第百二十八話 二つ目の嵐
「ねぇ、どういうことか説明してもらえるかな?」
合流して早々、ユイに正座させられた。
口元は笑っているが、目尻がピクピクと動いており、怒りが伝わってくる。
なぜこんなに怒っているのか、心当たりしかない。
「まず一つ、一番聞きたいこと聞いていい」
「「「・・・・・・はい」」」
両脇に同じく正座させられているエリとマキナも頷く。
そして、一呼吸置いてユイは口を開く。
「フードの魔術師、この島にいるってこと知ってたの?」
予想通りの質問だった。
「なんか爆発がした時、妙に落ち着いているっていうか、対応がいつもより早いというか、まるで最初から襲撃してくることが分かってたみたいに・・・・・・」
勘の鋭さは戦闘経験を積んだ賜物なのだろうが、あまり感心できない。
特に今は。
「それで、実際はどうなの?」
不信感を抱いた目で、もう一度問われる。
エリを見ると苦い顔をしており、自分から言うべきかどうか悩んでいる様子だった。
マキナはというと特に気にしている様子はなく、こちらを見て「君から説明したまえ」と顎をクイッと動かしている。
二人の頼りなさに呆れたものの、俺しかいないと腹をくくることにした。
「分かった。ちゃんと説明する」
溜息交じりに答え、これまでの経緯を順を追って説明することにした。
フードの魔術師の正体が、法間学園の生徒であること。
確実に捕まえるために、明日飛島に全校生徒を集めたこと。
臨海学校も、そのための建前に過ぎないこと。
ユイは終始驚いていたが、話が終わる頃にはなんとか落ち着きを取り戻したようだった。
目を伏せて息を吐くと、一拍置いて口を開く。
「状況は、理解したわ」
そう答える彼女は、頭では理解していてもまだ受け入れることはできない様子だった。
無理もないだろう。
幾度も襲ってきた襲撃者が学校という身近な場所にいた事実を受け入れろという方が難しいし、不安も感じているに違いない。
その正体がクラスメイトだったら、どんな気持ちだろうか。
「・・・・・・正体は、もう分かってるの?」
問いに対し口籠ってしまう。
傍で聞いているエリからも視線を向けられる。
その答えを知っているのは、俺とマキナだけ。
言えばどうなるか、想像通りの反応をするかもしれないし、想像以上のことが起きるかもしれない。
だが、知らないと言い続けて先延ばしにする訳にもいかない。
結局この臨海学校の間に、フードの魔術師を捕らえなければならないからだ。
マキナは腕を組んだまま何も言わない。
エリは急かすように睨んでいる。
ユイは疑念と不安を抱いた目で俺を見る。
発言に躊躇いつつも、息を吐き出し、口を開こうとした。
「ちょっと待って」
だが、それを静止する声が上がる。
エリだ。
一言申し出た後、ポケットからスマホを取り出し、立って木陰の方へ移動しながら通話を始めた。
覚悟を決めて言うことにしたのに中断されていい気はしなかったが、少し安堵した。
それでもほんの少しだけ先延ばしになっただけだが。
ユイを見れば、特に聞き返してくること様子はなく、エリの話が終わるのを待つようだった。
待っている間、脳内で話す内容のシミュレーションをしつつ、電話をしているエリを遠目で眺めることにした。
だが、次第にその様子に違和感を覚えるようになる。
お嬢様モードで落ち着いた口調ではあるが、声に抑揚がなくなっている。
何かあったのだろうか?
