今世 1
私が前世を思い出したのは、五歳の時だった。
なんでここなのかしら……。
しかも五歳って……。
ここはエリックと初めて会った教会で、私はエリックと初めて会った五歳で……、何ともいえない、複雑な思いがする。
たしかに生まれ変わっても巡り逢いたいくらい大好きだった。
けれどそれはもう、すっかりすっきり綺麗さっぱり前世で解消した想いなのに。
生まれ変わって、こんなにエリック絡みの状況にちょっと戸惑ってしまった。
でもまぁ、戸惑う日々もそれほど続かず、せっかく生まれ変わったのだからと、死ぬ間際に思った目標に向かって生きようと決めた。
前世は前世。今世は今世よ!
前世を思い出した私は、見た目は五歳児、中身は十六歳の成人女性になった。
前世の記憶を思い出した事は誰にも話さない。言ったところで五歳児の戯言としか思われないでしょうし、それに、そんな人は前世も含めて今まで聞いた事がないもの。
前世で勉強した事も習った事も、家業の手伝いをして得た経験も、全部憶えていたのはとても嬉しかった。
小さい頃から厳しく学ばされていた事や、エリックのためにと努力した様々な勉強や習い事は、親しい友人を作る時間もないくらいにがんばっていたのだもの。
私、本当にエリックだけだったのね……。
元々お嬢様育ちの私の世界は狭かったけど。
今世では庶民に生まれたし、教会育ちの孤児だし、私を縛るものは何もない。
広い世界を見てみたい!
成人したら冒険者になって大陸中を旅してまわろうと決めた。
前世の記憶を思い出した私は、回復魔法とも治癒魔法とも呼ばれる力が身についている事にも気づいた。
死の直前に強く願ったからかしら?
これで活計に困る事はなくなったわね。
とは思うものの、どれほどのものか?
私は自分の力を少しずつ試していった。
試していて思ったのは、この力は魔法というより、祈りや思いに近いものだという事だった。
みんなが病気やケガがなく過ごせるように祈る。
すると教会内が清浄な空気で満たされて、今まで引いていた風邪や、お腹を壊すような事がなくなった。
ケガは不注意からする事はあったけど、さりげなく触れて祈れば、格段に早く癒えた。
私は、この力も言おうか言うまいか迷った。
きっと癒しの魔法と判断されるでしょ?
魔力持ちとなれば王立の学校に入らなければならない。前世と学ぶ内容は違っても、もう学校は行きたくなかった。
私は自由に世界を旅してみたいのよ!
私は私自身のため、自由のために、この力も内緒にしておこうと決めた。
そう思っていたけれど……。
こういう力は世のため人のために使うようにできているのか、十歳の時にあっけなく知られる事になる。
このロートゥス領のご領主様の末のお嬢様は生まれた時から病弱で、日々のほとんどをお屋敷の中で静かに過ごされている。
何故その事を知っているかというと、一年に一度、比較的体調の落ち着いている時期に教会においでになるからだ。
治癒魔法使いにかかり、高価な薬をのみ、神頼みをしても、儚げな小さな女の子に胸が痛んだ。
身分違いのためお嬢様の側による事はできなかったけれど、おいでになった時は少し離れた場所からいつも祈っていた。
そして、教会に来た後はしばらく調子がいいとの話しに、自己満足だけど安心していた。
私が十歳になるその年。
毎年春を過ぎ、夏の暑くなる少し前にご領主様ご一家はおいでになる。
その年も何日も前から念入りに掃除をし、当日の朝は私たち孤児も一番いい服を着てお迎えの準備をしていた。
ご領主ご一家が祈りの間、礼拝堂にはシスターと、何か用を言いつけられた時のために孤児が二人ほど控えている。今年は私の番だった。
ご一家が静かに祈りをささげている間、私もお嬢様の健康をお祈りする。
ふいに、礼拝堂内の空気が揺れた。
「マルティナ!」
声の方を慌てて見ると、お嬢様が床にうずくまっていて、奥様が名前を呼んでいる。
ご領主様もお嬢様の名前を呼びながら、オロオロと「リチャードを!」と繰り返している。
「ダニー、応接室のリチャードさんをお連れして!」
シスターが命じると、隣にいたダニーが弾かれたように礼拝堂を飛び出していった。
私も大急ぎで動く。
身分違いや、今後の事など考えている間はなかった。
こういう時に助けられなくて、どうしてこの力を持って生まれ直したっていうの!
「失礼します!」
お嬢様の隣に膝をついて、直にお嬢様に触れる。
「何をする!」という非難の声を無視して一心に祈った。
神様、神様!! お願いします! お嬢様を助けて下さい!!
お願い! 助かって!!
間もなくお嬢様の顔色が戻ってきた。
「ジェニファー、あなた……」
シスターの呟くような声にも答えず祈り続ける。
やっぱり直接触れて祈ると違うわ。
お嬢様の顔色は見る見るよくなっていき、呼吸もしっかりしたものになった。
「ご主人様! お嬢様!」
息を乱したリチャードさんが来た時には、お嬢様はすっかり落ち着いていた。
その後、意識を取り戻したお嬢様と奥様は先に帰られて、私は、ご領主様とシスターと共に応接室にいた。
「ジェニファー、いつから治癒魔法が使えるようになっていたの? いえ、その前に、いつその力に気がついたの?」
「気がついたのはしばらく前ですが……。治癒魔法とは違うように思います。私は祈っているだけなんです」
「祈っているだけ?」
それから、知られてしまったからには仕方ないと、私は推測も入れて今までにわかった事を話した。
私たちが病気やケガをしないように毎日祈っている事。教会内が清浄な空気で満たされて病気になる率が減った事。ケガの治りも早い事。
礼拝に訪れる人の病気やケガの回復を祈ると治りが早くなる事。軽いものなら即効性も見られる事。
その人を思って祈れば効果はあるけど、直接触れた方が効果が高い事。
魔法は学んでいないからわかりません。魔法を発動する方法が、この祈りと同じやり方ならば、やはりこれは魔法なのかもしれませんが。祈りは誰かのためを願う思いだと思います。と締めくくった。
言わないけれど、前世の死の間際、強く願った事を神様が授けてくれたのだと、私は思っている。
「そういえば何年も、私たちも子供たちも大きな病気もケガもなく過ごせているわね。これはそういう事だったの……」
「教会に来ると、しばらくマルティナの体調がよかったのも……、そういう事だったのか」
「証拠はありません。目に見えるものでもありませんし。でも、そうできていたらいいなと思います」
二人からはありがたいものを見るような目を向けられ、お礼を言われた。
初めて告白した事もあって、少し照れてしまった。
「それにしてもシスター。この子はまだずいぶんと小さく見えるけど、とてもしっかりしているね。教会の躾かな?」
「いえ、この子は特にしっかりしているのだと思います」
中身成人してますから。