第九十九話 トラブルはいつも突然
今回はユイとミツキ、それぞれの視点のお話です。
「やっちゃったよぉ・・・・・・」
帰りの道中、ユイは項垂れていた。
理由は、ミツキを怒らせてしまったからだ。
もちろん、全て本心で言っていた訳ではない。
マキナにミツキとの関係を問われて、否定しようと出てしまった言葉である。
このやり取り自体はいつものことである。
だが、今回は本人が目の前にいるということが拙かった。
普通に考えれば、あんなこと本人が聞いて、いい思いをしないことも分かる。
だから、ちゃんと謝るべきなのだが____。
「これが原因で仲違いなんてしたらどうしよう・・・・・・」
そんな不安が頭を過ってしまうのだ。
家に帰った時、ちゃんとミツキに謝ることができるのだろうか。
絶交とか言われたりしたらどうしよう。
それで家を出ていくなんてことになったら・・・・・・。
「はぁ・・・・・・」
考える度に、足取りが徐々に重くなっていく。
そうならないと思いたいが、そうなってしまうのだと考えてしまう。
昔からの悪い癖だ。
取り敢えず、電話でちゃんと伝えておかないと。
ユイは肩に下げている鞄に手を入れ、スマホを探した。
掴むと、そのまま取り出す。
直後、顔が真っ白になった。
なぜなら、取り出したのはスマホではなく、魔道具だったからだ。
しかも今日エリに渡すはずだった『ナイチンゲールの魔道具』である。
「ウソ、でしょ・・・・・・」
ここでもユイはやらかしてしまった。
本来なら喫茶店で集まった時に、返すはずだったもの。
どうやらミツキとの一件で、すっかり忘れてしまっていたようだ。
「まだいるかな?」
ユイは魔道具を鞄の中に突っ込むと、改めてスマホを取り出し電話を掛けようとした。
振り返り、来た道を駆けだす。
スカートではなく、ハイウェストパンツを履いていて良かった。
ユイはエリに先の喫茶店で魔道具を渡すことを伝え電話を切ると、曲がり角を曲がろうとした。
「わっ」
「きゃっ」
人とぶつかってしまった。
追い打ちをかけるように、手に持っていた鞄の中身の荷物も散乱してしまう。
それは相手も同じだった。
「あ、すみません!」
「いえ、こちらこそごめんなさい」
謝りながら、互いの荷物を拾い上げていく。
そして、全てを鞄の中に収めると、ユイは頭を下げた。
「すみませんでした!」
周りを見ていなかったこちらに非があるので、もう一度謝罪をする。
「いえ、大丈夫ですよ。お互い怪我がなくて良かったです」
そう言って、女性は首を横に振る。
「その・・・・・・失礼します」
そう言って、女性はそそくさとその場から立ち去ってしまった。
ユイはその後ろ姿を最後まで見送ると、深い溜息をついた。
「今日は全然ついてないなぁ・・・・・・」
そうボヤキながら、鞄の中身が全て揃っているか再度確認をする。
「・・・・・・え?」
ユイは鞄に手を入れたり覗き込んだりした。
そして、ピタリと手を止め、その顔を絶望の色に染め上げる。
「・・・・・・ない」
自分のものである『クロノスの魔道具』はある。
だが、『ナイチンゲールの魔道具』がなくなっているのだ。
「まさか・・・・・・」
思い当たる節がある。
さっき女性とぶつかった時だ。
「・・・・・・取り返さないと」
ユイは女性が行ったであろう方向に走り出そうとした。
が、突然地面に刺さった何かによって阻まれてしまう。
見ると、それはクナイだった。
振り返ると、電柱の上に人が立っていた。
飛び降りると、目の前で華麗に着地する。
フードを目深く被り、コートの裾を風で靡かせる。
その特徴的な人物を、ユイは知っていた。
というか、今この状況で一番遭遇したくない相手である。
海岸で出会ったフードの人物、もといフードの魔術師だ。
どこから取り出したのか、クナイを逆手に持ち戦闘態勢に入っている。
戦う気満々ようだ。
「・・・・・・えぇ」
思わず嫌そうな声を漏らしてしまう。
確かにまた会いたいと思ったが、正直今ではない。
本当に今日はついていない一日だ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「やっちまったぁ・・・・・・」
帰りの道中、俺は頭を抱えていた。
理由は、ユイに高圧的な態度を取ってしまったからだ。
彼女の言ったことは、俺とユイの関係を詮索された時の否定文句でしかない。
それは十分に分かっている。
だが、いざ目の前で聞くと、あまりいい気分はしなかった。
特に女みたいな顔だの異性として見れないだの言われたのは、正直腹が立った。
だからあんな態度を取ってしまった。
今でも癇に障っているが、同時に負い目も感じている。
少々言い過ぎたかもしれない。
彼女のことだから心底落ち込んでいる可能性もある。
特にユイは、感情の起伏が激しい傾向にあるから、自ずとその光景が想像できてしまう。
早急に対応する必要があるのだ。
「帰ったらちゃんと謝らねぇとなぁ」
そう言って、謝罪時のシミュレーションを頭の中で考えている時だった。
「!?」
甲高い悲鳴が聞こえたのだ。
俺は一目散に走りだし、声のした方に向かった。
立ち止まると、そこは人通りの少ない閑散とした場所だった。
高架下があり、一人の女性が尻餅をついている後ろ姿を確認する。
その向こうには、もう一つの影があった。
人の形をしているが、それが異形の存在であることを察した。
「逃げろ!」
俺は駆け出し、立たせるのを手伝う。
女性は促されるまま、その場から走り去った。
それを最後まで確認すると、その異形の存在、魔物がいる方向に視線を向けた。
「まさかまた会えるとは思ってなかったなぁ」
口ではそう言うが、全然嬉しいとは思っていない。
寧ろ一生遭遇しないならそれで良かった。
だが、目の前にいる以上はそうはいかない。
俺は戦う覚悟を決めた。
「リベンジマッチだ。といっても別人だけどな」
俺は服の下に魔道具を握りしめた。
魔物は高架下の陰から一歩、二歩と近付いてくる。
やがて日の光に当てられたことで、その全貌は明らかとなった。
体毛で覆われた人型の巨体。
顔は狼で、相変わらず凶悪な面をしている。
そして、一番注意したいのが、その両腕に巻き付いている紐だ。
間違いなく、以前戦った魔物『フェンリル』の別個体だった。
如何でしたか?
次回はリベンジバトルです!
果たして勝つことができるのでしょうか?
お楽しみに!