそよ風となって背中を撫でる。
「・・・・ぐっ!」
攻撃の反動が痛みとなって、両腕を痙攣してしまう。
「やっぱヘルメスと風魔法じゃあ相性悪いってか?」
火魔法の代わりとして使ったが、改めてリスクが生じてしまうことを再確認する。
しかし、それがどうしたというのだ?
細かく震える腕になんとか力を入れようと、剣のグリップを強く握る。
そして_____。
「おおおおおおおおぉぉぉっ!」
甲高く吠え、剣を高速に振った。
瞬く間に、無数の黄緑色の扇が四方八方に描かれていく。
ビュンッと空間を斬る音が絶え間なく聞こえ、より一層振る速度を上げようとする意識が芽生える。
速く、もっと速く、魔物がこちらに完全に意識が集中するように_____。
魔物は最初、高速斬撃に追い付けず、右腕の槍を構えて防御態勢に入っていた。
しかし、斬撃が見えるようになったのか、次第に攻撃をするようになっていた。
それも俺の攻撃速度と同じかそれ以上の速さで_____。
それだけではない。
先程斬り落とした触手の断面が盛り上がったかと思えば、新たに四本の触手を再生してきたのだ。
先端から伸びた刃は鋭く、蠍だから毒針を連想させるようで、攻撃に加わっていった。
これにより二刀流対三刀流から二刀流対一刀流を経て、二刀流対五刀流の対決へと変化した。
まるで意味が分からない。
簡単に言えば、結局こちらが不利になってしまったということである。
一撃、二撃・・・・・・と絶え間なく斬撃を繰り出していき、攻防一体の状況を作り上げていく。
「うおおおおおぉぉぉぉぉっ!」
獣のように絶叫し、一つ一つの攻撃を確実に当てていく。
剣を振る速度を落とさず、逆に速くして少しでもこちらに注意を引かせる。
そうすることで隙を作らせ、『あいつ』が狙いやすいようにする。
後少し、多分後もう少しの辛抱だ。
そう自分に言い聞かせ、剣を振るい続ける。
そして、魔物が俺の頭上目掛けて、槍を突き刺そうとした時だった。
「退いて!」
遠くの方から甲高い叫び声が聞こえた。
俺はそれに反応するように攻撃の手を止め、反射的に後方へ大きく飛び上がった。
途中、改めて声のした方を見ると、そこには巨大な光の球体が浮かんでいた。
心臓の鼓動のように一定のリズムで振動しており、まるで生きているかのようだ。
空気中から光の粒子を蓄えて尚も膨張し続ける。
そして_____
「行っけーーーーーーーーっ!」
巨大な光球は少女の、ユイの絶叫と共に放たれた。
地面を揺らすような音を震わせ、道中の瓦礫を巻き上げていく。
まっすぐ進むその球体が目指すは、魔物。
俺が着地した位置は魔物から約5メートル。
これだと確実に爆発に巻き込まれると悟ると、すぐに走り出す。
途中、後方を横目で見ると、魔物は光球に目を奪われているように見えた。
どうやらたった今気が付いたらしい。
だが、もう間に合わないだろう。
俺は再び前を向き、全速力で瓦礫の山を走った。
ピカッ
五十メートルくらいまで進んだ所で、後方から眩い光を放たれた。
その直後で激しい爆音が響き渡り、それが徐々に大きくなっていく。
間違いない、爆発による衝撃がすぐ近くまで迫っている!
俺は風魔法を発動させ、地面に浮かんだ魔方陣を勢いよく蹴る。
高速移動によりこのまま爆発圏外まで軽くひとっ飛び・・・・・・・・・・が、途中でバランスを崩し、盛大に転んでしまった。
「ふぎゃっ」
間抜けな声を出しながら、砂埃を撒き散らしゴロゴロと転がっていく。
そして大の字になって静止すると、急いで顔を上げた。
格好悪いが、奇跡的に爆発圏外から外れていてほしいものだ。
しかし、そんな願いは通じることはなく、爆発の勢力は止まる気配が全くなかった。
「くそっ!」
俺は舌打ちをし、咄嗟に握られていた剣を地面に深く突き刺す。
膝間づいて衝撃に備える態勢を取った。
次の瞬間、衝撃と爆風が俺の身体を襲った。
吹き飛ばされそうになるが、歯を食いしばりなんとか踏ん張ろうとする。
まさかここまでの威力があるとは思いもしなかった。
いくら魔術を発動できたとしても、制御できていなければ周囲に被害を与えてしまう。
ユイの場合がそうだ。
結果的にそうなってしまったのだから、取り敢えず今この状況を乗り切るしかない。
俺は剣のグリップを強く握りしめて衝撃が終息するのを只管待った。
早く、早く終わってくれ!
爆発が終わる数十秒間、そんな願いを心の中で叫びながら必死になって耐えた。