幕間2−2 劇場の感動
幕間2−2です!
「まじょピュアユニバース観に行きましょ!」
帰って早々の第一声だ。
カラオケで月影ヨミなる少女が突然現れて演歌を歌って帰るという訳が分からない終わり方をした後だというのに。
肝が座っているのか、それとも好きなことになるとそれしか考えられなくなるだけなのか。
多分後者な気がする。
「え、何、ユニバース?」
聞き返すと、ユイは目をキラキラさせながら顔を近付けた。
「そう、『映画まじょピュアユニバース』。歴代四十作品のまじょピュアが一同に介するオールスター映画で、明日の土曜日に公開されるの!当然朝一で観に行くわ!予告とか作画に気合入っていて、期待値が凄く高いの!一つ一つのシーンが意味有り気で気になるし、サプライズとかあるんじゃないかって。だから、この映画が公開されるって発表されてから歴代作品を逐一見返しているの。やっぱりどれも最高だわ!まじょピュアはわたしの人生の教科書って言っても過言じゃないし絶対感動するわ!まじょピュア最高!まじょピュア万歳って感じ!」
「わ、分かったから一回落ち着け!」
ユイのマシンガントークを止めるが、まだ喋り足りないようで鼻息が荒くなっていた。
本当、ユイって好きなことになると周りが見えなくなるよなぁ。
こんなキャラだったっけ?と思ってしまう程に。
「別に観に行ってもいいけど、俺まじょピュアあんま知らねぇぞ。俺じゃなくてもカオルとかマルコとか誘った方が良くねぇか?」
あの二人がまじょピュアを見ているかどうかは知らないが、少なくとも俺よりは話は合うと思う。
「カオルは家族と出掛けに行くって、マルコは夏に向けての強化練習とか言っていたわ」
「あぁ、成程なぁ」
そういえばマルコってテニス部だったな。
忘れてた。
「それで俺を誘った訳か」
言って少々嫌味ぽかったか?と不安になったが、ユイは気にすることなく言葉を続けた。
「出来るなら四人で行きたかったかな」
ただし残念そうに言う。
「入場者特典全四種、コンプしたかったな」
「そのためかよ」
呆れた。
まさか特典目当てのために誘うとか、結構セコいな。
「いやだってサイン入りの色紙だよ!歴代主人公のキャストのだよ!絶対欲しいじゃん!」
「お、おう・・・・・・」
今までにない圧。
俺を説得した時と同じ迫力を感じる。
「それで?行くの?行かないの?」
「どっち?」と、顔をズイッと近付けて更に圧を掛ける。
「・・・・・・い、行くよ!」
こうして俺は明日、ユイと映画を観に行くことになった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「お前何にする?」
「わたしキャラメルが良い」
「そうか、俺は塩にするわ。半分ずつ入っているやつでいいか?安く済むし」
「いや、わたしはまじょピュアユニバースの限定版容器がいい。特典でコースターが貰えるし。もちろんミツキも同じので」
「はいよ」
「あ、それと袋は別々にして。持って帰って保存したいから」
「分かった分かった」
そんな会話を陳列した映画館の中で話していた。
俺たちが来ているのは、街にある大型ショッピングモールだ。
『みらいスカイタワータウン』。
『みらいフォレストパーク』に並ぶ観光スポットの一つで、七十階建てだ。
上三十階はホテルになっている。
屋上から見る景色は未来市の街並みをを一望することが出来るようだ。
そして俺たちは二十四階にいる。
絶景は見れないが、高画質且つ立体音響の巨大スクリーンで映画を観ることが出来る。
それに期待してか、将又これから観る映画に胸を躍らせているのか、ユイの目は一段と輝いていた。
多分後者だろう。
ユイは映画が始まるまでの間、物販コーナーにかじりついていた。
もちろんまじょピュアの。
パンフレットやタペストリーを手に取るなり、買おうかどうか悩んでいるのだろう。
顔が気持ち悪いくらいニヤけていて、変な声すら聞こえる。
近くにいた親子は「ママ〜あれ」「しっ見ちゃダメ!」みたいなやり取りをして、そそくさと立ち去っていった。
俺はその様子をポップコーンを摘みながら眺めていた。
しばらくして、入場のアナウンスが流れると、ユイはグッズを持って素早く会計を済ませ、こちらに駆け寄ってきた。
