第百十九話 陽気な太陽
昼休みが終わり、午後の授業。
臨海学校に関する準備を行った。
臨海学校で滞在する施設、行きと帰りの交通手段、再調整されたスケジュールなど、配布されたしおりに基づいて説明される。
どこからか「急に決まった割に準備が早くねぇか?」なんて声が聞こえたが、恐らく臨海学校を提案したエリの関係者が諸々の事前準備を行ったのだろう。
学校側の負担を軽減するためという配慮のつもりだろうが、強引であることには変わりない。
しかし、今この時間になって実習先が変わったことに文句を言う奴はいなかった。
受け入れて、寧ろ海に行けることにテンションが上がっているようで、周りを見れば目を輝かせている人が多く見受けられる。
一通り担任の話が終わると、臨海学校での実習の見直しを行うため、班ごとに集まった。
六人で構成されており、俺、ユイ、カオル、マルコ、ヨミに加え、もう一人男子生徒が加わったメンバーとなっている。
因みに班長はカオルだ。
「班のメンバーが一新されなくて良かったね」
ユイが話し掛ける。
「そうだな」
その意見には俺も同意だ。
もし班をもう一度決め直すことになれば、朝以上にブーイングの嵐が巻き起こっていただろう。
「やっぱり好きな人同士は一緒の方がいいよね」
「だね」
「「違う」!」
カオルとマルコが懲りずにからかってきたので否定した。
「でも、仲は良いだろ?」
すると便乗するように男子生徒、朝川タイヨウが話に加わってきた。
否定しづらい反応に困る問いに、思わずたじろいでしまう。
どう答えればいいか悩ましいところだ。
「・・・・・・まあ、仲は悪くはねぇな」
別に否定することでもないし、正直に肯定することにした。
この時、ユイの方を見ようとして目が合う。
これはこれで少し恥ずかしい。
しかし、そんな俺の心中を察してか無自覚なのか、追い打ちを掛けるように言葉を続けた。
「なんというかさ、心が通じ合っているみたいでさ。ぶっちゃけ熟年夫婦みたいだなって」
「お前ちょっと黙れ」
班決めの時もそうだったが、カオルやマルコみたいなタイプの人間が一人増えた感じがする。
朝川タイヨウは、その名の通り明るい陽キャと一言で説明できるような人物だ。
人当たりが良く誰に対してもフランクに話すことができて、実際クラスメイトの殆どから慕われている。
特定の誰かと一緒にいる訳ではないようで、他のグループの輪に入っては談笑するなど、気ままに行動をしている。
そのスタンスも相まって、一人メンバーが足りない状況で困っていたところ、俺たちの班に彼が加わってくれたのだ。
最初はあまり関わりがない人間相手ということもあって上手くやっていけるか少し懸念していたが、話してみれば結構気さくで良い奴だった。
まあ、今みたいにカオルとマルコのからかい発言に便乗する形で余計なことを言ってくるところは難点ではある。
「とにかく、早いところ実習の打ち合わせ始めようぜ。あんまり無駄話していると放課後も残る羽目になるしな」
これ以上からかわれるのも面倒なので、話題を無理矢理方向転換させた。
まあ、実際無駄話をして時間を潰したくないのは本心である。
カオルたちも同意したようでそれ以上何も言わず、早速話し合いを始めた。
結論から言うと、放課後まで残って話す奴は俺たちの班含めて一人もいなかった。
事前に決めていた予定と一新されたスケジュールを照らし合わせて微調整を行うだけの作業で、大本に変化がある訳ではない。
あるとすれば、山から海に変わったということで、その場所に行くための準備を整えることくらいだろう。
帰りのホームルームが終わって、「水着買いに行こ」という話し声が聞こえた。
まあ、それがユイたちのことである。
途中カオルとマルコに誘われたが、夕飯の準備があるからと言って断って帰ることにした。
夏場は夕方になっても青空が広がっており、頭上から放出される熱波は相変わらず肌を焼く。
屋内だとそこまで気にならないが、外に出れば蝉の鳴き声も喧しく、余計に暑苦しさが増す。
これぞ夏という感じでそこまで嫌いではないが、空調に当てられ冷えた身体にはきつかった。
「あっちぃ~」
ハンカチで汗を拭いながら一人ぼやく。
誰に聞かせる訳でもないが、声を出していないとやっていけない程暑さが異常なのだ。
手に持っているスポーツドリンクを飲んで喉の渇きを癒そうとキャップを開けようとする。
だが手が止まり、絶望を含んだ溜息を漏らす。
スポーツドリンクが空になっていたのだ。
