第十八話 初めての戦闘
「もうこうなったらヤケクソよ!どうにでもなれってんだ!」
そう意気込むと、ユイはステッキの先端を巨大サソリに向けた。
近付いて攻撃するのが怖いので、遠くから攻撃してみることにした。
先程は何も考えずに能力を発動しようとしたので、今度は明確に何かを思念してみることにした。
遠くの敵にビーム的な何かで攻撃するイメージで_____。
すると、ステッキの先端から光の粒子が球状へと収束し、ドンドン膨れ上がっていった。
これを見たユイは攻撃できることを確信し、目を輝かせた。
「なんか・・・・・・いけるっぽい!」
すると、様子を見ていた巨大サソリは危険を察知したようで、長い尻尾の先端から青紫色の液体を三発発射してきた。
恐らく、あれは毒。
サソリだからといった安直な理由だが、少なくとも直撃したらただでは済まないだろう。
ユイも迎え撃つべく、サッカーボールくらいの大きさになった光球を放った。
空間を貫き、迫る青紫色の液体を全て蒸発させると、巨大サソリの尻尾の先端に見事直撃した。
「やった!」
そう歓喜するが、巨大サソリは一瞬怯んだだけだった。
プスプスと黒い煙が上へ伸びているが、掠り傷にも満たないようにも見える。
巨大サソリの怒りを買うには十分な条件だった。
獣のような咆哮を上げ、青紫色の液体をマシンガンのように連射し始めたのだ。
「ウソでしょ!?」
ユイは咄嗟に防御の態勢を取り、強く念じた。
攻撃を防ぐイメージで_____。
すると目の前に光のサークルが出現した。
そして、毒の液体がそれに触れると、時間が止まったようにピタリと止まってしまった。
どうやらまた偶然成功させたらしい。
しかし安堵したのも束の間、巨大サソリがものすごい勢いで目前に迫ってきた。
尻尾を上空に振り上げると、刺突攻撃を繰り出す。
迎え撃とうとするが、針の先端がシールドを貫通し、粉々に破壊されてしまった。
目の前で破片と毒の液体が宙を舞い、それらを蹴散らしながら一本の針が胸部を射抜こうとしている。
ヤバい、避けられない!
反射的に目を閉じると、ふわりと身体が浮くような感覚がした。
「きゃあぁぁぁっ!」
突然の出来事で思わず悲鳴を上げてしまう。
何?今度は何なの?
無意識に発動した能力に思考が追い付かず、目を開いてもそれは変わらなかった。
両足が地面から完全に離れ、天井にぶら下がっているような状態だ。
「空も、飛べるんだ・・・・・・」
そう吐露すると、必死になって地面から尻尾を引き抜こうとしている巨大サソリの姿が目に入った。
よく見ると地面が少し抉れているのが分かる。
あれをまともに喰らっていたらどうなっていただろうか、想像したくないものだ。
ユイは真下にいる巨大サソリにステッキを向けた。
恐らく、あの巨大サソリに充分なダメージが与えられる大きさにするとなると、相当な時間を費やすと考えられる。
今のうちにある程度の大きさまで形成しておく必要がありそうだ。
ユイは急いで攻撃のチャージを行った。
ステッキの先端から光球が出現し、膨張し始める。
念じの効果がどこまで反映されているかは分からないが、先程よりもエネルギーのチャージ速度が速いような気がする。
もっと速く、更に大きく・・・・・・。
このまま順調に溜まった光球で攻撃すれば、確実に仕留められるかもしれない。
確信、という程確かなものではないが、それでも賭けるしかなかった。
しかし、そんなこと待ってくれるはずもなく、巨大サソリは地面から尻尾を抜き取ると、容赦なく毒の液体を連射してきた。
「え、もう?早いよ!」
ステッキの先端で粒子を蓄えている光球は、十分な大きさまで膨れ上がっていない。
まずい!避けないと・・・・・。
ユイは光球を作るのを断念して、瞬間移動しようと考えた・・・・・・その時だった。
何かに引っ張られるように身体が勝手に動いたのだ。
