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第二十二話 本当の意思

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ここは、どこだ?


 それは、夢なのか現実なのか分からないような場所だった。

 意識もあるかどうかも分からない。

 そもそも五感があるのかも怪しい。

 ただ、どこまでも広がる虚無の世界が映し出されているだけだった。



 ・・・・・・・・・・確か・・・・・・俺は・・・・・・


 直前までの記憶を思い出そうとすると、突然背後から気配を感じた。


 ・・・・・・・・・・誰だ!


 声が出ているか曖昧な感覚だが、反射的に振り向く。

 そして、恐怖した。

 それも戦意を一瞬で吸い取られて、逃げ出したくなるくらい_____。



 人の形をしているが、人でない『闇』。

 禍々しさや不快感を一つに集約させたようなどす黒いオーラを放っている。

 容姿を確認できない程、全身が真っ黒に覆われていた。



 俺は直視することすらままならなかった。

 魔物とは明らかに次元の違う存在、いや魔物の方が可愛く感じてしまう程だ。

 理由は分からないが、とにかく俺は目の前にいるそいつに精神を蝕まれる感覚に支配されていた。

 まるで以前にも同じ体験をしたかのように_____。


 ・・・・・・・・・・お前は・・・・・・一体・・・・・・!?


  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


 俺が現実に引き戻されたことに気が付いたのは、それからしばらく経った後だ。

 広々としていて開放感のある場所。

 さまざまな種類の植物が植えられた鉢の道。

 端から端まで流れている小川。

 周囲を取り囲む多くの店舗。



 俺はここに見覚えがあった。

 それもつい最近来たことがあり、視界に入った店に入った記憶がある。

 ゆえに、ここがどこか理解するのに時間は掛からなかった。


「・・・・・・ここって、みらいショッピングモール・・・・だよな?」


 そうここは間違いなくユイと買い物をしたあのショッピングモールだった。

 同時に三年ぶりに魔物が出現した場所でもある。



 その悲惨な現場の様子は今でも脳に焼き付いている。

 魔物の大量殺戮により、一帯が血の海と化し、多くの尊い命が失われた。

 しかし、今はまるで何事もなかったかのように綺麗に整備されている。

 生存者の記憶と共に_____。



 分かっている。

 俺たち魔術師の本職は、秩序を守ること。

 それに魔物の存在が世間に知れ渡れば、市内愚か日本、いや世界が混乱に陥ってしまうことは十分に承知だ。

 仕方がない。

 仕方がないことなんだ。



 それでも俺は完全に受け入れられなかった。

 事情がどうであれ、被害者の遺族は死の真相を知らない。

 虚構の死に悲しみ、受け入れてしまうことは、果たして正しいのだろうか。

 それで両者が報われるのだろうか。

 所詮、組織の一員である以上、そのことを訴えてもどうすることもできない。

 結局、俺はどこまでも無力ということだ。



「なあ、俺ってただ力があるだけの脳筋野郎なのか?」


 背後にいる存在に向けて、自身の不安を吐露する。

 振り向くと、俺をこの場所に転移させた人物が切なそうに見つめていた。


「そんなことはないと思う。少なくとも、ミツキは被害者の人たちの悲しみを全部背負おうとする優しさがあるから。そんなに悲観的になる必要はないと思うな」


 ユイはそう言って励まそうとしてくれたが、逆に同情されているように感じてしまう。



「ごめん。咄嗟に思い付いた場所がここだったからさ。気分悪くしちゃったよね?本当にごめん」


 彼女の頭を下げる姿は、俺の心を強く締め付けるようで不快だった。

 話題を変えようと、それを返す言葉とは別に、ユイの奇妙な格好についての話に触れた。


「なったんだな、魔術師に」


 そう問い掛けると、後悔のような複雑な表情を浮かべた。


「どうだろうね?正直、自分の意志で変身しようと思って変身した訳じゃないから、魔術師になったかと言われたら怪しいところかな。まだ、ちゃんとなるかならないかの分かれ道に立っている状態って説明した方が正しいかも」


 それは今朝の覚悟を決めた発言と違い、あやふやな回答だった。



 恐らく俺が駆けつける前に、あの魔物にやられたのが原因だろう。

 決意が揺らいでしまったようだ。

 こういう時、親しい友人なら何か背中を押すような励ましの言葉を送るのだろう。

 ただ_____。


「そうか。なら、止めた方がいいな。そんな優柔不断で判断を鈍らせるような奴は戦闘に向いていない。そういう奴が、真っ先に死ぬからな」



 俺にとって、ユイはただの同居人に過ぎない。

 親族でなければ、友達でもない。

 今までだって、同居人として最低限の付き合いをしていただけ。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 俺はいつでも彼女との縁を切るつもりでいた。

