幕間2−3 悩める少女の胸中
今回はユイ視点です。
ユイは水面に浮かぶ自分の顔を眺めていた。
少し動けば、水紋で歪んでしまう。
だがら、息を殺してじっと覗き込むように見た。
ほんのり赤い。
それは湯船に浸かって火照っているためか、将又別の理由か。
結局分からず口元まで沈んで、ぶくぶくと泡を作った。
『綺麗だ』
頭に張り付いた言葉が響く。
直後に熱くなるのを感じ、頭まで沈めた。
「ぷはっ」
そして、息の限界に達すると勢いよく湯船から顔を出した。
肺が呼吸を必要として、空気の循環を行う。
これで少し落ち着い____。
『綺麗だ』
また湯船に潜った。
それを十分くらい繰り返していた。
なんであんな一言が頭から離れられないのだろう。
別に自分の容姿のことを褒められることに免疫がない訳ではない。
家族や友達、将又全然会話すらしたことない人からよく言われている。
単にお世辞だと思っていた時期もあったが、中学に入って告白されることが多くなり自覚するようになった。
だからといって鼻に掛けている訳ではないし、自分なりに自然体に振る舞っているつもりだ。
人並みに人付き合いをし、友達と遊んで、出掛ける時はオシャレをする。
基本的に皆がやっているようなことだと思う。
確かにミツキと出掛ける時、気合を入れ過ぎたかもしれない。
以前二人で出掛けた時魔物が現れてそれどころではなかったし、その後も色々なトラブルに巻き込まれている。
だから、ミツキとどこかに遊びに行くことはどこか特別な感じがして、普段使わないような香水を使ってみたり、大人っぽいコーデにしてみたりした。
まじょピュアの映画を観に行くにしては、少し似つかわしくない格好だとは思ったが。
別に褒められたかった訳ではないし、意識してほしいとは思っていなかった。
『綺麗だ』
だから変に意識する道理はないはずだ。
綺麗、とは言われたことないけど。
そう、意識することがおかしい。
ドキドキすることなんてあり得ない。
「〜〜〜〜っ」
ユイはまた湯船に潜った。
しばらく、そんなことを延々と続けていたが、流石にのぼせると思ったので風呂から出た。
寝間着に着替え髪を乾かすと、そのままベッドにダイブした。
エアコンから流れる冷たい風が、火照った身体を冷やしてくれる。
このまま目を瞑れば、朝まで目が覚めないかもしれない。
だが今はそれでいいと思い、瞼を閉じた。
今日は楽しかったな。
まじょピュアの映画を観て、特典も貰って、物販を買って、なんだか満たされた気分だ。
明日は買った物を眺めて堪能しようかな、なんて。
観終わった後はミツキに香水のこと気付いてもらって、服とかも褒めてもらって____。
ここで途絶え掛けたユイの意識が無理やり覚醒させられた。
理由は単純だ。
やっと忘れようとしていたあの言葉を思い出してしまったからだ。
「〜〜〜〜!」
ユイは声にならないような声で唸りながら、顔を枕に埋めた。
しばし落ち着いたところで、ギンギンに冴えた目で天井を眺めた。
ミツキはどう思っているのかな?
不意にそんなことを思った。
あの発言をした張本人もまた、気不味そうな態度を取っていた。
彼も意識しているのか、それとも柄にもないことを言って恥ずかしくなったのだろうか。
気になる。
ユイはベッドから起き上がり自分の部屋から出ると、別の部屋に足を運んだ。
ミツキの部屋だ。
扉の前に立つなり、緊張で鼓動が少し速くなる。
スゥーと息を吸いゆっくりと吐き出すと、覚悟を決めてノックをした。
だが、返事がなかった。
もう寝てしまったのだろうか?
そんな考えが過るが、基本夜更かししている彼が早寝するとは考えにくい。
もう一度ノックをしてみる。
だが返事が無い。
埒が明かないと思いユイはドアノブに手を伸ばし、少しだけ扉を開けた。
覗いてみると、灯りがついており、質素な部屋が広がっていた。
そこに人の気配があり、身体を滑らせてそっと扉を閉めて中に入る。
ミツキが勉強机に座って、椅子に凭れていた。
頭にはヘッドホンを装着しており、PCのディスプレイを見ている。
ゲーム?それとも動画かなにかかな?
疑問に思い、すぐ近くまで近付いてみた。
「あ」
思わず声を漏らす。
今ディスプレイに映っているものは動画だ。
だが、動画は動画でもアニメである。
別にそこは特段珍しいことではなかった。
ミツキは自室でサブスクを介して、アニメや洋画を観ることがあると言っていたし、リビングでよく観ているのを見掛けている。
だが問題はアニメを観ている行為ではなく、そのアニメ事態だ。
それはユイにとって興味を唆られるもので、今でも気持ちが高揚して思わず顔が緩みそうになる。
可愛くも格好いい格好をした女の子たちが敵に立ち向かっていく姿はいつ観てもワクワクする。
まじょピュアだ。
しかも、一作目の二話のバトルシーンである。
「ユイ?」
名を呼ばれて我に返る。
ミツキがヘッドホンを外してこちらを見ていたのだ。
「・・・・・・あ、ああごめんね。ノックしたけど返事がなくて勝手に入っちゃった!」
取り乱したように慌てて説明しようとする。
まあ嘘は言っていないが、不審に思われただろう。
ミツキは訝しむような表情を浮かべたが、特に言及することはなく身体をこちらに向けてきた。
「何かよう?」
言いながらマウスを操作して一時停止した。
「あ・・・・・・、え、えっと・・・・・・」
問われて口籠る。
ミツキがまじょピュアを観ていたことに驚いてしまって忘れていたが、そういえば用事があって来たのだった。
そして用事というのが、映画を観終わった後に彼が言った言葉について、本人はどう思っているのか聞くためである。
「・・・・・・」
いや、何恥ずかしいこと聞こうとしてんの!?
