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第十六話 お茶の誘い

 アーケード街から離れた一角。

 俺、光剣寺ミツキは黒いリムジンの中で紅茶を飲んでいた。



 座席シートに座り、如何にも高そうなティーカップを手で添えながら、チビチビと口の中に含んでいく。

 車内にあるスピーカーからは、普段全く聴かないクラシック音楽が流れている。

 外は怪物騒動で騒ぎになっているというのに、なぜ紅茶を嗜んでいるかというと、それは自分でも分からない。



 今目の前で同じく紅茶を優雅に嗜んでいるお嬢様、もとい魔術協会未来支部最高主任早乙女エリから「ご一緒にお茶はいかがですか」と誘われただけで、それ以外は何も言われていない。

 まあ、何か要件があるは間違いないだろう。

 そうでなければ、今日初めて会った人をお茶に誘う訳ないのだ。



 金持ちなのは、容姿や振る舞い、おまけにリムジンを所持していることから納得できた。

 しかし、それでも信じられないのが、支部最高主任であることだ。

 俺と同い年(多分)で、そんな大層な身分なのが、どうしても受け入れられなかった。



「そんなに威嚇されては折角の紅茶も美味しくいただけないじゃないですか・・・・・・あ、もしかしてわたくしに惚れました?」

「んな訳あるか、アホ。つーか、タイプじゃねぇよ」


 紅茶を啜りながら冷たく否定すると、ニヤニヤした顔が一瞬消えた。



「てか、俺をここに呼び出した用って何なんだよ?」

「人を罵っておいて、よくもまあ淡々と・・・・・・」

「いや、だって事実だし」


 そこまで言うと、エリは力が抜けるように息を吐きだした。


「一応、あなたの上司ですよ?しかも、最高主任。もう少し弁えたらどうですか?」

「そもそもそれが信じられねぇんだよ。あんたみたいな女子高生が最高主任ってのがどうにもな」

「しかし事実ですし、信じられないのなら・・・・・・」


 ティーカップをテーブルに置くと、ブレザーの左胸ポケットから箔押しされた紺色の学生手帳を取り出した。

 ペラペラとページを目繰ると、一枚の名刺を取り出し見せてきた。



 顔を近づけると、確かに『魔術協会未来支部最高主任 早乙女エリ』と記載されていた。

 間違いない、本物だ。


「お分かりいただけましたか?」

「ああ、まあ、な」


 苦笑いを浮かべ、乾いた口のなかを潤そうと紅茶を少量啜った。

 上唇に当たったところで、それが冷めきっていることに気が付く。



「ところでですが・・・・・」


 エリはティーカップを再び手に取ると、険しい表情で睨んできた。

 どうやら、やっと本題に入るらしい。

 大した内容でないことは願いたいのだが、主任直々となるとその可能性は低いだろう。

 俺も何を言われようと冷静に対応できるように身構えた。



「あなた、ここ数日に出現した二体の魔物を撃破していますよね?」

「ああ、そうだが」


 まあ、大体の予想はついていた。

 ここ最近の業務は魔物退治のみ。

 ただし、それは命令無視の単独行動だ。

 それが上からどう認識されているかは分からない。



「正直、生け捕りにして解剖でもしたかったのですが・・・・・・まあいいでしょう。これ以上死傷者が出てはこちらとしても都合が悪いですからね。懸命な判断をしたとして見逃してあげますわ」