 そして今日、まさにその日なのかもしれない。



「とにかく、俺に魔力を分けてくれないか?そしたら、もう一度あの場所に転移させてくれ。その後、お前の持っている魔道具を捨てろ」


 身勝手な要望だが、どうしてもそうしてほしかった。

 彼女は幸せになるべき人間だ。

 こんな汚れ仕事ばかりしていると、いつか俺みたいに大切なものを失ってしまうかもしれない。



 この場所で魔物が暴走した時、彼女は恐怖で震えていた。

 廃工場でも魔物に腹を貫かれて、危く死にかけている。

 不思議なことに、傷跡どころか衣服すらボロボロになっていない。

 しかし、危険な目に遭っている事実は変わらない。

 彼女はもう十分に傷付いたから、何も失ってほしくなかった。




 俺と彼女では、住む世界が違うんだ_____。




「さあ、早くしないとあの魔物逃げちまうぞ。市街地に向かわれると厄介だからさ」


 ならべく、いつものような口調で話そうとする。

 が、ユイはというと、口を開くどころか相槌すら打ってくれない。

 どうしても不安を拭うためにも彼女には笑顔でいてほしかったが、時間は刻一刻と近付いて来ていた。

 俺は手を差し伸べ、一言言葉を添えた。


「頼む」



 ここでユイが俺の手を取れば、二度と会うことはないだろう。

 記憶操作で記憶が消えなくても、これから作る幸せな思い出で埋め尽くしてくれる。

 時間は掛かるかもしれないが、全てが夢だったと認識してくれれば幸いだ。


 これでいいんだ、本当にこれが正しい答えなんだ。



 ユイは無言のまま、こちらにゆっくり歩み寄ってきた。

 最後まで彼女は顔を上げようとしなかったが、手を差し伸べる動作から受け入れてくれたことは間違いないだろう。

 俺は僅かに肩の力が抜け、さらに腕を伸ばした。



 さよなら、それとごめんな・・・・・・











「行かせないよ」


 耳元で囁かれた時、全身から温もりを感じた。

 冷めきった身体を優しく包むような感覚。

 俺は突然の出来事に動揺が隠し切れなかった。


「ユイ?」


 細い身体を退かそうとするが、彼女はさらに強く抱き寄せ、言葉を続けた。


「わたし自身が危険な目に遭ったんだから、尚更ミツキ一人に行かせるわけないでしょ。もし行くって言うなら、わたしも連れて行って!」


 発言に迷いがなかった。

 同時に矛盾もしていた。


「怖くないのか?」

「怖いよ。でも、ミツキもあの時の自分みたいにあるんじゃないかって思うと、ほっとけなくて。このまま行かせたら、一生後悔しそうで。そっちの方がよっぽど怖いよ!」

「足を引っ張ることになるかもしれないんだぞ」

「それでも、わたしは自分の出来ること精一杯やりたい!」


 お人好しというか、ただの頑固でバカなんだな。

 でも、これが彼女自身の正義なのだろう。

 どんなに敵わない相手でも、誰かのために勇気を出して挑む。

 いつかの自分が憧れていた思想だった。

 今朝、俺に魔術師になりたいと懇願してきた時も、そんな趣だったのだろう。


 憧れちまうよ、ムカつくくらい。



「精一杯って・・・・それで邪魔になったら意味ねぇだろ!自分の能力のこと、何も分かってない癖に、素人がしゃしゃり出るな!」


 俺はユイの身体を無理やり離し、八つ当たり交じりに罵声を浴びせた。

 今朝、彼女に暴言を吐いた時のように。


「いくつか技は使える!」

「じゃあ、それを完璧に使い熟せるのか?俺をサポートできるくらいなのか?それとも奴をお前一人で倒せるのか?」


 早口で問い詰めると、ユイは口を濁した。



「ほら見ろ、結局ダメじゃねぇか!結局お前は正義のヒーローに憧れているだけ!何一つ現実を見ていない!ただの我が儘なんだよ!」


 そう罵ると、ユイは断固として否定した。


「我が儘でも、本気でそう願ったのは事実よ!誰かの力になりたくて、誰かを守りたくて、能力が欲しかった!あの時ミツキがそうしたように、わたしもなりたかった!」

「守れてねぇよ!あそこで何人も死んだんだぞ!」

「それでも守れた人はいた!その人たちにとって、紛れもなくヒーローだったよ!」

「違う!俺はヒーローなんかじゃない!俺は、俺は・・・・・・俺は」


 激情する感情の中、過去の記憶が呼び起こされる。



 ヒーローという名に憧れ、自信を過信し、結果大切な人を失ったあの夜。

 三年経った今でも鮮明に覚えている。

 存在も、望みも、権利も、その後の人生は全てにおいて否定してきた。

 自殺する勇気もなく、流れていく時間を無駄に過ごしてきた。

 ある意味生き地獄でしかなかった。

 でも、どうしようもないクズな俺にとっては、お似合いの末路だった。


「偽善者で、悪人だ」


 今の自分に相応しい汚名だ。



「もういいだろ?大体、魔術師になることに何の得があるんだ?命張っても、名声も何も残らない。はっきり言って無意味だ」

「それじゃ、何でミツキは戦うの?」


 尤もな質問にすぐに返答した。


「贖罪だよ」


 その言葉を最後に、俺は背を向けた。

