第九十七話 ミツキの休日
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土曜日の午前。
俺は住宅街を歩いていた。
といっても、以前通り魔事件が起きた場所ではなく、俺が住んでいる住宅街のことである。
手提げにそれなりの量の荷物を詰め込み、道を進んでいく。
もちろん、意味もなくそうしている訳ではない。
『ある目的地』に向かうために、万全の準備をした上で外出しているのだ。
それがここである。
足を止めた先には、歴史がありそうなレトロ調の建築物が建っていた。
二段になっている瓦屋根に、細長い煙突が聳え立ち湯気を立ち昇らせている。
入り口の暖簾には、最早どこに行ってもテンプレートとなっている『ゆ』の文字が一筆されていた。
「久しぶりに来たなぁ、ここ」
俺は昔からお世話になっている銭湯に訪れていた。
中に入ると、ここでもやはり時代を感じるような木造の空間が広がっていた。
人工物ではあるが、無機質なものとは違い自然の名残があり、どこか落ち着く。
歴史というか、長年多くの人から愛されている場所という雰囲気があり、個人的に結構好きな空間である。
「いらっしゃい、久しぶりだね」
カウンターの方から青年が出てきて、声を掛けられる。
彼は『泉イッセイ』。
この銭湯の経営者の一人息子で、昔からお世話になっている人だ。
小学校の頃は、俺がここに来る度に遊び相手になってくれた。
だから、それなりに恩のある人でもある。
何より知人の中で一番まともな人だ。
「お久しぶりです、イッセイさん」
俺は笑顔を作り、深々と頭を下げた。
「そんな畏まらなくてもいいよ。気楽にしてていいからさ。ほらここ銭湯だし」
そう言われたので、素直に頭を上げることにした。
「それにしても、元気そうで何よりだよ」
「まあ、そうですね。結構上手くやっていけてますよ。高校に入って友達もできましたし」
「・・・・・・そっか、それなら安心だね」
そんな短いやり取りをした後、ロッカーの鍵と桶を貰った。
「何かあったら相談に乗るよ」
後ろからそう言われたので軽く会釈し、脱衣所へ入った。
それから服を脱ぎ、浴場でしっかり身体を洗い、湯船に浸かった。
「ふうぅぅ~~~っ」
ガスが抜けるみたいに短い息を吐いた。
丁度いい熱さで、全身の肌を刺激していく。
心なしか疲労が溜まっている箇所をピンポイントに押されているようで、血行が良くなってきた気がする。
生き返るわぁ~~~。
周りは休日にも関わらず、客の数は少なくほぼ貸し切り状態だ。
静かだ、だがそれがいい。
普段から騒がしい奴らと一緒にいるから、こういう瞬間が凄く新鮮に感じる。
もう少しこの時間を楽しみたいと思い、俺はしばらくの間湯船に浸かった。
そして、浴場から出ると冷房の効いた部屋で、キンキンに冷えたコーヒー牛乳を飲み干した。
「ぷはっ、効くなぁ、これ」
火照った身体を冷たい飲み物で一気に冷やす。
この感覚もまたたまらん。
周囲を見回し、扇風機を見つけると、近付いて腰を低くした。
「あ~~~~~~っ」
回るファンに向かって声を発すると、震えた変な声が聞こえた。
昔調べたことだが、扇風機のファンに声が当たったり通り抜けたりするかららしい。
身の回りに何気なくあるものにも興味深い事象があると、初めて知ったきっかけだったな。
「あー、それどうしてもやりたくなるよね」
ふとした瞬間、俺は声のした方に視線を向けた。
「あ・・・・・・」
見ると、イッセイがニヤニヤしながらこちらを見ていた。
なんというか、恥ずかしいところを見られてしまった。
「気にしなくていいよ。俺もたまにやるから」
ハハと、笑って返してくれた。
しばらく店内で雑誌を読みながらくつろいだ後、俺はカウンターでロッカーの鍵と桶を返した。
「今度来る時は友達誘ってきなよ。待ってるから」
そう言われたので、次はそうしようと思った。
といっても、友達は全員女子ばかりだから、それまでには男友達は作っておきたい。
他の男子が聞いたら贅沢な悩みだと言われそうだが。
入口を出る時、人にぶつかりそうになった。
年は俺と同じくらいの金髪の少年。
だが、特に何かある訳でもなく、軽く頭を下げて銭湯を後にした。
