今世 8
船の旅の次は、馬車の旅にした。
海沿いをずっと東に向かって、国の東の端まで行こうと思っている。
その東の端、隣国に接しているウィスタリア領主は、武力より外交力の高い知性派の辺境伯との話だった。
オルキス領主からの紹介状をもらっている。
駅馬車でゆっくりと旅を続ける。
停まった町が気に入ればそこで降りて気がすむまで滞在したり、一日ですぐに出発したり、自由気ままに楽しい日々を過ごす。
そんな馬車の旅もひと月程になり、ウィスタリア領までの道のりも半分ほどになった。
大国パエオーニアは広い。領から領へは、馬車で一週間程かかるのが常で、オルキスとウィスタリアの間にもいくつか領を挟むけれど、それにしてものんびりしすぎる道程だ。
本当に何の義務もしがらみもない開放感に、とても満足していた。
しばらく前から馬車がガタガタし始めたと思ったら、とうとうガタンと大きく揺れて停まってしまった。
馬車と一緒に乗客も大きく揺らされたけれど、私はルークに支えられて無事だった。
なかには床に投げ出される人や頭を打つ人もいたけど、被害はそれほど大きくはなかった。馬車の旅では、ありえる範ちゅうらしい。
御者の話では車輪の故障との事。
通常なら通過する村がちょうどすぐそばにあるので、修理の間そこで待ってほしいとの事だった。
見れば、歩いてそれほどでもない所に集落がある。長時間座りっぱなしの乗客には身体をほぐすのにちょうどいい距離ね。
みんな一緒にゾロゾロと歩いて村に行く。
御者が村長さんに話をしてくれて、そこで休憩させてもらう者、村の中を散策する者と別れた。
私たちは散策する事にする。
通常では立ち寄る事のなかった土地だもの、かえって楽しみが増えたようなものだわ。
それにしてもルークはいつでもどこでも、どんな些細な事からでも守ってくれている。
特別報酬を支払わなければならない程だ。
そこは小規模な静かな漁村だった。
村の道はどれも海に向かって下っているので、どこからでも海が見える。
海は太陽の光でキラキラしていた。
海辺の町で生まれ育ったせいか、どこで見ても海はいいわね……。
そんな事を思って海を眺めていると、ふいに腕を引かれた。
強くはなく、引かれた先ではきちんと受け止められる。
「ルーク?」
何かとルークを伺うと、歓声を上げた子供たちが目の前を駆け抜けて行った。
少し遅れた男の子が目の前で転ぶ。
「エイデンは走ると咳が出るから家にいろよー!」
子供たちは立ち止まらず走り去って行く。
転んだ男の子は転んだまま咳き込んだ。
「大丈夫?」
私は助け起こして…。
あら、この子。
私は背中をさすりながら素早く祈った。
祈りは効いて、男の子の咳は止まる。
「ひとりで大丈夫なのに!」
エイデンと呼ばれていたその子は強気にそう言い放った。
七~八歳くらいかしら?何でもひとりでできるといいたい年頃なのね。
でもね、少年。
「余計な事をしてしまったかしら」
わざと哀し気に言うと、エイデンは目に見えて狼狽えた。
「ううん!助かったけど……。 ありがと」
ふふふ。素直な子ね。
反抗期なのはわかるけど、お姉さんはきちんとお礼の言える大人になってほしいのよ♪
お姉さんというか、精神年齢はお母さんといえるかも……。
内心自虐でダメージを受けつつ、ニッコリ笑ってエイデンに向き合う。
「きちんとお礼が言えるなんて偉いわね」
エイデンは赤くなってアワアワと何か言いつつ、先に走り去った子供たちの方に走って行った。
立ち上がってルークを見る。
「ルーク、いつもありがとう」
遅ればせながら。
私はきちんとお礼が言える大人ですからね。
小さなトラブルはありつつ、旅は順調に進んでいって、とうとう東の果て、ウィスタリア領に着いた。
隣国と接しているこの地の領都は、城壁や領主館も見るからに堅固な造りで、館というより要塞といった方が合っているかもしれない。
町は、これはどこも変わりなくとても活気がある。
海辺より内陸にあるためか、港町の趣とは違っていてとても興味深い。
ウィスタリアのご領主へのご挨拶は明日にして、町についたらいつもそうするように散策しながら宿屋を探す。
着いたのが午後だったので、宿の確保をしたら夕食用の美味しそうなお店を探さなければならない。これもいつもの事。
内陸のお料理はどんな感じなのかしら?とっても楽しみ!
新しい町に着くとまず、宿代が高くても造りや主人がしっかりした宿をとる。
ルークの目と私の勘で、今まで外した事はない。
それからお互い荷物を部屋に置いたら、さっそく夕食の買い物客で賑わう街を散策する。
後ろを歩くルークを感じながら、数ある店を見て回る。
新しい町について、一番楽しい時間だ。
「夕食はどこがいいかしら?」
後ろを歩くルークに並んでそう問うと、ルークは周りを見渡しながら半歩前を歩き、何店舗かを候補に挙げた。
私はその中から今の気分に合った店を選ぶ。
ルークの選んだお店に外れはない。私たちはいつも通り美味しい料理を堪能した。
時刻はまだ早いので、もう少し街を散策できる。
これもまたいつものパターンだ。
どこの街でも、活気がある夕方から夜にかけては気分が高揚する。
これぞ旅の醍醐味だと位置づけている。
人が込み合う中、店々を冷やかしながら歩く。
不安はない。半歩後ろにルークがいるから。
時々並んで言葉を交わす。何でもない事が楽しい。
もう、暫くこういう生活を送っているけどまったく飽きる事はなく、新しい町につくたび新鮮で楽しい。
そんないつもと同じく始まった新しい地、ウィスタリア領で。
翌日、今までにない依頼を受けるとは、この時には思いもしなかった。




