第百九話 轟く閃光
「はあっ!」
エリは飛び上がると、斧を弧を描くように振り回し、周囲に雷撃を放った。
稲妻が空気を走り、次々と魔物の胴を分断していく。
巣の中心部を囲うように置かれた、人並みサイズの卵も破壊していった。
エリは宙にいる間、何度も斧を振り、四方八方に雷の刃を放ち続けた。
その度に周辺が爆発し、軋むような悲鳴が広い空間に響く。
地面に着地した頃には、辺りから焦げ臭い煙が立ち上っていた。
視界が遮られるので、風魔法で吹き飛ばそうとする。
「!?」
背後に気配を感じる。
エリは徐に斧を振った。
見ると、斧の刃部に細い糸のようなものが絡まっていた。
先程糸の壁を作っていたもの。
顔を上げ、糸が放たれた方向を見る。
煙から三つの影がぼんやりと写る。
全体像が確認できるようになったのは、五メートルくらい近付かれた時だった。
今までの個体とは違い筋肉質で、頭に生えた触覚も長区なっている。
おそらく、リーダー格なのだろう。
「「「シャアァァッ」」」
三体は飛び上がり文字通り牙を向けてきた。
エリは斧に魔力を蓄えようとする。
しかし、それを妨害するが如く、三体の魔物は横開きの口から白い糸を吐き出した。
咄嗟に斧で防御するが、隙が生じてしまう。
それを狙ったかのように、三体は一気に距離を詰めた。
剛腕が凶刃となり、目前に迫る。
身動きが取れない。
「っ!」
思考を駆け巡らせ、風魔法を発動した。
ダメ押しとばかりに魔法陣を三つ重ねる。
暴風が吹き荒れ、周囲の兵隊を巻き込みながら三体の魔物が宙に舞う。
相手に隙ができる。
「!」
エリは再び斧に雷を纏わせ、周囲に向けて雷撃を拡散させた。
三体の魔物を相手にしているうちに、兵隊たちがこちらに近付いていたからだ。
これで溜めの時間は確保できた。
斧を構え、先端に魔力を込める。
刃が淡い黄色に発光し、雷の螺旋が渦巻く。
狙うは竜巻の中の蟻共。
一定の魔力をチャージし終えると、前へ大きく踏み込む。
「しゃらぁっ!!!!」
全身を使った突きは、雷霆となり、竜巻を貫き、壁に激突した。
凄まじい衝撃と轟音。
空気と空間が大きく震え上がる。
問答無用で全てを吹き飛ばし、重力という概念を無視しているようだ。
密室空間を覆う程の砂埃が巻き上がり、視界が完全に遮断されてしまう。
自身が放った攻撃にも関わらず、足が宙に浮いてしまいそうになる。
そこをなんとか踏ん張った。
しばらくして爆風が収まったが、砂煙は健在だった。
埃が肺に入らないように、腕で口を抑えながら呼吸を整える。
目で敵の位置を特定できないので、気配を極限まで研ぎ澄ませる。
やったの?