話が終わったようでスマホをポケットに仕舞うと、振り返ってこちらに歩いてくる。
近付くに連れて、表情からただならぬ様子であることが伺えるようになる。
足を止めると、ゆっくりと話し出した。
「明日飛島付近の海上で、魔物らしき巨大生物を目撃したという情報が入りました」
その一言で、場に戦慄が走る。
驚きは少しあったが、今はたじろぐ程ではない。
何の前触れもなく唐突に現れる存在。
そのことを頭の片隅に置いて日常を過ごしているため、覚悟はしていた。
なぜ俺たちの街に現れるか。
どこから来たのか。
そんな疑問はあるが、今はもっと気になる点がある。
「今回は未来市の外から現れたか・・・・・・」
俺の発言にユイとマキナも頷く。
基本的に魔物は未来市に現れることが多いが、稀に市外に現れることもある。
ゴールデンウィーク前にマキナから逃亡していた時に辿り着いた民家がその例だ。
そして今回、未来市外で尚且つ海上という厄介な場所に出現したということだ。
「今、衛星写真で確認したら確かにらしきものはいるね」
マキナはスマホの画面を見せた。
液晶を撫で、荒かった画質がくっきりと鮮明になっていく。
海に浮かぶ黒い生物。
丸っこい体型に、その周りを囲うように無数の触手が海面から覗かせている。
タコやクラゲ、イカといった軟体動物に近い姿をしていた。
「画面越しだから分からないと思うけど、少なくとも全長百メートルくらいはありそうだ」
マキナの言葉に目を丸くするユイ。
眉を寄せて怪訝そうな表情を浮かべるエリ。
俺は状況の深刻さを改めて実感することになった。
「・・・・・・わたし、もしかしたら見たかも」
ユイの言葉に視線を向ける。
二人も同じように振り返った。
「自由時間の時、一瞬だけ黒いのが見えたの。その時は何だったのか分からなかったけど・・・・・・」
そう言って、海の方に向かって指を差す。
「確か、あっちの方だった」
指し示された方向を見るが、真っ暗で何も見えない。
仮にいたとしても確認することは困難だろう。
ただ日中より波の音がやけに激しく聞こえるが気になる。
「方角一致・・・・・・どうやら間違いないようだね」
マキナの発言でユイが見た何かが魔物であることが確かなものになった。
「時間と場所から進行方向を算出すると・・・・・・」
暫しスマホを操作し、途中で手を止める。
「これは・・・・・・」
「どうした?」
反応に対し聞き返すと、スマホの画面を見せてきた。
明日飛島周辺の地図で、日付と時間帯が記された赤いマーカーが島を横断するように動いている。
何を伝えたいのか大体理解した。
「要するに魔物がこの島に来ているって訳か・・・・・・」
俺が出した答えに対し、マキナがコクリと頷く。
「このペースだと、明日の昼頃には上陸するね。ただあの巨体で海を移動しているから、その余波で島が沈みかねない」
聞いてもない追加情報のせいで、事態の深刻さが増す。
「これ・・・・・・大分ヤバい状況なんじゃ」
「まあ、結果的にフードの魔術師は始末できるけどな」
「・・・・・・」
「本気な訳ねぇだろ」
ユイから冷たい視線を向けられたので弁明した。
「今から船で安全な場所に避難するにしても、時間が掛かるわね」
「だったら、わたしの能力で全員を別の場所に転移させることはできないかな?」
「転移できる場所はお前が一度見たことがある場所じゃねぇと意味がねぇ。それに転移できる範囲には限界があるだろ。確か転移範囲内に離島はなかったはずだ。奇跡を信じて足場になる島を探し回っても、それだけで時間が掛かっちまう」
「つまり避難は不可能ということだね。一応この島には災害用の地下シェルターがあって、波による死傷者はゼロで済むだろう。ただ魔物が上陸した時どうなるかは未知の領域だね。上陸したと同時に何かするかもしれない」
ここまでの会話で、四人の中で一つの決断を迫られる。
「この島を死守しつつ、魔物を倒すしかねぇ、か」
俺の答えに、ユイ、エリ、マキナは賛同した。
「一旦戻りましょ。長居すると不審がられるし、後で集まって今後のことについて作戦会議よ」
エリの提案によりこの場はお開きとなり、俺たちは山を降りることにした。
その間、俺たちは一切口を開かなかった。
「・・・・・・聞かねぇんだな。あれだけ問い詰めといて」
途中、俺はユイに話し掛けた。
話が有耶無耶になったため、当然ユイの中の疑念も払拭している訳がないと思ったからだ。
「事が片付いたらまた聞くよ。その時は、ちゃんと話すって約束して」
真っ直ぐに見つめられ、思わずたじろいでしまう。
結局、この先に待つ運命から逃れられないと諦めるしかなく、首肯するしかなかった。
「分かった。全てが終わったら話す」