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第二十話 完全敗北

 最早サソリとしての面影は失われていた。



 本来あるはずのない人型の上半身が出現し、背中から2本のはさみが触手のように生えている。

 右腕には細長く尖った槍のような武器を携えており、刀身は三メートルくらいあるだろうか。

 低く唸り、赤黒く光る瞳からは尋常でない程の殺意を感じる。

 ただでさえ巨大だった身体は一回りも大きくなり、それだけで圧は凄まじいものだった。



「い・・・・・・あぁ・・・・」


 それは正しく『悪魔』そのものであり、ユイに更なる恐怖を植え付けていた。

 足元が震え、全身の感覚が一気に凍り付く。

 こいつは不味い、そう身体が激しく訴えているようだった。



 しかし、目前にして逃げることなど不可能だということも理解していた。

 背を向ければ確実にあの刃の餌食になる。

 どの道、戦う以外の選択肢はないということだ。


「・・・・・・こ、こうなったら、最後まで戦って足掻いてやる!」


 ユイは内なる恐怖を抑え込み、ステッキを強く握り締めた。



 すると、巨大サソリは砲口を上げ長く尖った右腕を上空に翳すと、ユイ目掛けて振り落としてきた。


 速い!?


 目視できない速度に驚くが、寸でのところで回避することができた。

 直後、一歩手前の位置で巨大な槍が地面を抉った。

 巨大サソリの腕の関節まで深く突き刺さり、衝撃で小規模なクレーターが広がっている。


「さっきより攻撃が強くなってる!?」


 驚愕するが、着地して間もなく地面を蹴って飛び上がった。



 天井スレスレのところで静止し、ステッキを構え直す。

 もたもたしていると、いつか遣られる。

 即座にそう判断し、先程と同じくエネルギーをチャージし始める。

 光の粒子が一点に集り、膨張していく。


 さっきよりも大きく、強力な一撃をあいつに・・・・・・・・ん?


 それは思考すら追い付かない程、一瞬の出来事だった。



 景色が変わっている。

 目の前にいたはずの巨大サソリの姿はなく、天地がひっくり返って見える。

 どうやら無意識のうちに瞬間移動をしていたらしい。

 なぜ?と、危機的状況でもないのに発動してしまったことに疑問を抱いていると、腹部に若干の痛みがするのに気が付いた。



 ユイは恐る恐る目下に視線を向けると、巨大な鋏が両脇をがっちり挟み込んでいた。

 繋がっている触手を目で追うと、巨大サソリの背面へと続いている。

 状況から察するに、自分は捕まってしまったらしい。


「うそおぉ~~~!?」


 ユイの身体はまたも一瞬にして、壁へと叩きつけられた。



 舞い上がる土埃と轟く衝撃音。

 無様に瓦礫の山でうつ伏せになってしまう。

 僅かだが、全身に痛みを感じた。

 そう感じてしまったのだ。

 戦いの痛みを_____。



 迂闊だった。

 変身したことで身体能力が強化され、生身では考えられない程頑丈になったのは間違いない。

 ただし、それで全くダメージを受けなくなるということではなかった。

 耐久値を超えた攻撃を受ければ、その分引いたダメージが生身の肉体に伝わってしまう。

 当然、痛みを感じることになる。



 さらに瞬間移動にも欠点がある。

 恐らく、先程能力が発動したのは、自分が気付かないような攻撃を巨大サソリが仕掛けてきたからなのだろう。

 しかし、発動したにも関わらず、あの巨大な鋏によって身体を捕らえられている。

 まるで先読みされていたかのように_____。

 つまり、瞬間移動が万能な能力ではないことになる。



 そのことを瞬時に理解したユイ。

 直後、彼女から完全に戦意が喪失した。


 怖い_____!


 恐怖が再燃し、蹲ったまま身体が硬直してしまう。


 逃げたい_____!


 今の自分では到底敵うような相手ではないと悟ってしまう。


 勝つなんて、無理よ_____!


 最早立つことすらままならない。

 しかし、更なる恐怖は彼女を容赦なく襲う。



 なんとか仰向けになったところで、勢いよく突き立ててきた二本の巨大な鋏により両腕の自由を奪われてしまった。

 そして、巨大サソリが眼を赤黒く不気味に光らせて、顔を覗かせている。

 禍禍しいオーラを放ち、殺すことを今か今かと待ちわびているように見えた。

 右肘を引き、針の先端をこちらに向けて狙いを定めている。



 ユイの思考は完全にパニックになり、視界がぐにゃりと歪んでいく。


「い・・・・・・や・・・・・・やめ」


 ドスッ


 直後、腹部に違和感がした。

 巨大な槍が突き刺さったのだ。

 不思議と痛みを感じない。



 しかし槍を抜き取られると、そこから尋常ではない痛みと熱さ、そして痺れで全身を蝕んだ。

 傷口から夥しい量の鮮血が滲むように吹き出し、呼吸すらままならない。


 痛い!苦しい!熱い!


 何度も頭の中で連呼し、破裂してしまいそうだった。

 ジワリと視界が涙で歪んでいき、情けないほど泣きわめいてしまう。

 地面を自分の血反吐で赤黒く染めていき、体力を徐々に奪っていく。



 意識が朦朧とし、身体が言うことを聞かなくなってきた。

 呼吸も薄くなり、痛みすら感じなくなっている。


 ああ、わたし死ぬんだ_____。


 そう思うと、徐に頭を横に向けた。



 するとぼやけてよく見えないが、確かに人の影が見えた。


・・・・・・・・ミツ・・・・・・キ・・・・?


 確信はないがなんとなくそう思った。

 いや、そうであってほしかったのかもしれない。

 不思議な気持ちだった。

 普段当たり前のようにいる存在がこんなにも愛おしいなんて_____。



 でも、そんな彼を殴ってしまった。

 そして、彼が怒った理由も、彼の本当の気持ちも、何一つ知らないまま死んでいく。

 責めて、それだけでも聞いておきたかった。


 ねぇ、教えて・・・・・・わたしどうすれば良かったの・・・・・・・・?


 大粒の涙が溢れ、ヒューヒューと微かな息しか吐けない。

 広げた手を動かそうとするが、指を広げるのに精一杯だった。


・・・・・・ごめ・・・・・・んな・・・・さ・・・・・・い、ほん・・・・とうに・・・・・・ごめん・・・・・・なさ・・・・・・










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