「お前今買ったら荷物嵩張るだろ」
呆れながらボップコーンとジュースが載ったトレーを差し出す。
だが「大丈夫」だと根拠があるか怪しい一言を言って、トレーを受け取った。
映画自体が初日ということもあり、結構人がいた。
主に親子客が多い。
広いとはいえ、席は殆ど埋まっていた。
俺たちが選んだ席は真ん中より少し前側である。
本当、ここまで混んでいる中で隣同士の席を取れたのは奇跡だと思う。
隣りに座っているユイは心底楽しそうで、貰った特典の色紙をまじまじ見てはほくそ笑んでいた。
「本当に好きだよなぁ、それ」
徐ろに呟いた一言にユイは反応してみせた。
「だって子供の頃から憧れているヒーローだよ!楽しみじゃない訳ないじゃん!」
キラキラした笑顔でそう答える。
「・・・・・・そうだな」
まあ、子供の頃から抱いている感情を今でも持っていることは全く悪いことではない。
それを忘れてしまう人もいるから貴重である。
それから徐ろに色紙の方に視線を向けた。
声優の箔押しサイン入りで、キャラクターのイラストが描かれている。
そのキャラクターが着ている服装に既視感を覚えた。
どこかで見た気がする。
「なぁ、ユイ。お前の魔装って」
言い掛けたところで灯りが暗くなる。
「始まるよ」
そう言ってユイはスクリーンの方に釘付けになる。
まあ聞かなくてもそういうことなのだろうと思い、俺もスクリーンに視線を向けた。
そして、映画の予告といつもの映画泥棒を経て、映画が始まった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「あぁ・・・・・・感動、したわ」
ユイは目尻に浮かんだ涙を拭いながら感想を零す。
「やっぱりまじょピュアはわたしの人生の教科書よ」
「お前それ言いたいだけだろ」
「ミツキは感動しなかったの?」
「いや、まあ・・・・・・面白かったのは面白かったぞ。結構キャラクターの心情とか細かく描写されてたし、最後のアッセンブルとか迫力あって盛り上がったし」
「沼にハマった?」
ニマニマしながら顔を近付けてくる。
「あ・・・・・・とだな、まあ暇があれば他の作品とかも見てみようかな・・・・・・なんて」
首肯も否定も出来なかったのは、映画が純粋に面白かったことと、女児向けアニメに興味を持ち始めていることに若干の抵抗が生じていることが原因だ。
正直、ユイみたいにどはまりしたいとは思えない。
「ふー・・・・・・ん、そっかそっか」
うざい笑みを浮かべながら頷く。
「でもまあ、面白かったって思ってくれているなら、誘ったかいはあったかな」
そう言って進行方向に向き直るように、髪を靡かせながらくるりと回ってみせた。
ふわりと華やかな香りが鼻孔を擽る。
「フローラル」
徐ろに香りの正体を呟く。
「え?」
ユイにとって突然だったのだろう、キョトンとしていた。
「あ、ああさっき活躍してたもんね。派手に」
「いやそうじゃなくて」
言葉を遮ったことですぐに理解したようで、ユイは頬を少し赤らめた。
「その・・・・・・この前新しく買って折角外で遊ぶなら使ってみないと勿体ないかなって」
指先で髪をくるくると捻り、照れくさそうに口籠る。
そういえば今日ユイが着ている服装も妙に気合が入っているように見える。
黒のノースリーブニットに、ボリュームのある白いスカートを履いている。
如何にも女の子らしい夏のコーデといった感じだった。
それが少し大人っぽさがあって、純粋に____。
「綺麗だ」
そう思った。
そして、心の声が漏れてしまったことに気が付く。
「あ、いや、えっと」
なんとか誤魔化そうとするが、遅かった。
ユイは色白の肌を真っ赤に染め、爆発するように頭から湯気が立ち昇ると、反対の方向に顔を逸した。
俺も柄にもないことを発したことによる羞恥心と後悔で顔が熱くなる。
「こ、こんなところで立ち話するのもなんだし、少し早い昼飯にするか」
強引に話を逸して、なんとか気を紛らわそうとする。
だが、心なしか声が裏返っているのを自覚すると、余計に恥ずかしくなった。
ユイは顔を合わせないもののコクリと首肯してくれた。
それから真っ白になった頭で適当な飲食店の中に入る。
正直、移動している時の記憶はない。
自分たちが何の店に入ったかも全然分からない。
