今世 3
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でのご来店でしょうか」
奴隷商館に入ると、高級な造りのロビーにスッと男性店員があらわれた。
仕立てのいい服を着ていて、言葉遣いも仕草も落ち着いている。
さすが町一番の奴隷商館ね。
「護衛用に強い奴隷を一人。性別はどちらでもかまいません」
「承りました。どうぞこちらに」
行く手を示されて、先に立って歩く店員の後に続く。
二階に上がって、ひとつのドアの前で店員が振り向いた。
「こちらが戦闘奴隷のいる部屋になります。強さをお求めでしたので、先に男からご案内いたします」
ドアを開けられて、どうぞと中に通される。
広い部屋の中には二十人くらいの、様々な年齢、見た目、種族の男性がいた。
「パエオーニアは戦のない国ですので数は多くはありませんが、強さは傭兵ギルドでAランク以上の保証つきです」
一階から二階に上がるわずかな時間でどう伝えられたのか、室内の男性たちはみんなこちらに向かって並んでいた。
圧がすごいわ……。
戦闘とつくだけあって、鍛え上げられた大柄な人が多い。
室内全体を見渡す。
ふっと、引かれるように目を向けた。
大柄な男性の中に埋もれるようにしている彼と、目が合う。
銀色にも見えるグレーの髪と、朝霧がかかったような神秘的な色合いの緑色の瞳。背はもちろん私より高いけれど、この圧のすごい中ではスラリとした肢体が親しみやすい。何より清々しい、深い森のような雰囲気に惹かれた。
何かを感じているという訳ではなかったと思う。
ただ、目が離せない。
そんな私に、ここまで案内してきた店員が控えめに声をかけてきた。
「そのものをお求めですか?でしたら先にお伝えする事があります。元はかなりの強者でしたが、前の主をかばって毒を受け、適切な処置をされず放置されたため後遺症で目が見えません。利き腕も使えません。それでもまだAランクほどの強さは保証されます……が、いかがされますか」
目が見えない?
でも目は、合っているわよ…… ね?
「かまいません。彼にします」
傷ついているなら癒せばいいもの。
私の即決に、店員は少し驚いたようだった。
一瞬の間。
けれどさすがプロ。すぐに営業スマイルで言葉を繋いだ。
「ありがとうございます。ではお手続きをいたします」
売買の手続きが終わって、彼に声をかける。
「さあ行きましょう。あなたの腕に手をかけてもいい?行き先は歩きながら伝えるわね。 ……行ける?」
「はい」
手をかけた時、わずかに彼の腕に力が入った。声はかけたけれど驚かせてしまったかしら。でもしかたないわよね。
目が見えないという彼と腕を組むようにして歩く。
道々段差があるとか、前から人が来るとか、次を右に曲がるとか小声で伝えながら十分ほどで宿屋に着いた。
「ここに座って」
部屋の中に入り、椅子をすすめる。
彼は、本当に目が見えないのかと疑う程動きがスムーズだった。
宿までの道のりも、ほとんど戸惑いもなく歩いていたし。
「あなた、目が見えないようには思えないわね。本当に見えないの?」
「はい」
「そう」
つい聞いてしまったけど、それなら癒すだけだわ。
でもその前に。
「まだ名のってなかったわね。私はジェニファー」
「ルークです」
見えない目を、真っ直ぐに私に向けてそう言った。
落ち着いた、心地いい声。
「ルーク。それでは目から癒しましょう。目蓋を閉じて」
ルークはまったく躊躇なく、言われるまま目蓋を閉じた。
「少しだけ触れるわね」
閉じた目蓋の上に手のひらを当てて、祈る。
「……いいわ。 目を開けて。見える?」
ルークはゆっくり目蓋を開けた。
そこには霧がかった神秘的な色はなくなっていて。
代わりに、清冽な森の緑があらわれた。
「あぁ……。見える。 見えます。 ……何故?」
よかった。私は笑顔になって続けた。
「次は右手ね。 触れるわよ?」
ルークはされるがままだった。
私はルークの右肩から手首まで、そっとなでる。
ここ。
気づいたところで手を止めて、祈る。
「……どうかしら。 思うように動かせる?」
目が見えるようになったルークは、今度はずっと私のする事を見ていた。
問われたルークは、手のひらを閉じたり開いたり、肩の高さまで上げたりと色々動かしている。
「動きます。 どうして……」
「私は祈りの力と思っているけど。わかりやすくいうと治癒魔法みたいなものかしらね?」
「治癒魔法……。 そんな高価な魔法を?失明していた目を癒すほどの高位の魔法を……。 ありがとうございます」
震える声でそう言って、ルークは跪くと、私のスカートの裾を持って口づけた。
「私の生涯の忠誠を誓います」
「ダメよ! やめて!」
私は慌ててルークの手を取って立たせる。
「もう一度座ってくれる? あなたの方が背が高いからやりづらいの」
何を?とも聞かずに、ルークは言われるまま椅子に座った。
「あなたに、二つお願いがあるの」
「なんなりと」
「一つは、私のこの力を他言しないでほしいの」
「けして他言しません」
「もう一つは……」
私は売買の手続きの時に目を通した、奴隷の扱い説明書を思い浮かべた。
ルークの隷属の首輪に指先を触れる。
奴隷が解放されるには方法が二つ。主が死ぬか、意思を持って解放するか。
後者の場合、首輪に触れて魔力を通しながら解放すると思えばいい。
シンプルなやり方だ。私はいつも通り祈った。
ゴトン。
継ぎ目の見えなかった首輪は二つに割れて床に落ちた。
それまで視線を下げていたルークが、驚いて私を見上げる。
「ずいぶん重い音がしたわね。スッキリしたでしょう? これでもう、あなたは奴隷じゃないわ」
私はニッコリして言った。
「はい。いえ、あの……。 あの……、どういう事でしょうか」
ふふふ。
混乱している様子が可愛くて微笑んでしまう。
「もう一つお願いする前に聞いていい? あなた、いつから奴隷になったの?」
立ったままでは話し辛いから、私はベッドに座って話を続けた。
護衛をさせるために奴隷を買ったのだけど、そういうのではなく、ルークと出会って願いができた。
その願いは、ルークの育った環境で難しくなる。
代々の奴隷と、元はそうでなかった者とでは、主に対する考え方が全く違う。
ルークが生まれた時からの奴隷なら、私の願いが叶うのはかなり時間がかかると思われる。
「九つの時からです」
「今はいくつ?」
「十九くらいかと。年を数える余裕のない日々でしたので、たぶんですが」
「十年……。長いわね」
「はい」
そう。それならば私の願いはそう時間をかけずに叶うかもしれない。
けれど、それとは別の問題ができたわね……。
「もう一つのお願いね、私の護衛をしてほしいの。小さな頃から、成人したら大陸中を旅してみたいと思っていたのよ。だけど女の一人旅は危ないでしょ?」
冒険者ギルドの受付のお姉さんに助言されて奴隷を買いに行った経緯を話す。
「でもね、あなたを見て気が変わったの。私、対等な立場で、あなたに護衛を依頼したいの」
ルークは一瞬言葉にならないようだったけど、すぐに慌てて言った。
「それはもちろん、護衛はします。ですが私はご主人様に買われた身です。対等などとんでもない事です」
「あ~、それやめて。ご主人様なんて呼ばないで?ジェニファーって呼んでね」
「すみませ」
「ジェニファー。お願い」
途中で遮ると、ルークは困って黙ってしまった。