第百二十一話 船上にて
「うっ、気持ち悪い」
長椅子に横たわるヨミが、口を押さえながら訴える。
「大丈夫?」
あまりにも辛そうな彼女に、何度目かも忘れた言葉をもう一度言うユイ。
丁度荷物置き場から酔い止め薬を取りに行って戻ってきたところだ。
「はいこれ、酔ってからでも効くやつ。水なしでも服用できるから」
CMで聞いたことがあるような台詞を口にしたことには一切気付かず、ヨミに錠剤を渡す。
「ありがとう、ございまうっ」
ヨミは苦しみながらも受け取り、それを口に放り込んだ。
しばらくして落ち着いてきたようで、上体を起こして息を吐き出す。
「し、死ぬかと思った」
自販機で買ったペットボトルの水を手渡すと、受け取って口に含んだ。
飲み込むと再度溜息をつく。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
そう答えるヨミの表情は、まだ疲労が残っているようで、顔色は良くない。
だから、彼女が本当に大丈夫になるまで側にいることにし、隣りに座った。
「あの、もう大丈夫って言ったはずですけど。もう動けますし」
「大丈夫だと思ってもちゃんと休んだ方がいいよ。無理しちゃダメ」
「・・・・・・好きにしてください」
了承を得たことでユイはニコリと微笑んだ。
暫し無言の時間は続いたが、ヨミの顔色が少し良くなったのを見計らって話し掛けた。
「ヨミちゃんって、乗り物に弱いんだね」
その言葉にヨミはムッとした表情を浮かべると、すぐに脱力した顔になり額に手を当てた。
「平気だと思ったんです。前に今より揺れる乗り物に乗っても、大丈夫でしたから必要ないと思ってました。自分は船酔いしない体質だと、思ってました。思い上がってました。ごめんなさい」
早口でブツブツと呟く。
いったい何に謝っているのだろう?
「その・・・・・・ありがとうございます。お陰で助かりました」
そして、頭を下げてきた。
「え、いいよそんな。ほら、友達は助け合いって言うし」
まあ、友達であろうとなかろうと体調悪い人を見掛けたら放っておくことはしないが。
すると、ヨミは居心地が悪そうに目を泳がせ、取り繕うような笑みを浮かべた。
「本当にありがとう」
もう一度感謝の言葉を呟いた。
明らかに友達という言葉を聞いての反応だ。
やっぱり、嫌なのだろうか。
そんな不安が頭を過る。
針が刺さるように胸が痛い。
ミツキが言うように、友達と思っているのは自分だけなのでは、と考えてしまう。
すると____。
「あの、お願いしてもいいですか?」
「何?」
突然そんなことを聞かれたので、思わず警戒してしまう。
「その・・・・・・島に着いたら海での泳ぎ方を教えてください」
「・・・・・・え?」
またしても予想外の発言。
だが、内容が思ったよりも深刻なものではなかった。
というか、アスレチックであれだけ機敏に動けるから運動神経は良いはずなのに、泳げないのは意外だ。
「泳げないの?」
「分からないです。そもそも海で泳いだことないので、泳げるかどうか分かりません。泳げると思って溺れでもしたら元も子もないですし」
「そっか」
人は見た目によらず苦手な事もあるものなんだなぁ、と思っていると、
「まあ、プールでは普通に泳げましたけどね。以前初めて市営プールに行った時、周りの人の泳ぎ方を見様見真似でやってみたら普通に泳げました。だから、泳ぎ方さえ分かれば泳げると思います」
と、言葉を続けた。
「そ、そうなんだ」
あ、泳げるには泳げるのね。
「なので泳ぎ方さえ教えてくれれば問題ないので、そこまでお手を煩わせることはないと思います」
「あ、うん」
頷いてはみたが、海とプールで泳ぎ方に違いはないと思う。
人命救助とかならそれに合った泳ぎ方があると思うが、仮にそうだとしたら泳ぎ方を知らないから教えられない。
多分海で泳ぐ時付き添ってほしいという意味なのだろう。
「まあ泳ぐのもいいけど、浜辺で遊べることもあるから無理して泳ぐ必要もないんじゃない?」
「そうなんですか?」
「うん、例えばビーチバレーとか」
「ビーチバレー、経験がないです」
ヨミの目は好奇心の色でキラキラと輝いていた。
今までのクールなイメージから無邪気な子供のように燥ぐその様子は、ギャップも相まって和んでしまう。
それから島への到着のアナウンスが流れるまで、浜辺で何して遊ぶかで話題に花を咲かせた。