第百三話 少女の異変
一か月遅れてしまいました(-_-;)
その分、明日と明後日も投稿します。
それ以降は・・・・・・また不定期になりそうです。
今回のお話を楽しんでください!
「た、ただいま・・・・・・」
呟き、恐る恐る扉を開けた。
ゆっくりと音を立てないように扉を閉め、廊下に腰を下ろし、ケーキの入った紙の箱を傍らに置く。
そして、靴を脱ごうと足を持ち上げた。
「おかえり!」
「おっふっ」
突然甲高い大きな声が廊下に響き、思わず変な声を出してしまった。
振り向くと、エプロン姿のユイがニコニコ笑いながら立っていた。
「お、おぅ・・・・・・」
想定外の出来事に、脳の処理が少し遅れてしまう。
そもそも出迎えがあるとは思わなかった。
それに気付いていないユイは、何か別のことに興味が惹かれたようで近付いてくる。
「あ、それ何?ケーキ?」
俺の傍らに置いている紙の箱を指差した。
「ああ、帰りの途中で買ったんだ」
そう説明すると、ユイは紙の箱を持ち上げた。
「これこの前テレビで見た洋菓子店のだ!ありがとう、ミツキ!」
目を細めて笑顔の度合いが増した。
「そ、そうか」
そして相変わらずぎこちない回答をしてしまう俺。
「冷やしておくね!」と言って手を振り、ユイはケーキの入った箱を持ってリビングの方に入っていった。
「・・・・・・」
俺はその様子をただじっと見つめていた。
なんというか、違和感しかなかった。
どう考えても何かおかしい。
そう思いながら、俺は靴を脱ぎリビングを覗いた。
リビングとダイニング、キッチンは一帯となっている。
そのキッチンの向こうで、ユイとその母親であるユカリが楽しく談笑しながら料理を作っていた。
ただここでもおかしな点に気が付く。
ユイは先と変わらず笑顔で話しているのに対し、ユカリは時折笑顔が消えているように見えたのだ。
彼女もまた違和感を覚えているようで、娘の様子を心配しているように感じられる。
だが、それについて詮索しようとする様子はなかった。
しばらく二人の様子を観察していると、ユイがこちらに視線を向けニコリと微笑んできた。
夕食時。
ツバサ(今日は珍しく家にいた)も加わり、俺たち四人で食卓を囲んでいた。
今、夕食を食べ終え俺が買ってきたスイーツを食べている。
「んん~、このモンブランほんのり甘くて美味しいぃ~。あ!このマカロンも、表面がサクサクしていてなんか、・・・・・・美味しいわぁ~~~」
料理番組でグルメリポートをするみたく、大袈裟なリアクションを取りながら料理の感想を言うユイ。
最後の方はうまい具合の言葉が出なかったのだろう。
それにしても、やはり変だ。
確かにユイは甘いものを食べている時、人生に満たされて幸せそうな表情を浮かべている。
傍から見ても、スイーツが好きであることが分かるくらいに。
だが、彼女は他の人と味を共有するとき以外、味の感想なんて言わない。
食べている時は基本黙々と食べている。
それに今の彼女の笑顔も、先程からの延長線だとしたら____。
なんだか、仮面を被っていると錯覚してしまいそうだ。
その違和感にユカリも気付いているようだし、ツバサも眉を顰めていた。
そして、ユカリは黙っているが、ツバサはそうはいかないようだ。
「・・・・・・なあユイ。お前ちょっと変じゃね?ずっと笑っていて、なんか不気味なんだけど」
割とどストレートに質問しつつ、容赦ない指摘をした。
俺やユカリは聞くかどうかで躊躇っていたのに、ツバサはそれをあっさり実行してしまったのだ。
普段からデリカシーがなさそうな奴だと思っていたが、本当にそうだとは。
だが否定はしない。