疑問が脳裏に浮かぶ。
それにしても、加減を間違えたかもしれない。
数の多さと相手側の奥の手を警戒してやむを得ず大技を放ったが、地中に負荷を掛け過ぎたかもしれない。
埋め立てで巣の規模は縮小し、中心部以外の場所の地盤は安定している。
だが、ここまでの威力だと、流石に不安になる。
今の攻撃で、もし崩れてしまったら____。
そんな思考が過る中、景色が徐々に晴れていく。
見ると、土の壁に巨大なクレーターが出来上がっていた。
細長い閃光が途切れながら畝る。
周りを見渡すと、複数の魔物が横たわっていた。
一部が欠損しており、殆どが灰塵と化している。
だが、生き残っている個体もいるようで、起き上がって睨んでいる。
立っているのは百も満たないが、それでも今相手をするにはシビアなものを感じた。
「魔力、最後まで持つ、わよね?」
自問するが、その答えを知っているのは自分である。
答えはイエスもノーもない。
エリは斧の柄を握り直す。
すると、斧が光の粒子となって消滅してしまった。
頼りの武器が使えなくなり一瞬焦りが生じるが、拳を握りしめ手の平から種を出現させた。
「ここからが正念場。気合い入れてくわよ、あたし!」
自身を鼓舞し、今まさに動き出した。
エリは種から枝を生成し、周囲に投げる。
真っ直ぐ放たれた枝は針となり、それら全てが脳天にヒットする。
だが、襲い掛かる魔物は健在であり、倒れる仲間を無視して跳びかかる。
「何も対策してない訳ないでしょ!」
エリは指を鳴らし、枝が刺さった魔物を苗床に植物が成長する。
枝や幹が腕となり、宙にいる魔物を握りしめた。
メキメキという音は、植物が急成長しているものなのか、骨を一本一本砕いているものなのか定かではない。
いや、両方か。
植物の養分は魔物の魔力。
ゆえにそれが朽ちれば成長しなくなり、やがて枯れる。
魔物の身体諸共、空気へと溶けていった。
一連の出来事に、周囲は狼狽えた様子を見せる。
しかし、一体が奇声を上げると、それに連れて吠え攻撃を開始した。
乱戦の幕開けである。
エリは数多の敵に対し、果敢に立ち向かった。
木剣や木の槍による攻撃と防御。
蔓による拘束と動きの阻害。
胞子による目眩まし。
風魔法による斬撃と牽制。
体術を駆使し、一切の隙を作らず攻撃の手を緩めなかった。
だが、体力や魔力にも限界がある。
とうとう迎えることになる。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
満身創痍で呼吸が乱れる。
整えたくても、魔物の手が許してくれない。
疲労と魔力消費で手足が重い。
集中力も思考能力も段々と途切れ始める。
目で数えて、四十弱。
正直、キツイ。
これ以上魔力を使えば、地上に戻るための力がなくなってしまう。
先のように相手の魔力を利用して戦う手もあるが、当たらなければ意味がない。
何か、方法はないの?
魔物の攻撃を木剣で防ぎながら、周囲を探す。
見つけた。
エリは魔物の腹部を蹴ると、一目散に走りだした。
種を蔓にして、ある物目掛けて投げる。
上手い具合に巻かれると、勢いよく手繰り寄せた。
が、魔物が放った糸に全身を絡めとられ、情けなく転んでしまう。
それでも、諦めない。
宙に舞ったある物が頭上を通り過ぎる。
引っ張った勢いが残っているようで、そのまま群がっている魔物たちの方へと飛んでいった。
手は動ける、これなら。
エリはコイントスをするように種を親指で弾いた。
種は先が尖った枝となり、ある物、ガントレット型の装置を貫いた。
直後、装置は破損し、夥しい量の白い泡が溢れ出した。
瞬く間に魔物たちを包み込んでしまう。
脱出を試みようとするものもいたが、固まって動けなくなった。
エリは風魔法で身体を吹き飛ばしたので、なんとか巻き込まれずに済んだ。
だが、見たところ何体か残っている。
ホントにしぶとい。
内心文句を言いながら、糸の拘束を解こうとした。
その時だった。
突如、轟音と共に地面が大きく揺れたのだ。
咄嗟のことで手が止まる。
音がしたのは真上だ。
「・・・・・・まさか」
察した直後、天井が崩れ、巨大な塊が降ってきた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「正気ですか?」
「ああ、正気さ」