 エリは落ち着いた口調でそう答えた。

 俺は呆気に取られた。

 辞令でも出されるかと思いきや、あっさり許してくれた。


 何だよ、心配して損した。


 そう思い、全身の力が抜けて無防備になった時だった。



「今後はあなたの行動を監視させていただきますわ」


 俺は紅茶を口に注いでいる途中で、盛大に蒸せてしまった。


「ゲホゲホッ、オエッゲホォ・・・・・・は!?」

「あなたは単独行動が目立ちますからね。深く干渉しませんが、見張りは付けておこうと思いまして」

「いや何で?俺一人で討伐してきただろ!てか、見張られてる時点で落ち着かねぇよ!」

「慣れてください」

「お前滅茶苦茶だな・・・・・・」


 彼女も大概だった。



「そうですわね。確かにあなたの実力は他の魔術師と比べて群を抜いています」

「だったら」

「ですが、あなた一人で対処するには限界があります」

「何?馬鹿を言うな。俺一人で十分だ」


 そう吐き捨てるが、エリは鋭い目でこちらを睨んできた。


「また、同じ過ちを繰り返すのですか?」

「は?」

「三年前もその自尊心と傲慢さのせいで、あなたの父親は亡くなったのでは?」

「!?」


 そう言われて俺は何も反論することができなかった。

 いや、そもそもその件に関して文句を言える立場ではないのだ。



「少なくともその愚かな考えさえ捨ててしまうことをお勧めします」


 エリは腕を組み、座席シートにもたれ掛かった。


「・・・・・・・そうだな」

「でしたら」

「けどよ」


 俺はエリの言葉を遮って自分の意見を主張した。


「仮にそうしたとして、今後俺の周りから犠牲が出ないとは限らないだろ?」


 確かに自分の力を買い被ったせいで、あの時いたみんなを危険に晒してしまった。

 結果、俺を庇った父は息絶え、他のみんなは重軽症を負ってしまう始末。

 これ以上誰かが死ぬところ、それで悲しむ人の顔なんて見たくない。

 だから、傷付くのは俺一人で十分、今までずっとそう考えてきた。

 エリの要件を呑めないのはそのためである。

 しかしエリはそれを知ってか、将又知らないのかは定かではないが、呆れた顔でこちらに視線を向けてきた。



「どうやらこれ以上話しても無駄のようですわね」

「そういうことだな」

「まあ、あなたの意見は尊重する気はありませんでしたし、嫌でも監視は付けますわ」

「・・・・・・」


 もう何も返答しなった。



「もう用が済んだんなら帰っていいか?」


 そう言い俺はスライドドアのドアノブに触れようとした。


「あ、それともう一つ伝言があるのですが」

「まだあんのか?」


 俺はエリに呼び止められたことで、再び座席シートに座った。


「時島ユイ、上からの命令で彼女の身柄はこちらで拘束させていただきます」

「!?」


 俺はエリの信じられない発言に思わず驚いてしまった。



「どういうつもりだ!身柄を拘束って」

「言葉の通りですわ。何せ記憶操作を受け付けない一般人なんて、事例がほとんどありませんからね。このまま野放しにしておく訳にはいけませんし、こちらで保護することにしましたの」

「おいそれって」

「ええ、我々の研究対象にさせていただきます」


 エリのその笑顔は悪びれた様子もない。

 迷うどころか純粋にそれを正しいと受け入れている、そんな気がした。



「お前ら、異常だよ」


 俺はそんなエリに対する恐怖や、それを平気で言えることの憐れみを感じていた。

 すると、エリは一瞬動揺したような素振りを見せたが、すぐに元の落ち着いた態度に戻った。

 少し気になりはしたが今はそれどころじゃない。


「ユイにまだ何もしてないよな?」

「仮にそうだとして、教えるとお思いで?」


 最早これ以上会話しても時間の無駄だと考えると、ドアノブを掴んでスライドドアを勢いよく開け、そのまま外へ飛び出した。

 ユイがまだ無事であることを祈って。



 彼女のことだから、きっと家に帰っているかもしれない。

 とにかく早く見つけないと捕まってしまう。

 アスファルトの地面を蹴り、風を切るように颯爽と走る。

 正直、蜥蜴人間討伐の際に走り回っていたため、その疲労はまだ残っている。

 しかし、そんな甘ったれたことは言ってられない。


 どうか間に合ってくれよ!


  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


 乱暴にスライドドアを閉められたことで車体が少し揺れる。

 テーブルに置かれているティーカップも、ガタガタと波紋を広げて振動している。

 揺れが治まると、エリは残り少ない紅茶を口の中に一気に流し込み、テーブルにカップの底を叩きつけた。



 先程は感情を表に出さなかったが、猫を被る必要がなくなると、一気にそれを解放した。

 口を尖らせ、前の席に座っているドライバーに聞こえない程度の大きさで呟く。


「そんなこと言われなくても分かってるつーの」


 先程ミツキから言われた『異常』という言葉が脳裏に何度も浮かび上がる。

 前々から思っていたことでも、他人から言われれば結構傷付くものだった。


「まさかあいつに言われるとは思わなかったけど」


 天井を見上げて深い溜息を付いてしまう。



 すると、スマホの着信音が鳴り出した。

 エリはスカートのポケットからスマホを抜き取り、画面を操作して耳元に当てた。


「ごきげんよう。どうなさいましたか?」


 先程まで不貞腐れていた表情から一変して、笑顔で淑やかな口調で電話に対応する。

 しばらくその電話の相手と話した後で、エリの表情が一気に凍りついた。


「何ですって!」


 エリは思わず大声を出してしまった。

 そして早口でその部下に指示をする。


「今すぐ救援部隊を呼んでください!早急にです!」


 それだけ伝えて電話を切ると、深刻な表情で頭を押さえた。


「まさかそんなにすぐに魔物が出るなんて・・・・・・」

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