なぜなら躊躇ってはいたが、聞かない選択をするとは考えていなかったから、心の中で「ツバサ、ナイスッ!」とガッツポーズを取っていた。
「え?全然変じゃないよ。ただ、こうやって家族四人で一緒に食べるのが楽しくて、だから笑っているんだよ!」
だが、ユイは表情一つ変えずそう返答した。
心なしか若干圧を感じるのは気のせいだろうか。
「にしたってずっとニコニコしているし、なんか気味悪いっていうか。逆になんかあったんじゃねーのかって思うんだけど、お前なんか嫌なことあったか?」
「嫌なことなんてないよ。だいたい嫌なことがあったら笑ったりしないよ。寧ろ、良いことがあったから笑ってるんだよ」
「良いことって?」
「だからさっき言ったことだよ」
「そ、そうか?」
「うん!」
自信満々に頷いてみせるユイ。
ツバサは半ば強引に納得させられ、食事に戻る。
その表情はまだ納得できていない様子だった。
おかしい。
今の会話を聞いている限り、兄妹で口喧嘩が始まるのが自然だ。
普段の二人のやり取りなら、確実にそうなっている。
ツバサはユイの笑顔を不気味だの気味悪いだの答えているし、そういうデリカシーのない発言が着火剤となってユイが反論するというのがいつもの流れだ。
だが、指摘すらしていない。
絶対変だ。
それから俺はチーズケーキを食べつつ、ユイが話し掛けてくる度に適当に返事をしていった。
指摘してもはぐらかされるだけと判断したからだ。
夕食を終え、俺は食器の片付けをしていた。
因みにツバサは食器を割るという理由で手伝っていない。
悪い言い方になってしまうが、手伝わないことが彼の手伝いである。
俺はスポンジに洗剤をつけ、皿を洗おうとした時だった。
「ユイ」
ユカリがユイに話し掛けているのが聞こえた。
別に自分が呼ばれた訳ではないが、気になって顔を上げた。
ユカリがユイに話し掛けることは先程からあったことだが、呼び捨てになっていたり声が神妙な面持ちになっていたりと、今までとは違うことから特別気になったのだ。
「何?」
訝しむ様子もなく、明るい表情で問うユイ。
「その・・・・・・わたしの勘違いならいいんだけどね。もし、何か困っていることがあったら相談してね。力になれるかは分からないけど、それでも話はちゃんと聞くから」
ユカリの言葉に、一瞬表情が変わるのを俺は見逃さなかった。
ユイはすぐに笑顔を取り繕い、「分かった。ありがとう!」と答える。
ユカリはそれ以上何も言わなくなった。
これが彼女なりの娘への接し方なのだろう。
下手に問い詰めず、本人の口から言うまで待つ。
妥当な選択だ。
ただそれは状況にもよることになる。
魔術関連なら特に____。
家中の灯りが消え、寝静まる時間。
俺はユイの部屋を尋ねた。
コンコンッとノックし、声を掛ける。
だが、返事がなかった。
試験勉強で徹夜をしていると思ったが、今日はすぐに寝てしまったのだろうか?
明日の朝伝えよう、そう思い立ち去ろうとした。
が、一瞬だけ魔術を発動した気配を感じ、足を止める。
振り返ると、ドアの隙間から白い光が漏れていたのだ。
俺は急いで部屋の扉を開け、中の様子を確認した。
誰も、いなかった。
灯りは点いておらず、一つしかない窓は締め切られている。
ベッドは膨れ上がっており、暗さもあってあたかも人が寝ていると錯覚してしまいそうだが、毛布を捲るとぬいぐるみとクッションが敷き詰められているだけだった。
つまり、ここにユイはいない。
正確にはついさっきまではいたのだろう。
その形跡は所々にある。
そして、さっき感じた魔力の気配。
考えるより先に答えは出ていた。
あいつ、『瞬間転移』を使ったな。
そう確信した。
では、なぜ使ったのだろうか?
