第百十一話 諦めない心
魔物の巣攻略作戦後、現場にいる魔術協会の魔術師たちは後処理と女王の捜索に追われていた。
特に作戦の中枢を担っているエリとマキナはその両方の対応を請け負っている。
各地で行動している魔術師たちからの情報共有を定期的に行い、指示を出している。
現状、巣によって地盤沈下の恐れがあった場所は安定しており崩壊の危険性はなくなっている。
認識阻害の結界により、電気や水道などのライフラインにも影響は生じていない。
ただ、通信障害が発生しているようで、特殊な回線に繋げることで連絡手段を確保している。
ただし、生き残りの魔物の捜索は難航しており、魔物たちを統率していたであろう女王の目撃情報すらない。
「捜索範囲を広げます。規模は未来市全域。住民には外出自粛を呼び掛けてください」
スマホの画面に映っている市内のマップを見て、エリは魔術師たちに指示を出した。
今、ビル群の上を跳び越えながら移動している。
魔装による身体能力の強化で、ビルからビルに飛び移ることなど造作もないのだ。
ただ、魔力不足や疲労が蓄積されると危うくなる。
「あっ・・・・・・」
柵の向こうまで辿り着けず、足を滑らせて着地に失敗してしまう。
それでも、なんとか蔓を伸ばして柵に掴まることで落下を免れる。
柵を跳び越えたところで、膝をついた。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
もう呼吸が荒くなっている。
手足が鉛みたいに重い。
『君、無理しているだろ?』
インカム越しにマキナが話し掛けてきた。
「何が?」
『正直今の君がまともに戦えるとは思えないね。さしずめ、地中での作戦で犠牲者を出してしまったことへの負い目かい?』
「だったら何?人を死なせておいて自分はゆっくり休んでる訳にはいかないでしょ」
『だとしても休息を取るべきだ。いや、寧ろ現場への指揮だけに専念して、討伐は他の魔術師にたちに任せた方が』
「ふざけないで!こっちにだって最後まで果たさないといけない責任があるの」
自分の意思を訴えるエリに、マキナは溜息をついた。
『冷静さを欠いた人間程危ういと言うが、正に君はそれだね。ボクも似たような経験しているから言うけど、今君がやるべきことは頭を冷やすこと』
「うるさいっ!」
怒鳴り、通話を無理矢理切った。
「・・・・・・そんなの」
拳を作り、声が震える。
「・・・・・・そんなのあたしが一番分かってる」
昂る感情を抑え込もうとする。
呼吸を整え、頭の中を整理した。
エリはスマホをスワイプし、通話アプリを起動する。
連絡先一覧を開き、ある人物たちの名前と電話番号が目に留まる。
一人は『ユイちゃん』と、もう一人が『光剣寺ミツキ』である。
あたしは、彼らに頼っていいの?
負い目から指を触れることを躊躇してしまう。
でも・・・・・・。
歯を食いしばり、画面に指を触れようとした。
ブー、ブー。
突如画面が切り替わり、着信を報せるバイブレーションが鳴る。
画面にはでかでかと『ユイちゃん』という文字が表示されていた。
エリは指でなぞって通話をオンにし、恐る恐る耳元に当てた。
「もしもし」
『あの、エリさん?のお電話で間違いないですか?』
「?」
知らない女の声だ。
「・・・・・・あんた、誰?」
訝しみながら問う。
「お願いです、ユイさんを助けてください!」
「!?」
その一言で、ただならぬ様子であることを察した。
「場所はどこ?」
エリは電話の向こうにいるユメの話を聞くと、そのまま住宅街の方に向かった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「これでラスト」
ユイは超高速で空中を移動し、地面とすれ違い様に魔具を置いた。
そしてすぐに、住宅街全域に認識阻害の結界を構築した。
ユメを自宅まで『瞬間転移』で送ってから約十秒の出来事である。
そこから再度『瞬間転移』を発動した。
真っ白な世界を経て、先程までユメといた場所に戻ってくる。
最初に目にした光景から違和感を覚えた。
魔物が、いないのだ。
相変わらずマンホールの蓋は地面に転がっており、道には真ん丸な穴が空いている。
まさか来た道を戻った____というのは流石に不自然か。
魔物たちの存在を認識した上で結界を張ったので、間違いなく近くにいるはず。
どこかに隠れて奇襲を仕掛けてくると考えるべきだろう。
ユイは全神経を周囲に向けた。
そして____。
「「シャアアァァッ」」
背後から奇声が聞こえた。
ユイは振り向くと同時に光弾を二発発射した。
見事二体の魔物に命中し、爆発して吹き飛ぶ。
だが、脅威は終わらない。
爆炎の中から魔物が現れた。
今度は三体。
光弾を作ろうとするが、間に合わないと判断し、中断。
水魔法で氷を生成し、弧を描くように氷の刃を放つ。
直撃し、三体は氷漬けになる。
更に扇状の光弾を放ったことで、真っ二つになり粉砕した。
そして休む間もなく新手が来る。
次々と襲ってくる蟻の魔物たち。
『空中浮遊』や『瞬間転移』で攪乱しつつ、光弾と水魔法で対応していく。
おそらく二十体弱はいたと思う。
痩せた奴は半数以上はいて、マッチョは数体、女王蟻っぽい奴が一体。
今二体の痩せた奴らを光弾で吹き飛ばしたので、七体の魔物を倒したことになる。
どれも痩せた体型をしているためか、たった一撃で灰塵になる。
はっきり言って、今まで戦ってきた魔物の中で一番弱い。
全員が同じような奴らなら、結構余裕で片が付くだろう。
しかし、今までの経験上そうなることはあり得ないと考えた方がいい。
それで何度ピンチになったことか、流石に学習する。
どこかで見ているのかもしれない。
そう思い、ユイは迫りくる魔物たちを倒しながら、全方位への警戒を怠らないようにした。
今、倒したのは十二体目。
半数辺りに到達した頃だ。
そろそろマッチョも登場してもいいはずだが、全く襲ってくる気配はない。
もしかして、自分たちが逃げるために痩せた奴らを差し向けた?
