第二十一話 八つ当たり
俺は目の前で起きている悲惨な光景に愕然としていた。
たった今、知り合いの少女が息を引き取ったのだ。
それも見るに耐えないほど無惨な姿で_____。
救えなかった。
三年間、一緒に住んでいたあの子を、ユイを死なせてしまった。
そして、俺の脳内に今朝の出来事がフラッシュバックされる。
誰もいない保健室に呼び出されたあの時間。
魔術師になりたい、正義の味方になりたいと言ったあの瞬間。
俺の中には、嫉妬心しかなかった。
戦う理由も、信念も、何もかも違う。
共通点があるとすれば、根本が後悔から生まれているということだけ。
しかし、その後の心境の変化は、お互い全く別の方向を向いていた。
俺と違い、他から尊重されるような意志を持っていた。
なのに_____。
「何で・・・・・・何で、俺が生きてんだ!こんな不条理あってたまるかよ!」
生きる価値のない俺が生きて、生きる価値のある彼女が死んだ。
そんな受け入れ難い現実を突き付けられ、罪悪感がこれまでにない程増幅されていく。
況してや、彼女と喧嘩をしていている。
明らかにこちらに非があり、謝罪すらできていないため質が悪い。
最低だ・・・・俺はどうしようもないクズだ・・・・・・
最早、自分の存在意義すら否定してしまう程落ちぶれてしまった。
俺は首元のネクタイを引っ張り、ワイシャツをボタンごと引き千切った。
肌が露になり、中に締まっていたペンダントを強く握る。
そして、どうすることもない後悔と収まり切れない怒りを胸に、喉の奥から絞り出すように叫んだ。
「・・・・・・ヘルメスッ!!」
忽ち学校の制服は青白く輝く魔装へと換装した。
全身からは禍々しいオーラが放出され、体内の魔力が活性化されていく。
俺は入り口の左脇で散乱している鉄パイプを素材に、二本の剣を両手に生成した。
地面に深紅の魔方陣が出現させると、周囲を取り巻くオーラが燃え盛る炎へと変化する。
建物内の火も取り込んでいき、その勢力は絶えることなく激しさが増していく。
そして、両手の剣に炎を纏させると、遠く離れた化け物に剣先を突き付けた。
「・・・・・・罪滅ぼしじゃない。ただ、これからすることは八つ当たりだ!」
俺は腰を低くし力を右脚に込めると、そこから一気に蹴りだし突進した。
風を切る勢いで魔物との距離を縮めていく。
魔物もそれを向かい打つように、右腕の槍を構える。
そして、距離が二メートルくらいのところで飛び上がり、右腕に握られた剣を振り上げた。
「はあああぁぁぁぁっ!!」
絶叫し、頭上のところまで達すると、そのまま勢いに任せて振り落とした。
巨大な槍の先端と剣の刀身が直撃したタイミングがほぼ同じだった。
耳鳴りがする程の鈍い金属音。
舞い散る火の粉と火花。
魔物も巨大なだけあって、そのパワーも尋常ではなかった。
衝撃が剣のグリップを返して、腕にビリビリと伝わってくる。
それでも俺は押し負けないように、剣に力を加えていった。
「ぐ、ぐぎぎぎぎいいいっ!!」
歯を噛み締め、このまま刀身をへし折る勢いで剣の刃を押し付けていく。
すると魔物は少し怯んだような素振りを見せ、俺の剣を受け流すように槍を上空に振った。
一瞬無防備な態勢になってしまったが、なんとか立て直し、剣を再度振るう。
この時も剣と槍がぶつかるタイミングは一緒だった。
これを境に、俺と魔物による激しい攻防戦が繰り広げられることになった。
俺は無我夢中で燃え上がる刀身を降り続けた。
その度に槍と鋏で妨げられるが、屈せず振り払い続け、隙ができるのを待つ。
今視界に映るのは魔物のみ。
それ以外は目も暮れていない。
とにかくこいつを斬る、それだけのことしか頭になかった。
それが火種となったのか、闘争本能が高まり自分の中の魔力が活性化されていく。
同様に、周囲の炎もそれに反映して、増幅されていく。
これにより二本の剣は紅色に発光し、刀身の強度が上がっていく。
それと共に、魔物が追い付けない程の圧倒的なスピードを繰り出すために、剣を振る勢いを上げた。
紅の閃光が空気中を無数の扇のエフェクトを描く。
どこまでも速くなり、取り残された光の残像で薄暗い世界を鮮やかに彩っていく。
その先に見据えるものは魔物一点。
そいつに最後の一撃を喰らわせるまで止めるつもりはなかった。
そして、とうとうその時がやって来たようだ。
槍で突き刺そうとしてきたところを左の剣で上空に弾き返した時、魔物の胸部ががら空きになったのだ。
「そこだああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
俺はその一瞬の隙を見逃さず、急かさず右の剣を突き付けた。
今までにない程の大きな奇声を上げ、全ての力を右腕や肩に注ぎ込んだ。
こいつで、終わりだ!
