第百二十二話 明日飛島
綺麗な海だった。
船から出て見た時、素直にそう思った。
浅瀬というのもあるだろうが、小魚や海藻が水の流れに沿ってゆったり動いており、その上を日の光が反射して波の形をくっきりと形作っている。
今日快晴でなければ、日の傾きが違えば、そこに自分が居合わせなければ、この美しい光景を見ることは出来なかっただろう。
ある種いくつもの奇跡が重なって成り立ったものだから、貴重な画になっている。
俺はこの奇跡の一枚を目に焼き付けようと、じっと水面を覗き込んだ。
「お〜い、そんな頭出してると海に落ちるぞ〜」
背後から声を掛けられた。
振り返るとタイヨウがいた。
「まあ気持ちは分かるぞ。俺も今すぐ服脱いでそのまま飛び込みたい気分だしな」
俺の心を見透かしたように言うが、全く見当違いな回答だ。
後そんなことをすれば、折角の画が水飛沫で台無しになるから止めてほしい。
「しっかし、ホント綺麗だよな。底とか見えるし」
「だな」
海の魅力に関しては、俺も同意だ。
「それとメッチャ遊びたいし、水着も堪能したい」
「・・・・・・」
前者は兎も角、後者は首肯に抵抗がある。
「お前ホントそういうの関心ないよな」
タイヨウが呆れながら答える。
「別に、誰かとそういう話をしたいって思えないだけだ」
「じゃあ、人並みには興味あるってことか?」
「・・・・・・知らねぇ」
話を無理矢理断ち、船から降りた。
その後荷物を施設に預け、オリエンテーションを経て、諸々の準備を済ませた後、いよいよお楽しみの自由時間が始まった。
各々水着に着替え、ビーチに駆け出す。
奇声みたいな歓喜の声を上げ、砂浜を全力で走る陽キャ。
そのまま海に飛び込み、尚も喜びの声を上げる。
瞬く間にビーチは法間学園の生徒たちによって占領された。
といっても、貸し切りであるので問題はない。
「本当、元気だよなぁ」
俺はそんな様子を遠くから眺めていた。
「まあ、皆楽しみにしてたしな」
その横でタイヨウが呟く。
「混ざらなくていいのか?」
「まあ、混ざっても良いんだけど、こうやって遠くから傍観するのも悪くないかなって思ってさ」
「そうか」
まあ、誰とどうするかなんて強制するものではないしな。
今は自由時間な訳だし。
「そういうお前は格好からして混ざる気ないってのが分かる」
タイヨウは指を差しながらそう言ってくる。
海に来ているということもあり、一応海パンは履いている。
上着を羽織り、キャップとサングラスを装着している。
日焼け止めも抜かりない。
「完全装備だな。お前くらいだぞ、そんな奴」
そう指摘するタイヨウは、海パンを履いているだけでそれ以外は一切身に付けていない。
周りで遊んでいる男子も皆同じである。
つまりこのビーチの中で俺は少し浮いていることになる。
「いやだって日焼けとかしたくないし、肌晒すのはちょっと・・・・・・」
「考え方が海とかプールとかに向いてない」
「どっちかというと山派」
「ああ、そう」
呆れにも近いような反応をされた。
「え、じゃあ臨海学校になったの反対だった?」
「いや、そこは別に気にしてない。言っとくが、山か海かでどちらかというと山が好きなだけで、海が嫌いって訳じゃねぇからな」
「勘違いするなよ」、と念を押すと、「ああ、そう」と、またしても呆れたような反応をされた。
「ま、まあお前なりに海を楽しもうって考えてる訳なんだな?」
「ああ、だからユイたちと合流しようと思って・・・・・・」
俺は燥いでいる連中の中から、顔馴染みのある連中を探そうとサングラスをずらす。
すぐに見つかった。
そもそも銀髪ロングヘアの少女なんて一人くらいしかいないし、結構目立つ。
砂浜のところで、白色のフリルの水着を着た色白の少女がビーチボールを持って、三人の女の子と楽しそうに戯れている。
俺は合流するべく歩きだそうとした。
そして、そのグループ、というよりも特定の一人に対して向けられる視線に気付いてしまう。
俺は足早になり、ユイの前に立つと着ていた上着を脱いで羽織らせた。
「え、何?」
動揺するユイ。
しかし、当然の反応だ。
俺も無意識の行動だったため、正直自分でもなぜこんなことをしたのか分からない。
「・・・・・・風邪、引くと悪いと思ったから」
自分で言っていて、若干苦しい理由であることは自覚している。
「・・・・・・あ、ありがとう」
困惑気味にお礼を言われたから、居心地が悪い。
俺は早々にタイヨウのところに戻った。
「日焼けしたくなかったんじゃないの?」
横に並ぶなり聞いてきた。
だが、俺は無視を貫いた。
「肌、丸見えだけどいいのか?」
「・・・・・・うるせぇ」
それでも喧しかったので、小声で暴言を吐いた。