間話 2.5
少々特殊な里に生まれた。
祖に銀狼の獣人がいたという。血は薄まり、目に見える獣化はないけれど、人にはない身体能力の高さに、確かに獣人の血は継がれていると感じられる。
里の者は生まれた瞬間から鍛えられる。生活すべてがとにかく修業だ。
足音を立てずに歩く事。気配を消す事。これができて初めて半人前と認められる。
里で生活していればだいたい十歳前後で半人前になれる。そうなってやっと、容易い仕事から任せてもらえるようになる。
一族の稼業は、一番わかりやすいものでいうと傭兵だろうか。
依頼を受けて護衛する。依頼主と敵対する者と戦う。暗殺なども請け負っているようだった。
どの国のどんな精鋭部隊、影や闇といわれるような者にも負ける事はない。依頼が失敗する事もない。それは一族の誇りで、子供たちの憧れだった。
かく言う自分もそんな子供のひとりだった。
同世代の子供の中で頭ひとつ抜き出ていた自分は、八歳の時には半人前と認められてその上の修行に入っていた。徐々に容易い仕事も任されるようになり、後から思えば驕っていたのだとわかる。
自分の経験不足をわからないまま、しくじった。
何年かに一人ほど、勇む半人前が失敗する。まさか自分がそれになるとは。
反省も後悔する間もなく奴隷に落とされた。
一族からの助けはない。
自分で始末をつけられない弱者はいらないのだ。
平和といわれている大国にも、当然闇の部分はある。
自分にはわからない、水面下での争いに主が負ければ、さっきまで敵対していた相手方が次の主になる。
奴隷契約を書き換えられて、けして裏切らない次の戦力にされる。
奴隷の命など剣一振りの価値もない。争いで勝てばただで手に入るし、負ければそれこそもう奴隷はいらない身になるからだ。
奴隷になって十年余り、自由も尊厳もない日々。当たり前だけれど、まあまあひどい地獄だった。
最後の主は無能な若い領主だった。
奴隷は主を選べない。無能な主のために戦うのは無駄だけれど、奴隷契約で身体は動く。
そして無謀な主を庇って負傷した。
剣には毒が塗ってあったらしい。
高熱を出し一週間ほど生死をさまよい、ようやく命を拾った時には失明していた。利き手も思うように動かなくなった。
無能な主を下した次の主は、使い物にならなくなった自分を奴隷商館に売った。いくらかにでもなればと、それくらいの価値しかなかった。
元々五感すべてを使って戦う一族だ。
右手が使えなければ左手を使えばいい。目が見えなくても、まだ耳も鼻も利く。
毎日の鍛錬は欠かさない。感覚も磨く。
そうやって強さを維持したけれど、目が見えない、利き手が使えないとなると客はつかない。
商館といっても、売り買いだけではなく貸し出しもある。戦闘奴隷は高額だから売買はめったにない。通常貸し出しになる。雇い主は、必要な時に必要な期間借り受ける。売値の十分の一ほどの貸出料でも客のない、明け透けに言えば稼ぎのない自分は、ただ飯食いのまま半年が過ぎた。
戦えない(と思われている)なら戦闘奴隷でなくていい。
幸か不幸か、見目の悪くない自分は性奴隷に移る事になるらしい。閨なら目が見えなくても手が不自由でも勤まるそうだ。
自由がなくても尊厳が踏みにじられていても、戦えていられればまだよかった。戦って勝つ。それが一族の誇りだ。
これから先の一生、誇りもなく、どうやって生きていけばいいというのだ。
大きな喪失感にのまれ、いつかという希望も絶たれて、息をするのも苦しかった……。