そして、襲ってきた毒の液体を次々と回避していった。
高速で空中を移動し、上昇したり急降下したりと、まるでジェットコースターに乗っているようだった。
いや、寧ろジェットコースターの方が、まだレーンがあるからマシな方かもしれない。
途中、気分が悪くなりそうだったがなんとか堪え、これを機に光球のエネルギー充填に専念することにした。
恐らく、自分が代わりに防御しておくからその間にエネルギーを貯めろ、というメッセージなのかもしれない。
随分都合のいい解釈だが、今この現状では有り難いことに変わりない。
ユイは目が回りそうになりながらも、意識を集中させて着実に光球を大きくしていった。
そして、光球を初発の二十倍くらいの大きさまで蓄えることに成功した。
「よし!これなら」
勝機が見えたことを確信すると、巨大サソリの背後に回るよう念じた。
すると、一瞬で念じた通りの位置に瞬間移動した。
ステッキの先端を突き出し、膨大なエネルギーが蓄積された光球を一気に解放した。
「当たれえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!」
絶叫と共に放たれたエネルギー体は巨大サソリの巨体に触れると、眩い光を放ち爆散した。
急速に広がった爆炎と黒煙が建物内を充満し、突風が右往左往と巻き上がっていく。
ユイも吹き飛ばされそうになるが、なんとか踏ん張ることができた。
ただし、視界は真っ黒な煙に覆われ、一メートル先すら確認することが出来ない。
「今の効いてるかな?というか効いてほしいし、できれば倒せてほしい」
ユイは心の内にある不安を消すために、何度も呟いて願った。
しばらくして煙が晴れていき、建物内の状況を把握できるようになった。
辺り一面炎が燃え上がっており、火の粉を散らしている。
どうやら相当の威力があったらしい。
あれ程の光球でここまでの惨事を作り出すなんて、正直自分自身の仕業だと分かっていても引いてしまいそうだ。
それから周囲を見回してみたが、あの巨大サソリの影は見当たらなかった。
ということは、倒せた・・・・・・のか?
いや、間違いないだろう。
あの爆発に巻き込まれて無事でいられる訳がない・・・・・・まあ自分は無事だったが、恐らく無意識のうちにシールドを張ったと思う。
「ははは・・・・・・、やった。なんとか一人で・・・・・・」
唖然としながらも、少し安堵した。
ユイは肩を落とし、そのままゆっくり下に降りようとした・・・・・・が、不自然な物音により、抜けきった注意力が急に戻されてしまう。
前方十メートルくらい先、大きな風穴の空いた壁。
そこから奇妙な影がゆらりと動くのが目に入った。
人ならざる形をしており、一本の触手が生きているかのように動いている。
鈍く光る眼からは、怒りを露にしているようで、全身を身震いさせてしまう程の殺意を感じさせる。
そいつは紛れもなく巨大サソリだった。
どうやら仕留めきれなかったらしい。
目を凝らしてよく見てみると、外骨格の所々にひびが入っている。
節足で身体を支えているようだが、ふら付いていて立っているのがやっとのようだ。
少なくともダメージは与えられているらしく、前向きに捉えると後一撃で倒せそうな様子にも見える。
ユイは急いで光球のエネルギー充填を行おうと強く念じた。
しかしそこで巨大サソリの巨体に、異変が起きていることに気が付いた。
なんと外骨格のひびが徐々に広がっているのだ。
しかもそれは自然にそうなっているというより、故意に自分でそうしているように見える。
ユイはこの不思議な光景に目を奪われてしまった。
一体何が起きているの?
そして、ひびが隅々まで行き渡ると、サソリの形を形成していた外骨格が粉々に崩れ落ちた。
中から出てきたのは、最早サソリの原形すら留めていない別の『何か』だった。