憶測が過る。
そんな中でも敵の攻撃は止まない。
今度は三体。
ユイは光弾を放つ態勢を取ろうとした。
「シャアアァァッ・・・・・・ア?・・・・・・アァ、アア・・・・・・」
突如、三体の内の一体が動きを止めたのだ。
ユイも顔を顰める。
なぜなら、腹部から腕が生え、貫かれたのだ。
そこから抉り、搔き、肉片が血飛沫と共に飛散すると、大柄で筋肉質の魔物が姿を現した。
マッチョだ。
あまりにも想像を絶する登場のし方に唖然としてしまう。
だがすぐに、こちらに殴り掛ろうとしていることに気付くと、攻撃から防御の態勢に転じた。
水魔法で分厚い氷の盾の生成と『瞬間転移』を同時発動。
先に氷の盾が生成される。
場所のイメージもでき、すぐに移動できそうだ。
ガギンッと鈍重な音が響き、瞬く間にひびが広がる。
直後氷の盾は氷塊となり、痩せた奴二体を引き連れたマッチョが襲い掛かってくる。
間に合って!
心が叫び、視界が真っ白になる。
一瞬であり、すぐに景色が晴れる。
遠くの方で三体の魔物がキョロキョロとしている。
どうやら無事回避に成功したようだ。
息を吐き、安堵する。
それが一瞬の油断になってしまったようだ。
だから、反応に遅れてしまった。
「え?」
振り向き声を漏らした時には、魔物が拳を振り上げていた。
咄嗟に氷の障壁を作ろうとするが間に合わず、衝撃で吹っ飛ばされる。
地面に何度も身体の至る個所を打ち、背中が塀にぶつかったことで静止した。
「うぅぅ・・・・・・」
上体を起こそうとするが、全身から伝わる痛みで動きが阻害される。
幸いにも拳がクロノステッキ先端にぶつかったことで致命傷は避けられた。
足を踏ん張って、なんとか立ち上がる。
「!?」
目の前にはたった今自分を殴り飛ばしたマッチョと、先程攻撃してきた三体の魔物がいた。
不気味な笑い声のような声を上げ、真っ赤な眼光を怪しく光らせている。
「「「「シャアァッ!!!!」」」」
四体は一斉に攻撃を仕掛けてきた。
ユイもそれを迎え撃つ。
二体の痩せた魔物は苦戦することなく倒せた。
だが、二体のマッチョはそうはいかなかった。
拳や蹴りといったシンプルな徒手空拳であるが、一撃一撃が重く速い。
光弾や水魔法の氷で攻撃を仕掛けるが、全く通用しているようには見えない。
『瞬間転移』で不意打ちを狙おうにも、隙のない動きでタイミングを作らせてくれない。
『空中浮遊』を用いても、高い跳躍力ですぐに近くまで来てしまう。
正直、マッチョの身体能力は異常だ。
「っ!・・・・・・こうなったら」
ユイは『未来観測』を使うことにした。
光弾を連射し、マッチョの動きを封じる。
目くらましだ。
ここで『瞬間転移』をし、距離を取る。
すぐさま『未来観測』の発動準備を開始しようとした。
だが____。
「な!?」
どこから飛んできたのか、白い糸状の粘液が身体を拘束したのだ。
すぐに振り解こうとしても、身動きが取れない。
「「「シャアアァァッ!」」」
遠くの方から魔物の奇声が聞こえた。
だが、数が多い。
もしかして、新手!?
そう思った時には、三体のマッチョに包囲されていた。
ユイは水魔法の氷で動きを封じようと試みる。
二体の足を凍らせることに成功したっが、最後の三体目は間に合わずそのまま腹部を殴られてしまう。
「がはっ!?」
近くの電柱にぶつかり、塀を乗り越えて、そのまま家屋の中へ突っ込んでいく。
埃が舞い、木材か何かの破片が辺りに散らばる。
ユイは腹を抑え、吐血しながら痛みに苦しむ。
「か・・・・・・はぁ・・・・・・く、かぁ・・・・・・」
声が上手く出ない。
息が苦しい。
頭がチカチカ鳴る。
以前にも同じようなことがあったが、それでも慣れるものではなかった。
痛いものは痛い。
苦しいものは苦しい。
勝ち負けとか以前に死んじゃうんじゃないかと不安が煽られる。
怖い。
逃げたい。
助けて。
今にも泣きそうだった。
でも____。
ユイは腹を抑えながら、ゆっくり立ち上がる。
震える足に無理矢理力を入れ、踏ん張ろうとする。
そして、弱音を吐こうとする頭をクロノステッキで思いっきり叩いた。
痛かった。
触ってみたが、血が滲んでいた。
だけど、少しだけ気持ちがスッキリした。
乱れた呼吸をなんとか整え、自分に言い聞かせるように声を発する。
「もう逃げたくない。何もできない無力な自分は嫌だ。変わるんだ。皆を守れる、そんなヒーローみたいになりたい。いやなる。絶対になってやる!そのために生きて、守る!」
自分を鼓舞し、家屋を元に戻すと、魔物たちに立ち向かった。
次回もお楽しみに!
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