黒いローブを羽織った魔術師の男性の問いに、マキナは返答した。
「しかし、まだ巣にはエリ主任がいるんですよ!」
「分かっている。でもあれを放っておく訳にはいかない」
モニターに映っている映像を指で示す。
魔物の軍勢が地上に現れ、魔術師たちが足止めをしている状況だ。
「粘っているようだが、いつ突破されるか分からないし、このままだと町の方に被害が及んでしまうよ」
マキナの言い分に、男性はたじろぐ。
彼もこの現状に理解はしているのだろう。
「し、しかし、主任を見殺しにするなんて」
「彼女からは攻撃の許可は出されている。現場の指揮を取っている彼女の判断だ。何に問題あるんだい?」
すると男性は無言になる。
表情は見えないが、どんな顔をしているか大体予想はついている。
「用が済んだら、出て行ってくれたまえ」
冷たくあしらうと、男性はテントから出ていった。
「・・・・・・」
後ろ姿が見えなくなると、マキナはインカムの通話をオンにした。
だが、耳元で砂嵐が鳴るだけだった。
「アテナ」
『お呼びでしょうか?マスター』
「地中の様子はどうなっている?」
『現在強力な磁場の影響で通信が遮断されており、位置の特定は不可能となっております』
「そうか」
会話を終えると、相変わらずザーという音が鳴っている。
通話をオフにした。
マキナは魔道具である端末を手に取ると、テントから出た。
空は夕方に差し掛かり、ちょうど青と赤が半分に分かれている。
地上では魔物の大群がうじゃうじゃ溢れかえっていた。
蟻の大群を等身大サイズにすると、こんな感じなのだろう。
マキナは魔装し、とある装置の前に立った。
それはバイクそのものだった。
『超広範囲殲滅特化大型移動兵装 アテナ・ウェボン006 ストライカー』
端末を操作し、フロント部にアタッチメントを出現させると、手に持っているマグナムを挿し込んだ。
すると、バイクの形だった装置は、巨大な砲台の形状へと変形した。
『安全装置を解除。攻撃対象をロック。魔力チャージを開始します』
「周囲にいる魔術師は結界を強化後、直ちに離脱。衝撃に備えたまえ」
インカムからアテナの声が聞こえると、マキナは魔術師たちに指示を出した。
魔術師は指示通り結界の強化を行い、魔物たちを完全に閉じ込めることに成功した。
その報せを聞き、マキナはメーターを確認する。
現在、魔力充填率は七十一パーセント。
充填完了の推定時間は約三分。
マグナムのグリップを握っている間は着実に行われる。
その時が来る間近で緊張感が昂る中、背後から音がした。
振り向くと、三体の魔物が地面から這い出ようとしていたのだ。
どうやら簡単に物事が進む訳ではないようだ。
マキナはグリップを握ったまま、もう一丁のマグナムを取り出し、一体の魔物の顔面目掛けて連射した。
頭が完全に吹っ飛ぶと、上半身だけ出ていた身体が灰塵となった。
そして、もう一体の魔物に狙いを定めたが、その時には地上に足をついていた。
二体とも屈強な体格をしている。
マキナは引き金を引き続けるが、直撃するもあまり効果はなかった。
二体が一斉に跳びかかってきたので、ブレードを展開し応戦する。
片手が塞がれている状態。
腕一本と両足を駆使して、二体の攻撃を牽制していった。
銃剣で攻撃を防ぎ、足で魔物の胴を蹴る。
だが、決定打にはならない。
『魔力充填率、八十六パーセント』
アテナからの報せが、耳に響く。
今彼女はストライカーの制御プログラムとして機能している。
ある程度の指示は可能だが、ドローン操作まではできない。
今後の課題になりそうだ。
そんなことを考えるが、魔物の攻撃でその思考を中断されてしまう。
マグナムを撃ち、後退させることに成功した。
ただし、魔物が口部から放った糸を喰らうことになる。
腕が胴体に絡まり、攻撃する手段を封じられてしまった。
それなら足を。
動こうとするが、もう一体の魔物の糸で両足を固定されてしまう。
正に万事休すと言ったところだ。
魔物が勝ち誇ったような不気味な笑みを浮かべる。
耳元でアテナのことが響く。
『魔力充填率、九十二パーセント。マスター!』
報告と心配するような声。
ただし抑揚はない。
それでも悪い気はしなかった。
「・・・・・・」
このまま何も動かなければ、アウトだ。
取れる手は成功するか否か定かではない、駆け引き。
