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間話 4.5




その日。その時。

商館がいきなり清浄な空気に包まれた。


久しぶりに深呼吸をする。

肺の中の濁った空気を全部吐き出し、清らかな空気でいっぱいにした。


何が起こっているのか? 

気配を探る。


清らかなものが、こちらに近づいてくるのを感じる。

自分以外にも何人か、異質なものを感じて部屋の中の空気が変わった。


ノブを回す音がして、ドアが開くと。




リーーーーーン




澄んだベルの音が聞こえた。


そこから黄金の光が大きく波紋のように広がっていく。

見えない目に、そう映った。


ドアが開く前からそちらを向いていた身体は、真っ向から光を浴びて全身が黄金にひたされた。


心地いい……。 


心も身体も浄化されていく。

奴隷になって十年ほど、こんなに心が落ち着いたのは初めてだった。


うっとりと光にたゆたっていると、ベルと同じ澄んだ声が聞こえた。


「かまいません。彼にします」


この澄んだ声の主に買われた。




売買契約をすました新しい主に、腕をとられて歩き出す。

事前に断りがあったのに、手を触れられた時は身体に力が入ってしまった。

こんな緊張も初めてだった。


主は、目が見えない自分のために声をかけながら歩いてくれた。

ずっと聞いていたい、耳と心に優しい声だ。自分に組まれた腕は細く柔らかい。いい匂いがして、触れているところが温かった。


やがて宿屋について部屋に入り椅子に座らされた。


普通の客室に思える……。


自分を買うほどの金持ちの宿なら、もっと高級なところを想像していた。


それよりまさか、奴隷を主と同じ部屋に入れるなんて……?


こちらは奴隷だ。もとより主に背く事はない。黙って言われた通りに従う。


それから名乗り合った。

主自ら名乗る……。奴隷の名を聞く……。

今までにない事ばかりで戸惑う。

その理由はもう少し後でわかったけれど。




「ルーク。それでは目から癒しましょう。目を閉じて」


言われた意味はわからなかったけれど、言われた通りに目蓋を閉じた。


「少しだけ触れるわね」


手のひらが触れた。温かい。


「……いいわ。 目を開けて。見える?」


言われた通り、ゆっくり目蓋を開ける、と



―――――!!!!!



「あぁ……。見える。 見えます。 ……何故?」


最初に見えたものは、心配顔の美しい少女だった。

見えるようになった衝撃と相まって、独り言のような問いがおちる。


主は笑顔になって続けた。


「次は右手ね。 触れるわよ?」


主は自分の右肩から手首までそっとなでた。

ある一点で手を止める。 温かい……。


「……どうかしら。 思うように動かせる?」


言われる前からわかっていた。動きが悪くなっていた利き腕は動く。

それでも半年ぶりに動かすのだ。慎重に右手を動かした。


「動きます。 どうして……」


「私は祈りの力と思っているけど。 わかりやすくいうと治癒魔法みたいなものかしらね?」


「治癒魔法……。 そんな高価な魔法を?失明していた目を癒すほどの高位の魔法を……。 ありがとうございます」


これほどすごい治癒魔法は初めて見た。まるで奇跡だ。

畏怖にも近い、感動といっていいのかわからない興奮状態に、感謝を告げる声が震えてしまった。


言葉だけではとてもこの気持ちは伝えられない。

自分は跪くと、主のスカートの裾を持って口づけた。


「私の生涯の忠誠を誓います」

「ダメよ! やめて!」


主が自分の手を取って立たせる。奴隷の手を取る。

それ以前に奴隷に触れる。直接声をかける。

どれもこれも奴隷に対する扱いではなかった。あまりの事に、困惑する。


でもそんな困惑は、まだまだほんの始まりでしかなかった。

一番驚いたのは、何の見返りもなく、あっさりと自分を奴隷から解放した事だ。


いったいどういう事なのか。

混乱したまま、問われるままただ答えていく。


そして、これも今までなかった事だけれど、命令ではなく『お願い』をされた。

一つ目の口止めはわかる。わからないのは二つ目だ。


いや、護衛はわかる。そのための戦闘奴隷だから。

わからないのは護衛を依頼するという言葉だ。

自分を買った代金は護衛料の先払いと言われて、言葉は聞こえているのに理解ができなかった。

おかしい。自分は頭は悪くないと思っていたのだが……。


混乱は続く。

主は、さっきまで奴隷だった自分に対等を求めた。主の名前を呼び捨てにしろと言う。

おかしい。言っている事はわかるのに理解できない。頭が悪くないと思っていたのは勘違いだったのか……。


それでも、このめちゃくちゃな主と話しているうちに混乱は落ち着いてきて、目と利き腕を癒してくれた事、奴隷から解放してくれた事、何より人として扱ってくれた事に、感謝と、それ以上に何と名付けたらいいのかわからない気持ちしかなくなっていった。


自分は奴隷ではなくなったけれど、この美しい恩人に生涯の忠誠を誓おう。

この人が望むなら対等に接しよう。名前も呼ぼう。自分の命に代えても何からも守り抜こう。この人が幸せでいられるように自分の出来る限りを尽くそう。


「ルーク、これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


九つまでの厳しい修行も、その後の十年程の奴隷の日々も、補って余りある幸せな人生が始まった。




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