第百十八話 狂い始める信念
いつものように『喫茶店バー』に集まった俺とエリ。
密会の頻度が多く、いつの間にか俺も常連客となっていた。
その証拠にメニュー表を見ることなく、「いつもの」と言えば、ブレンドコーヒーを持ってきてくれる。
純粋にコーヒーを嗜む目的で来ているのなら良いが、生憎そうではないので結構複雑な気持ちだ。
俺はコーヒーで渇いた口を湿らせて、エリの方に目をやった。
こうして彼女とここに来て話すのも慣れたものだ。
内容は事務的なものばかりだから全然楽しくはないし、いつも厄介事ばかり持ってくるから全然落ち着かない。
また今回もそうなのだろうなと思い既に諦めている。
「それで、今日はどういう要件だ?」
だから潔く自分から聞くことにした。
エリはティーカップに注がれた紅茶を見つめていた。
珍しくスイーツ類は注文しておらず、それどころか紅茶を一口も飲んでいない。
俺が話し掛けても反応が遅れており、さっきまで意識が上の空だったことが分かってしまう。
「え、何?」
「だから要件だよ、要件」
念を押して言うと、「ああ、要件ね、はい」とぎこちない反応を見せた。
どう見ても違和感しかない。
そういえばこの前も様子がおかしかった。
「実は例のフードの魔術師捕獲の件について、色々作戦を立てたの」
「ほー。で、俺はどうすればいいんだ?」
「話が早くて助かるけど、まずはこれを見て」
エリは傍らに置いてある茶封筒をテーブルの上に置くと、俺の前に差し出してきた。
表面には『TOP SECRET』と刻印されており、中に入っている物の重要さを際立させている。
俺は封を丁寧に開け、数十枚の資料を取り出した。
一通り目を通した後、茶封筒の中に戻し傍らに置く。
内容を頭の中で理解しきると、ふぅと息を吐き出し口を開いた。
「随分思い切った作戦を考えたな」
苦笑気味に感想を述べるが、内心穏やかではない。
「特にこの私有地の島、明日飛島だっけ?わざわざ島まで誘き寄せて捕まえるとか大胆すぎるだろ。その手段が臨海学校を利用するとか」
「何か不満でも?」
「そりゃあ、あるに決まっているだろ、こんなリスクが大きい作戦。本当に関係のない人たちに危害が及ぶ可能性だってあるだろ」
確かに以前、フードの魔術師の正体が法間学園、つまり俺たちが通っている学校の生徒である可能性が高いと言った。
敢えて海によって隔離された孤島に全員を集めることで、逃げられるリスクがなくなり、捜索範囲や対象も絞られるからメリットは確かにある。
だがそれは、無関係な人も巻き込んでしまうというリスクを背負うことになる。
「そうならないためにも、監視や護衛は徹底するつもりよ」
そう言うが、こちらと目を合わせようとしない。
「お前だって友達とかいるだろ?そんな危ねぇ奴と一緒の場所に隔離して犯人探しとか、正気の沙汰じゃない」
無論、俺にだって友達がいる訳でそんな危険な場所に彼女たちを連れて行くことは反対だ。
もし何かあったら嫌だし、何よりユイが悲しむ。
それは絶対避けたい。
彼女だって非情な人間ではないはずだ。
ここ数ヶ月彼女と関わる中で、協会の連中とは違う情に厚い人物であると認識している。
だから、こんな大勢の人を巻き込んで目的を遂行しようとする姿勢は、彼女らしくなかった。
「仮に、仮によ。もしその友達があたしたちが追っている敵だったら?」
震えた声でエリが問い掛ける。
その問いに、俺は戦慄した。
色んな感情がぐちゃ混ぜになるような感覚は、声を発することを阻害する。
「お前、やっぱり何かあったのか?」
なんとか振り絞った声がそれだった。
基本他人の悩み事は聞く姿勢で、自分から問い質すような真似はしない。
だが今の彼女は正気ではない。
すぐにでもどうにかしなければ、取り返しの付かない結果になってしまう。
そんな気がしたのだ。
「とにかく、あんたがいくら反対してもこれは決定事項だから。もう諸々の手配は済ませてるし、あとはあんたが協力するかしないかよ」
問いに答えることなく、エリは語気を強めて強引に話を進めようとする。
どうやら今は色々聞き出すことは難しいだろう。
「・・・・・・分かった。作戦には参加する」
俺は溜息を付き、作戦参加を了承することにした。
どの道、臨海学校には俺もいくことになるし、そんな物騒なことをしている中知らないふりをして過ごすことは難しい。
それなら協力した方がまだマシだし、作戦の現状とかを都度知っていた方が行動しやすい。
何が不本意かと言われれば、たった一人の敵を見つけるために関係ない人たちも巻き込むことが気乗りしないのだ。
できるなら友達には欠席しろと言いたいが、理由を問い詰められて拒まれるだろう
「ただし、本当に関係のない人たちの安全は保障しろよな」
一応ただ力を貸すだけなのも納得いかないので、協力する条件を提示することにした。
「もし守れなかったら、今後お前のことは一切信用しないし協力もしない。いいな」
ここで念を押すことにする。
まあ、俺からの信用だのは別に彼女にとっては大したことではないだろうが。
喋り過ぎたせいか、口が渇いたのでコーヒーを飲もうとして、手が止まった。
エリの様子がおかしくなった。
何かを背負っているみたいに不安や焦燥が顔に表れている。
「エリ?」
「・・・・・・分かっているわ。それは絶対に守るって約束する」
「絶対に」と、最後に一言を添えて。
まるで自分に言い聞かせているように聞こえた。
それから作戦について話をして、その場はお開きとなった。
奢らせられる前に自分の会計分をテーブルに置いて立ち去ろうとする。
「・・・・・・失敗、しないようにしないと」
すれ違い様に彼女の口から零れた小さな言葉が耳に入る。
以前から感じていた彼女への違和感。
それとなく指摘はするものの、はぐらかされてその詳細を聞くことはできなかった。
ただ、なんとなく予想は付いている。
自身や他人に害がなければ放っておこうと思ったが、事はそうならないかもしれない。
俺は店を出ると、スマホを取り出して電話を掛けた。
三回の着信音が鳴り、電話の向こうから少女が声を発した。
『どうしたんだい?急に電話なんて掛けて。ボクの声でも聴きたかったのかい?』
軽薄な口調で、相手をおちょくるような文句は電話越しでも相変わらずだ。
まあ、それが黒鉄マキナという女なのだから仕方がない。
一々相手するのも面倒なので早速本題を切り出すことにした。
「お前に聞きたいことがあってな。ちょっと時間をくれ」
すると、心底つまらないといった溜息が聞こえ、気だるげになりながら話し掛けてきた。
『それで、聞きたいことって何なんだい?』
「ああ、お前に聞きたいのは一つだ。蟻型魔物討伐で何があったか、その始末も含めてだ」
そして俺は移動しながら、マキナと通話をした。