やっと頭が冷えたところで、店内を見回した。
見たところ、どうやら甘味処のようだった。
和を思わせるようなレトロな内装で、BGMは三味線と雰囲気のあるものとなっている。
店員も店のコンセプトに合わせて和装だった。
俺はメニュー表を手に取り、料理の名前を見ていきながらユイの方をチラリと見た。
頭からは湯気は出ていないものの、頬は朱色で気不味そうに店の外を眺めている。
時折こちらを見たりするが、すぐに目を逸らされてしまう。
ヤバい、こっちも気不味くなってきた。
流石に不味いと思い、メニューを決めるとベルを鳴らした。
「・・・・・・、とう」
「え?」
微かに聞こえた声に俺はもう一度聞き返す。
「あ、ありがとうって言ったの。その・・・・・・き、綺麗とか言われて、嬉しかったから」
「っ!」
その言葉に鼓動が弾むのを感じた。
「お、おう・・・・・・」
収まり掛けていた熱がぶり返してしまった。
水が注がれたグラスを飲むが、冷める気配がない。
何か気の利いた話をしようにも、照れくささが邪魔をする。
それでもなんとか話そうと、とにかく口を開いた。
「俺は」
「お待たせいたしました。ご注文をお聞きしま・・・・・・」
ここで漸く空気が変わった。
あまりの気不味さにどうしていいか分からず下手なことを言いそうだったが、ここで店員が来てくれたのでそうしなくて済んだ。
だが、最後の方で声のボリュームがフェードダウンしたことが気になる。
早速注文をしようと顔を上げた。
「あ」
ここで声の主が誰であるか理解した。
面識はほんの一回きりで、昨日初めて知り合った人物。
「ヨミ、ちゃん?」
ユイの友達、月影ヨミだった。
違いがあるとすれば、和装を着ていることと髪を後ろで束ねていることだけ。
だが、そもそもが和風美人のイメージがあったため、非常に似合っていた。
「ご、ご注文を承ります」
ヨミはバツが悪そうに目を逸らし、メモで顔を隠しながら再度注文を聞いてきた。
「・・・・・・抹茶餡蜜を一つ」
俺は彼女の真鍮を察し、促されるまま注文の品を答えた。
「お前はどうする?」
ユイに問うと、我に返った様子で同じく抹茶餡蜜を頼んだ。
ヨミが立ち去るのを確認したところで、ユイは顔を近付けて小声で話し掛けてきた。
「ここで働いているのかな?」
顔色は正常な色白に戻っていた。
「じゃねぇなら何で店の服着て注文聞きに来たりするんだよ」
俺も冷静になり、ユイの問いに答えることが出来た。
「そうだよね」
「逆に知らなかったのかよ?どこで働いているとかさ」
「いや、あの子あまり自分から話そうとしないから、今とかびっくりしちゃって」
先程のヨミの態度。
明らかに煙たがっているように見えた。
仲良さそうかどうかと言われると、正直微妙なところである。
「もしかして、友達とか思ってんのお前だけなんじゃねぇの?」
「そんなことはない・・・・・・はず、よね?」
「いや俺に聞くなよ」
そんなやり取りをしながら、抹茶餡蜜を食べた俺たちは店をあとにした。
途中買い物をしながら、今日観た映画の話をして会話に花を咲かせた。
ただし、気不味くなったあのなんとも言えない時間のことはお互い一切触れなかった。
「今日は楽しかったね」
両手に荷物を持ったユイが嬉しそうに言う。
「そうだな」
同じく両手に倍以上の量の荷物を持った俺が返す。
「また来週も映画観に行こう」
「またかよ」
「だって毎年恒例の真夏のヒーロー豪華二本立てよ。絶対観に行くしかないじゃない!」
夕日をバックに振り返って満面の笑みを見せる。
心底楽しみなのが嫌でも伝わった。
「お前好きなもののことになると性格変わるよなぁ」
「え?そうかな?」
無自覚かよ。
そんなツッコミを内心で入れながら息を吐いた。
「まあ、そういうところは嫌いじゃねぇんだけどな」
「なんか言った?」
「なんでもねぇよ」
俺は前の方に歩き出すと、ユイも後ろを付いてきた。
楽しかった。
それは紛れもない事実だ。
一人でいるよりも彼女と一緒にいた方が心地が良いと思うようになっていた。
だから、この思い出はいつまでも忘れないようにしようと決めた。
如何でしたか?
この話を投稿したタイミングで幕間2−3の話の構想を思い付きました!
次回もお楽しみに!