そして次に向かったのは、マッサージ店だ。
街中にある店で、最近新しくできたらしい。
以前から気になっていたので、この有給を利用して、銭湯と一緒に行ってみることにしたのだ。
「ぬおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉああああああぁぁぁぁっ!!!!」
俺は台の上で悶絶していた。
普段出さないような声を出していることに、少し驚いている。
「お客さん、大分こってますね」
店員が肩回りの筋肉を強く押す。
「そ、そっスか?」
「はい、普段から肩とか腰を使うようなことなさってるんですか?」
「まあ、そっスね」
思い返してみれば、長時間PCをいじっているからなのかもしれない。
そして、魔物と戦う時剣とか斧とかを振り回しているから、肩や腰に疲労が溜まっているのだろう。
「最初触った時、デカい岩かと思ったくらいでしたよ」
「そんなにっスか?」
自分では気付いていなかったが、どうやら身体は相当ボロボロだったようだ。
「お、足もなかなか。ちょっとこれは骨が折れそうです、ねっ!」
「ふぎゃあぁっ」
それから俺は小一時間くらい台の上でツボを押され続けた。
時間は正午を過ぎていた。
梅雨明けということもあり、この時間帯は気温が非常に高い。
特に雲一つない炎天下の中だと、尚更そう感じてしまう。
だから、風呂から上がって湯冷めすることも、マッサージした後に火照った身体が冷えると感じることもない。
寧ろ、暑さで代謝が更に上がったような気がする。
まあ、リラックスできて身体が軽くなったから、今はマシである。
俺は昼飯序にどこかで涼もうと、周囲を見回した。
パスタ専門のファミレスを見つけると、その中に入った。
扉を開けた瞬間、カランカランという音と共に、室内の冷気が流れ込んできた。
「おぉ~~~~」
俺はそれに誘われるように、中へと進んでいった。
店員に案内され、窓際の席に座る。
備え付けのメニュー表を開くと、いろいろな種類のパスタが写されていた。
どれも美味そうだ。
俺は定番メニューのミートパスタを注文した。
店内を見ると、昼時というのもあり人が多い。
奇跡的に空いている席があって良かった。
お陰で空腹のまま何分も待たされずに、すぐに食べることができる。
といっても客が多いことに変わりないから、普通よりも来るのは遅いかもしれないが。
十分後。
お盆に料理の皿を乗せたウェイトレスがやってきた。
「お待たせいたしました。こちらミートパスタです」
そう言って、ミートパスタが乗せられたプレートをテーブルに置いた。
一緒に伝票を置いていくと、「ごゆっくり」と言って立ち去った。
俺はフォークとスプーンを手に取った。
器用にフォークで絡み取り、パスタを口に運ぶ。
「んんんっ~~~~」
ミートソースが口いっぱいに広がる。
パスタ麺もモチモチしている。
これは、いい。
それから俺はミートパスタの味を堪能した。
ユイたちと来れば、話をさかせて料理の味には殆ど意識していないだろう。
だから、普段できないような楽しみ方が今できる。
これはこれで割と・・・・・・。
だが、ふと顔を上げた時、誰も人がいないことに気が付く。
「・・・・・・」
俺はミートパスタを平らげ、会計を済ませて店を出た。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ただいま」
帰宅し、俺はキッチンにいるユイに声を掛けた。
「おかえり・・・・・・って、ミツキどうしたの?帰るの全然早いじゃん」
ユイは壁に掛かっている時計を一瞥しながら答える。
時刻は十四時を少し過ぎた時間を指していた。
「ああいや、なんというかやりたいことが特になくなったっていうか・・・・・・」
「ん?」
首を傾げるユイ。
しかし、俺は彼女と会話をしたことで少しだけ満たされた気分になっていた。
「なんでもねぇよ」
ただ自覚すると気まずくなったので、自分の部屋へ引き籠ることにした。
如何でしたか?
特に物語的にはそこまで進展はしていないですが、意外と重要な回になっているかもしれません。
次回も日常回です。
お楽しみに!