失敗すれば、死。
だが、そんなことは今更だ。
魔物との戦闘はいつもそうだ。
どんなに対策を練ろうと、必ず予想を超えるアクシデントが起こる。
神出鬼没で謎だらけの存在だから当然なのだろう。
だから、理屈を並べても無意味であることを、最近になって理解した。
時には感情に従ってみるのも悪くない。
例え無茶でも、スマートでなくても。
彼らは常にそれを証明してきた。
だから____。
「「シャアァッ!」」
奇声を上げ、魔物が腕を振り上げる。
今防御する手立てはない。
そう理解した上で、マキナは魔装を解除した。
同時に拘束していた強靭な糸から解かれる。
「アテナ、オン!」
そして、一瞬の間を空けず再び魔装をした。
すかさずマグナムに付いたリボルバー部を腕で回しモードを切り替える。
左にいる魔物にフックを射出し、腕に引っ掛かる。
ワイヤーを勢いよく右に引っ張った。
魔物の態勢が崩れ、頭が右にいる魔物に向く。
糸は見事に魔物の顔面を捉えた。
勢いに任せ、二体は抱き合う態勢となる。
フックを撃ち続け、そのまま地面に拘束した。
その後、リボルバーを回す。
『魔力充填率、九十九パーセント』
直後にアテナからの報せが入る。
マキナはストライカーの方に身体を捻らせた。
照準の最終調整を素早く行う。
『魔力充填率、百パーセント。チャージ完了です』
それを聞いたところで、指を曲げ引き金を引いた。
砲門から無数のミサイルが射出された。
その衝撃はグリップから腕を介して全身に伝わり、足に力が入る。
姿勢制御装置がなければ今頃吹き飛ばされていただろう。
ミサイルはドーム状に包まれた結界をすり抜け、着弾し爆発した。
轟音が空気を震え上がらせ、熱風が肌を焼く。
衝撃は地震となって、大地を大きく揺らした。
現状は次々と現れる爆炎と煙で全く把握できない。
ただ分かることは、結界内は地獄と化していることだけだ。
ミサイルの段数がゼロになる。
これ以上新しい爆発が起こることはなくなった。
否、本番はこれからである。
ストライカーの中央にある巨大な銃口。
そこに魔法陣が展開され、光の粒子が集束されていく。
それが解放される時、銃口から一筋の閃光が結界を切り裂くように貫いた。
一瞬の沈黙。
直後、眩い光を放ち、凄まじい音と衝撃が周囲を襲った。
「くうぅ・・・・・・うぅ」
結界によってある程度の衝撃を抑えることができるとはいえ、殆ど貫通していた。
「結界の強度を上げてくれ!」
待機している魔術師に向かって指示を送る。
これにより、少しは衝撃は抑えられたが、それでも足が浮きそうになる。
爆発が完全に終息したのは約十分後のことだった。
煙が晴れたところで、改めて着弾地点をドローンのカメラで確認することにした。
焦土と化しており、底なしの巨大なクレーターができていた。
おそらく、ストライカーの威力に地盤が耐え切れず、陥没してしまったのだろう。
因みに群がっていた複数の魔物は影も形もなくなっていた。
序に地中にいた魔物たちも倒せていればいいが、それよりも気になることがあった。
マキナはストライカーからマグナムを引き抜いた。
砲門からは細い煙が昇っている。
拘束した魔物がどうなったか、確認のため背後を振り返る。
その瞬間だった。
拘束から脱出した二体の魔物が、一斉に跳びかかってきていたのだ。
マキナはマグナムを構えて、引き金を引こうとした。
が、その前に二体の動きが止まったことに気が付く。
いつの間にか後頭部に矢が刺さっていたのだ。
「・・・・・・まさか」
魔物が地に伏し腐敗したことを確認すると、矢が放たれた方向に視線を向けた。
そこには巨大な花の上で、弓を携えたエリの姿があった。
どうやら無事だったようだ。
エリは弓を消すと、よろめきながら歩き出そうとした。
が、途中で足を崩したようで、そのまま倒れそうになる。
マキナは地面を蹴って、目の前に近付き身体を支えた。
「生きていたんだね」
「お陰様でね。危うく死にかけたわ」
疲労が蓄積しているようで、苦しそうな表情だった。
同時に憎まれ口を言いたそうで、じっと睨んでいる。
「マキナ」
息絶え絶えで、なんとか声を振り絞ろうとしていることが伝わる。
そんな彼女から発せられた言葉がこれだった。
「大至急、女王を捜しなさい」
次回もお楽しみに!