「マジかよ・・・・・・」
そういえば、先程からほぼ飲みながら歩いていた。
道理で減りも早い訳だ。
俺はごみ箱を探しつつ、自販機若しくは涼めそう場所を探しながら帰路を歩いた。
すると、道の脇にあるコンビニに目が留まった。
心なしかオアシスに見えた。
空のペットボトルをゴミ箱に入れ、早速中に入る。
天国だ。
熱波で焼かれた肌を冷房が冷やしてくれる。
それが心地良く蓄積された疲労感が一気に抜けていく。
しばらくここで休憩しようと思い、中の方へ歩を進めようとした。
「あ」
立ち止まり声を漏らす。
目の前にタイヨウが漫画雑誌を開いて、こちらを見ていたからだ。
「よっ、奇遇だな。何でお前がここにいるんだみたいな顔してんな」
「普段見掛けない場所で意外な奴を見掛けたら誰だってそう思うだろ」
「はは、確かにな」
タイヨウは雑誌を閉じて棚に戻した。
「お前も涼みに来たのか?」
「暑いからな。後ジュースかアイス買おうかなって思ってよ」
「お、そうか。なら俺も一緒に選んでいいか?」
「ん、別にいいけど」
それから俺とタイヨウはそれぞれアイスを買って、イートインで少し話をすることにした。
「いや~ホント暑いな。マジでアイスが恋しい時期だよ」
タイヨウはそう言うと、バニラの棒アイスにかじりついた。
歯が沁みたようで、渋い顔になって口を押さえる。
「知覚過敏か?」
俺はカップのコーヒーアイスの蓋を開け、スプーンで掬いながら口に運んだ。
コーヒーの苦みとバニラのマイルドな甘さが舌の上で溶けていく。
「そうだとしても、やっぱり俺はアイスが好きなんだ!」
「ソウカヨカッタナ」
「なんか冷たくない?アイスだけに」
「・・・・・・」
「ごめん、無視はやめて」
そう言うが本気で嫌がっているようには見えなかったし、寧ろヘラヘラしていた。
「ところでいつもいるあの三人、特に時島さんとは一緒じゃないのか?」
「買い物するって言ってたぞ」
流石に何買うかとかは言う必要はないだろう。
言ったら絶対面倒な話題を吹っ掛けてくる気がするし。
「成程水着か」
ニヤリと決め顔で言い当てた。
どうだ正解だろと目で訴えている。
確かに正解であるが、わざわざ人様のプライベートを言いふらすのは趣味ではない。
「さあな」
取り敢えず知らぬ存ぜぬを貫く。
「いやこのタイミングで買い物とか絶対水着買いに行く以外考えられないだろ」
「それ以外も考えられるだろ」
冷静にツッコむが、彼の感情が昂った声からそういう話題がしたくてたまらない様子だ。
これはもう諦めて聞き流す姿勢を取るしかない。
「やっぱり夏のビーチといえば、男にとってはオアシスみたいな場所だからな。寧ろそれが目的のヤローも多いといっても過言ではない」
「・・・・・・」
なんか俺の中でこいつの評価がドンドン下がっていっている気がする。
そう思いながら、カップに残った最後の一口を口に運ぶ。
少し溶けて柔らかくなっているが、程よい口溶けだ。
「特に早乙女さんとかなんかいろいろデカいし、凄いと見た」
早乙女。
今はあまり聞きたくない名前だ。
俺の中で臨海学校の不安要素といったらエリだ。
マキナからある程度状況は聞いて、無茶なことをしてやらかす可能性が大きい人物である。
学校に紛れ込んでいる敵だけでなく、彼女の動向にも意識を向けなければならない。
本当に気が進まない。
「そう思うだろ?」
「え、ああ・・・・・・うんまあ・・・・・・」
なんかベラベラ喋っていたようだが、全然話は聞いていない。
「なんか歯切れの悪い反応だな」
そんな俺の態度にジト目になって不服を漏らす。
「あ、もしかしてやっぱり時島さんみたいな感じのが好きなのか」
今度はユイが話題の標的になった。
このタイミングで本人が来たら、近くにいる俺も絶対冷ややかな目を向けられるだろう。
しばらく口を利いてくれなかったり、一緒に住んでいるから余計に気不味くなる。
もうそろそろ止めた方がいいな。
「まあ、あの人もスタイル良いしなかなかのものをお持ちだしな。あと色白だからそれが色っぽくて・・・・・・」
タイヨウは俺の顔を見るなり、次第に声が小さくなり沈黙した。
「どうした?」
突然の態度の変わりように訝しみ、問いてみる。
「・・・・・・その、不快に思ったなら謝るわ。ごめん」
なんか謝られた。
これから注意しようと思ったのに、俺の顔を見るなり急に大人しくなっている。
というか萎縮しているように見える。
一体どうしたんだ?