剣の先端は魔物の胸部を捕らえた。
そして_____。
パキンッ
刀身がガラスの破片のように砕け散ってしまったのだ。
「なっ!?」
思わず間抜けな声を出してしまい、唖然としてしまった。
同時に炎も消滅し、火の粉と共に光の粒子となって散り散りになっていく。
しかし、それだけでは終わらなかった。
徐に後ろの方を見ると、左に握られた剣も同じ現象が起きていたのだ。
一体何が起きている!?
状況を理解しようとしたがその前にバランスを崩してしまい、魔物の左脇に倒れてしまった。
掌や胸部、膝に若干の痛みを感じたが、そこからすぐに立ち上がって態勢を整えようと上半身を起こそうとした。
しかし、それを阻むように魔物の節足が俺の腹部を蹴り上げた。
「がはっ!?」
衝撃。
短い悲鳴と血を吐き、数十センチほど宙に浮くと、瞬く間に近くの壁まで投げ出される。
背中に衝撃が走り、無様に地面に横たわってしまう。
そしてこの直後、絶望的状況が起きてしまう。
全身を覆っていた魔装が光り出すや否や、粒子となって大気中に散ってしまったのだ。
これにより、今自分の身に起きていることの全てを察した。
魔力切れだ。
どうやら度重なる戦闘と、過度な魔力消費で枯渇してしまったらしい。
「くそっ、こんな時に・・・・・・」
それでもなんとか身体を動かそうとする。
しかし、先のダメージが残っており、身体が言うことを聞かない。
それどころか、忘れていた体力の消耗による疲労が今になって襲ってきたのだ。
肩や腕、膝に掛けて、鉛をぶら下げているように重く、全身に力が入らない。
電流が流れるような痺れが筋肉を刺激し、蓄積されたダメージが容赦なく増幅されていく。
そして、精神までも侵食されてしまう。
「・・・・・・・・ウソ・・・・だろ・・・・・・?」
絶望。
それしか脳裏に残らなかった。
徐に前方を見ると、魔物が八本の節足を動かしながらゆっくりと近づいて来ていた。
まるで勝ち誇っているように_____。
・・・・・・もう・・・・駄目なのか?
そう諦めかけた・・・・・・その時だった。
魔物が右腕の槍を持ち上げた直後、その背後から『何か』が勢いよく飛んでくるのが見えた。
そしてその『何か』が魔物の背中に直撃し爆発したのだ。
魔物は驚いた素振りを見せると、背後から細い煙を上げ怯んでしまう。
俺も一瞬の出来事で呆気に取られてしまった。
・・・・・・今、何が起きたんだ?
状況を把握しようとするが、そんな余裕すら与えずまた新たな出来事が起きる。
突如、魔物の頭上から黒い人影が飛んでくるのが見えたのだ。
影は俺の目の前で着地し、手中のステッキを前方に突き出す。
すると、足元に魔法陣が展開され、眩い光りが放出された。
人影は一瞬で見えなくなり、光の勢力は止まることはなく周囲を包み込んでいく。
俺はあまりの眩しさに目を瞑ってしまう。
忽ち辺り一面が真っ白に輝く世界に満たされた。