今になってそれに気付いてしまった。
当然だが聞けるはずがない。
聞いたとしてもまたあの時みたいに、いやあの時以上に変な空気になる。
まるで自分がミツキのことを意識しているみたいになってしまう。
「〜〜〜〜!」
顔面が熱いし、頭がくらくらする。
全身からも変な汗が滲み出る。
もうこのまま立ち去りたい気分だ。
「ユイ?」
首を傾げるミツキ。
困惑と心配が入り混じったような顔をしている。
本当にごめんなさい。
「い、言いたくなかったら別に言わなくてもいいぞ」
優しくフォローされた。
もう消えてなくなりたい。
本当ならミツキの言葉に甘えたかった。
でも、なぜか何か言わないとという変な使命感が邪魔をして、発言することしか考えられなくなっていた。
そして、ディスプレイに映っている静止したアニメを観て、徐ろに口を開いた。
「一緒に観よ!」
「・・・・・・は?」
ミツキは呆気に取られていた。
それはユイ自身も同じ気持ちである。
だが、口は止まらない。
「なんか映画観たらまたテレビシリーズの方も観たくなって折角だしミツキと観たいなぁ〜なんて思ったりして」
喋っている間、胸がドクンドクンと弾んでいた。
目を合わせづらかったが、ミツキの反応が気になったので見てみる。
眉を寄せて半目になっており、あまり納得している様子ではなかった。
自分でも分かるくらい挙動不審になっていたから、ミツキが気付かないはずがない。
しかし、ミツキはふぅと息を吐くと、PCの電源を切って立ち上がった。
「どうした?一緒に観るんだろ?なら、リビングの方がいいだろ」
ミツキの言葉に驚いたが、そのまま促されてリビングに移動した。
それから特に会話がある訳ではなかった。
リビングでソファに座って、まじょピュアを観る。
一話を観終わった後で、感動を共有する訳でもなく、ただただ黙々と観ていく。
それでも気不味さを感じなかったのは、ユイ自身が夢中になって観ていたからだ。
「やっぱり八話は神回だよ・・・・・・」
目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、感想を述べる。
「この二人の馴れ合いは初代にして異色というか、だけどそこがいい!」
誰に向けて言っている訳ではなかったが、「そうだな」とミツキが言ってくれた。
「こうやって少しずつお互いのことを知っていて、素直になっていくところとか、わたし好きだな〜」
そう言うが、今度は返事が返ってこなかった。
「素直に、か・・・・・・」
代わりに独り言が聞こえた。
「どうしたの、ミツキ?」
少し違和感を覚えたので聞いてみることにした。
問われて困った表情で言いにくそうにしていたが、息を吐いて話し出した。
「いや、その・・・・・・だな、映画観終わった後に言った言葉のことなんだけどな」
ここまで聞いて、忘れていたことを思い出し、顔が熱くなるのを感じた。
「まあ、敢えて何かは言わねぇけど。恥かしいし。なんというか柄にもないことを言っちまったことに、むず痒さを感じてな。それでお前嫌がるどころか喜ぶから後悔しようにも出来そうにないというか・・・・・・」
照れているようで気恥ずかしそうに目を合わせれば、すぐに視線を反らしたりしている。
それを見ているこっちも恥ずかしくなってきた。
「これお前に言うことじゃねぇな」
「そうね。聞くべき内容じゃなかったわ」
言って後悔する二人。
「でもそれって、そういう素直な感情を表に出せるようになったって証拠なんじゃない?今までミツキって何考えているか分からないことがあったけど、最近は感情豊かになったと思うし、前より接しやすくなったかな」
それはユイ自身がここ数ヶ月で感じたことだ。
中学入学した頃と比較すれば、大きな変化だろう。
口は悪いけど、実はお人好しで優しい不器用な男の子。
それが光剣寺ミツキという人間だということを。
「戸惑うことでも、少しずつ慣れていけばいいんじゃない?」
そう言うと、ミツキは暫しの間目を見つめてきた。
そして、クスッと微笑んだ。
「ありがとな」
「ほら今みたいに」
なんだか可笑しくなり、ユイも笑った。
「少しずつ、ね・・・・・・」
また、独り言が聞こえた。
そしてまた問おうとすると、その前にミツキが意を決したように口を開いた。
「あの時言ったことは確かに本心だ。でも、それだけじゃない」
心なしか声も若干震えていて、いつもと違う。
一瞬躊躇うような素振りを見せるが、すぐに言葉を続けた。
「ユイのことは、いつも・・・・・・か、可愛いと思ってる。告白された時とか少し不安になるくらい」
しばらくの沈黙。
それに耐えられなくなったのか、ミツキが声を上げた。
「ああもう眠い疲れた!もう俺寝るわ。お前も明日寝坊しないように早く寝ろよ。観るんだろ、日朝」
早口で言うと、足早にリビングから出ていった。
「・・・・・・」
ユイはしばらく呆然と立ち尽くしていた。
そして、力が抜けるようにソファに座り、熱くなった顔を両手で押さえる。
「・・・・・・言われ慣れてるんじゃなかったの?」
自問するが、当然返答は返ってくることはない。
頭の中で今の発言が反芻されていく。
自分は実はチョロい人間なのでは、と卑下したくなった。
「目、冴えたじゃん」
今頃部屋に戻っているミツキに文句を言いながら、小さな唸り声を上げる。
当然その日は全く眠れなかった。
如何でしたか?
少しラブコメぽい展開にしてみました。
この後二人はどうなっていくのか見ものですね。
次回もお楽しみに!!!!