第十七話 初めての魔術師
「はぁ・・・・はぁ・・・・なんて、強さなの?」
女性は愕然としていた。
目の前にいる魔物の強さは想像を越えていた。
衝撃魔法、火炎魔法とありとあらゆる攻撃魔法を試したが、全て無効化されてしまったのだ。
あの巨体からは考えられないスピードで簡単に避けられ、命中しても外骨格に亀裂すら入らない。
逆にあの長いしっぽの攻撃で返り討ちにあってばかり。
それでもなんとか障壁魔法で攻撃を防ぐが、体力も魔力もほとんど残っておらず、今にも倒れてしまいそうだ。
正直1度撤退して態勢を立て直したい。
が、今のこの身体では走ることもままならない。
だからといって、援軍が来るまで持つかも、非常に厳しい状態である。
かく言う魔物はその様子を見て、嘲笑うかのように長い尻尾をウネウネと動かし挑発している。
「まったく、こっちは全然動けないのに。本当、性格悪いわね、あなた・・・・・・」
女性は自分の死を悟ると、ニヤリと笑みを浮かべた。
最後くらい笑って死のう、そう思ったからである。
残り少ない労力を全て出し切ろうと、足に手を掛けた。
その時だった。
突如魔物の背後から魔方陣が出現したのだ。
見たこともない時計の文字盤のような模様。
それは女性の思考が回りきる前に消滅した。
魔物の巨体と共に_____。
直後、女性から笑みが消え、目をパチクリさせながら呆気に取られてしまう。
沈黙が走り、辺りがしーんと静まり返る。
しばらくして、女性は一言呟いた。
「今、何が起きたの?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
光りが治まり、ユイはゆっくり目を開いた。
一瞬視界がぼやけて見えたが、すぐに普段の視力に戻る。
そして辺りを見回し、一体何が起きたか確認する。
しかし、特に目立って変わったところはなかった。
いったい、今の光は何だったんだろう?
疑問に思いながら、最後に光源となっていた懐中時計に視線を向けた。
手に握られていたのは、懐中時計ではなかった。
ステッキのような形状で細長く、大体一メートルくらいの長さはある。
先端には時計の文字盤が描かれた円状の突起物が付いている。
そしてもう一つ気になることとして、自分の右腕が変わっているということだ。
袖が学校の制服のものではなかった。
違和感を覚えると、恐る恐る全身を見回したり触ったりして、他のところも変化しているかを確認した。
そしてそれが確認し終わると、茫然とその場に立ち尽くしてしまう。
一瞬、その場がしーんと静まり返る。
しばらくして、それがユイの悲鳴によって破られた。
「なにこれ!」
ユイは今の自分の格好の変わりように困惑が隠しきれなかった。
頭にはゴーグルのついた帽子を被されている。
ピンクのチョッキに白のコートを羽織っていて、スカートは膝の位置まである。
そして少しヒールの高いブーツを履いている。
先程まで着ていたはずの学校の制服が、いつの間にか違う服に変わってしまっていたのだ。
「え?え?なにこれ、え?」
ユイは度重なる異常事態に頭の中の情報処理が追い付けていない。
瞬間移動、懐中時計の謎の光、そして________変身。
ワードがいろいろ浮かぶが、どれも非現実的であり得ない話だ。
少なくとも分かっていることは、それら全てが現実で起きたことだけ。
それを受け入れるのにしばらく時間が掛かった。
そしてやっと冷静になったところで、受け入れることができ、ユイは全てを悟った。
今までの出来事はあの懐中時計のせいだ。
いや、正確にはおかげと言った方が正しいのかもしれない。
恐らく、この懐中時計の力で、自分は瞬間移動した。
つまり、懐中時計のおかげで倒れてくる鉄パイプから救われた、ということになる。
とにかく今の現状ではそうとしか説明できない。
そしてもう一つ分かったことは、今の自分の格好に見覚えがあるということだ。
小さい頃に観ていた魔法少女もののアニメのキャラの服装と似ている。
所々相違点はあるもののほぼ同じなのだ。
ここまで確認したところで、自分の今の状況を把握した。
「えっと・・・・・つまりわたし魔法少女になったってこと?」
理解できたような理解できないような、そんな複雑な心境で一人呟く。
当然、返答はない。
「・・・・・・・」
あまりにも展開が急すぎて、どう反応したらいいか分からない。
この場合喜ぶべきか、将又動揺すべきか、正解を知っている人がいれば教えてほしいものだ。
そしてユイは唐突にステッキを前に突き出し構えてみた。
「瞬間移動ってどうやるのかな?」
一旦ここで頭の中をリセットして、目の前のことを考えることにした。
まずは瞬間移動からだ。
といっても、どう発動させるのか全く見当がつかない。
条件を満たすことで自動的に発動するものなのか、将又自分の意思で発動できるのか。
そもそもこれは自分以外のものも移動できるのだろうか。
ステッキを構え、目を閉じて呼吸を整え、精神統一させる。
この方法が正しいかどうかは分からない、適当である。
まさか一発で成功だなんて、そんな都合の良いことがある訳ない。
「ま、さっきは偶然そうなっただけだよね。期待し過ぎ・・・・・・え?」
ユイは目前の出来事に、思わず目を丸くしてしまった。
突如、前方で円形状の模様が光と共に出現したのだ。
時計の文字盤のような見た目で、2本の針がグルグルと時計回りに回っている。
そして、そこから黒い影がぼんやりと現れ、ある形が浮かび上がっていく。
それはつい先程、自分の命を脅かしていた怪物と瓜二つの姿をしていた。
間違いない、巨大サソリだ。
つまり、『瞬間移動が成功した』ということになる。
この場合だと、悪い意味になってしまうが_____。
「あ、これメッチャヤバい奴だ」
気付くと全身から冷や汗が滲み出ていた。
それからユイは必死になってステッキを振り回し、巨大サソリの瞬間移動を止めようと念じ続けた。
しかし止まることはなく、尻尾、鋏と徐々に巨体が形成されていった。
「お願い、止まって!」
しかし、その思いは虚しく、構築が完了してしまった。
巨大サソリは節足を動かし、周囲を見回している。
そして、自分と目が合うとピタリと動きを止めた。
眼を赤黒く光らせ、じっと見つめている。
もう戦わないといけないの?
内心不安しかなかった。
実際、瞬間移動以外でどんな技が使えるか全く把握していない。
そんな状態でまともに戦えるだろうか。
ユイは歯を噛み締め、選択肢のない現状に苛立ちを覚える。
最早どうすることもできないため、腹を括るしかなかった。
「もうこうなったらヤケクソよ!どうにでもなれってんだ!」
そう意気込むと、ユイはステッキの先端を巨大サソリに向けた。