 本当なら魔力を回復して、魔物のいる廃工場に転してほしいところだが、生憎頼める状況ではなくなってしまった。

 だが、正しい判断で間違いないだろう。

 寧ろ、そんな提案をしたこと自体、虫が良すぎたのだ。

 もう誰の力も頼らない。

 改めて固く心に誓うと、歩を動かす。



「結局最後まで他人のことばかりなのね?自分のことは一切話さないで苦しんでばかり。ホント自分のことはどうでもいいんだね」


 そう言われるが、動じず前に進んでいく。

 が、駆け寄ってきたユイにより手を掴まれてしまう。


「な、離せよ!」


 振り解こうとするが、彼女はしっかりと手首を掴んでおり、離れなかった。


「過去に何があったのか全然知らないけど、自分一人だけ抱え混まないでよ!辛いなら辛いって、苦しいなら苦しいって、どうして言おうとしないの?そこにミツキの意思はどこにあるのよ!」


 その言葉に反応し、俺は上下に振る手を治めた。


 俺の意思・・・・・・?


 忘れていたものを思い出したように、我に返る。



「確かに他人のために何かをすることは素敵なことよ。でも、それはあくまで自分がそうしたいっていう自己満足のためにやることなのよ。ミツキはそうなの?」


 違う。

 ただそうしなければいけないと思ったからだ。

 『自己満足』ではなく、『自責』や『義務』みたいな理由で。



「もう勝手にどこかに行かないでよ!もっと自分のこと大切にしてよ!」


 ダメなんだ、それじゃ。

 少しでも自分本位な考えをしたら、また誰かを傷付けてしまう。

 そんなのもう耐えられない。

 そうなるなら、いっそ、いっそ・・・・・・


「俺はこれからも不幸であり続けなくちゃいけないんだ!自分の意思なんて持っちゃいけないんだ!」


 自分の存在意義を否定すること。

 それがあの時、生き残ってしまったことへの罰。



「本当にそう思ってるの?」

「え?」

「そんなことしたって、なんの意味もないよ。一生不幸であるべきとか、そんなの悲しいじゃない。況して、自分の意思を持たなくてそんなことしているなら、止めるべきよ」


 ユイは両手で俺の手を握り直した。


「どんな過去に間違いを犯しても幸せになる権利があるし、やり直すチャンスだってあるのよ。だから、ミツキがすべきことはそれなんじゃないの?」


 やり直す・・・・・・チャンス・・・・・・


 その言葉で、俺の中の何かが揺らいだ。

 今までしようとしなかったこと。

 無意味だと思って、切り捨ててしまった選択。

 俺はそれを選ぶ権利があるのか?


「でも、もう遅ぇよ。そんなもん、当の昔に捨てちまったよ。今更そんなことしたって、意味ねぇよ」

「そんなことない!今からでも間に合うよ!いつからじゃない。そうしたいっていう意思が一番大切なんだよ!」


 結局、意思かよ。

 呆れ果ててしまうくらい、言われているような気がする。

 それでも、理に適っていることには間違いなかった。

 ただ・・・・・・


「もしそれで上手くいかなかったら?また同じ間違いをしてしまったら、一体どうすればいいんだよ!」

「同じことの繰り返しよ!それに間違いが一度だけな訳ないでしょ!生きている間だって、何度も何度も失敗するんだし、その度に乗り越えなくちゃいけないのよ!」



 出来るのか?

 三年間ずっと自責の念に駆られていた俺が、乗り越えることが出来るのか?

 微かに見えた一筋の光は、不安という闇の渦により遮られていく。

 どんなに手を伸ばしても、掴むことが叶わない程遠くに見える。


「でも、自身ねぇよ。そんなのどうしたらいいんだよ・・・・・・」


 諦め掛けたその時だった。



「だから助け合うのよ!辛い時も、苦しい時も、一人でどうにもできない時も、傍にいてくれる存在が必要なの!」


 俺の手を強く握り締め、ユイは自身の心を叫んだ。


「わたしはミツキと一緒にいたい!そうでないとダメなんだ!認めるまで、何度も何度も言い続けてやる!」



 瞬間、心の鎖が解けた。

 三年という月日を通して作り上げてきた闇が、少女の一声で完全に消し去ってしまったのだ。

 そしてその少女は、俺の傍にいる。

 いや、ただ闇に遮られて見えなかっただけで、もっと前からいたような気がする。


 ああ、そうか・・・・・・こんな近くにいたんだ。



 自分ではどうにも出来ないくらい膨れ上がった憎悪を、優しく温かく包んでくれる存在。

 止まっていた俺の時間を動かしてくれたその少女は、俺のことを肯定してくれた。

 それだけで、心が満たされていく。


 俺は、俺は、俺は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!







「一つだけ約束してほしい」


 右手を握るユイの両掌を、もう片方の手で重ねる。


「絶対に死ぬなよ!」


 俺は彼女の手を強く握った。

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