「そうだよな、お前にとって時島さんは大切な人だもんな、そりゃあこんな話したらいい気分しないもんな」
今度はいろいろ納得された。
「ちょっと待て、お前どうした?急に態度変えて」
「え、だって怒らせちまったみたいだし、流石に気分を害するようなことしたかった訳じゃないから謝ろうと思って」
「怒っている、俺が?」
首を傾げながら訊くと、タイヨウはコクリと頷いた。
「ああ、なんか今にも鞄からナイフ取り出して心臓一突きしてきそうなそんな殺意の籠った目してた」
「えぇ・・・・・・」
その事実を聞いて驚愕した。
自覚なしにそんなおっかない顔してたのか。
普通に怖い。
「俺も別に怒っている訳じゃねぇから。ただ、これ以上は知り合いとかに見られるといろいろまずいと思っただけだし、まあ止めてくれるならいいが」
「そ、そうなのか?それならいいけど」
それから少し気不味くはなったが、すぐにいつもの調子に戻り暫く駄弁った後、店員に注意される前に店を出ることにした。
「あっちぃ~な」
自動ドアを潜れば、熱波と日差しが出迎えてくれた。
その歓迎は全然余計である。
冷房とアイスで熱が冷めたのに、蒸し焼きにされた気分だ。
「確かにな。でも俺は嫌いじゃないな」
タイヨウは日差しに向けて手を翳しながらそう言った。
「まあ、あれだけアイスだの水着だの夏の行事を熱弁しておいて夏が嫌いとか言ったら、何だよお前って思うわ」
「はは、まあそうだな。俺夏生まれだし、後名前が『タイヨウ』だし」
「名前関係あんのか?・・・・・・いやでも、この日差しを見れば一概に無関係という訳でもねぇか」
「あ、因みに俺六月生まれ」
「なんで曇ってばかりの時期にそんな名前をつけたんだよ」
「俺の親父曰く、曇ってばかりだから明るい太陽になって皆を照らしてくれって意味でつけたらしいぞ」
「割と理に適った意味だった」
そんな無駄話をしながら、途中なんとなく時間を確認しようとスマホを取り出す。
画面を起動すると、チャットの通知が来ていた。
カオルからである。
気になったので、通知のアイコンに触れてアプリを開いた。
トーク画面に切り替わり、一枚の画像が送られていた。
そしてすぐにスマホの電源を切った。
「どした?」
タイヨウがこちらに視線を向けて聞いてくる。
「・・・・・・なんでもない」
俺はスマホを鞄にしまい、誤魔化すことにした。
「なんかヤバいもんでも写ってたのか?」
興味津々にニヤニヤしながら、顔を覗き込んでくる。
碌でもないこと期待している顔だ。
「これ以上の詮索は命に関わると思え」
「急に怖っ」
そして、途中でタイヨウと別れた後、心底慌てた様子のユイから電話が掛かってきた。