それに関しては、考えられる理由が複数あり過ぎて絞り込めず、分からないままだった。
だから、待つことにした。
『瞬間転移』で移動したなら、間違いなくこの部屋に戻ってくる。
ここで張っていれば、すぐに事の対応ができる。
本来なら勝手に部屋に入って居座るという非常識なことはしたくないが、状況が良くないと判断したためそうせざるを得ない。
部屋の物さえ触らなければ、多分大丈夫だろう。
俺はユイが戻ってくるまで、(ユイの部屋で)時間を潰すことにした。
そして、時刻が三時を過ぎ転寝しそうになった時、目の前が光り出した。
その中から人の姿が現れる。
魔装したユイだ。
『瞬間転移』で戻ってきたようだ。
ユイは魔装を解除するや否や、俺と目を合わせると驚愕しつつすぐに顔を顰めた。
当然だ。
自分の部屋に許可なく入り居座っている奴がいるのだから、あまりいい気分はしないだろう。
逆の立場なら怒っている。
「勝手に入るな」と。
「ちょっと、勝手に人の部屋に入らないでくれる」
半眼で睨みつけるその様子は、心底機嫌が悪いように感じられた。
まあ、真夜中だからというのもあるだろう。
そう思うと眠たそうにも見えなくない。
「仕方ねぇだろ。ノック掛けたけど反応がねぇから、それで中で待ってたんだよ」
かく言う俺も今睡魔に襲われている。
ユイは溜息をつき、疲れた様子でベッドにドスンと腰を下ろした。
「それで何か用?」
大きな欠伸をしながら訊いてきた。
「お前、『瞬間転移』でどこに行ってたんだ?」
単刀直入にそう問うと、ユイは目を逸らした。
「言いたくない」
口を尖らせながらそう答えた。
「無闇に魔術を使うなって言っている訳だし、お前が約束を破るとは思いたくない。だとしたら、使わざるを得ない問題に直面しているんじゃねぇのか?」
問うが押し黙ったまま目を合わせようとしなかった。
「説教、しにきたの?」
「別に怒っている訳じゃねぇよ。ただお前が困っているっていうなら手を貸すって言いたいだけだ」
すると、ユイは俺の顔を一瞥すると、俯いたまま顔をこちらに向けてきた。
「・・・・・・今はミツキの力を借りたくない」
そう言われて俺は少し驚いたが、話はまだ続いていた。
「だって、わたしのせいでミツキに無理をさせたくないし。それでまた倒れたりして万が一のことがあったら、わたし・・・・・・」
どうやら彼女もまた、思い詰めていたようだ。
他人に迷惑を掛けたくない。
だから、自分一人で解決しようとする。
俺の場合は全て自分のことだから、無理しようが周りには関係ないと思っていた。
でも結局はどちらも同じで、他人に心配を掛けてしまう。
今やあの時みたいにユイが俺のことを心配するように、俺もユイの力になりたいと思っている。
だけど、ユイはそれを拒絶した。
なら____。
「分かった。お前がそうしたいならそうしろ」
俺は一旦手を引くことにした。
「だが、忘れるなよ。お前は魔術師としては見習いである立場ってことをな。取り返しがつかなくなる前に、誰かに相談した方がいいと俺は思う。もし俺を頼りたくないなら、エリやマキナに頼め。あいつらなら間違いなく助けてくれるだろう。お前の周りには話を聞いてくれる人がいるんだからな」
俺は言いたいことを一通り言って、扉の前に立った。
「あ、それと一つ言いそびれたことがある」
振り返り、俺は頭を下げた。
「喫茶店でのこと、言い過ぎたと思っている。すまなかった」
本当はもっと早く言いたかったが、ユイの変貌でタイミングを逃してしまったのだ。
「・・・・・・こっちこそ、酷いこと言ってごめん」
ユイもペコリと頭を下げる。
それを確認すると、俺はそれ以上何も言わず部屋を出た。
如何でしたか?
明日投稿します!
お楽しみに!