君待ちし時、過ぎることの遅かりければ
「悪い、ミナミ!電車逃した!5分くらい遅れる!ほんとごめん!」
彼氏のタクからLINEがきた。5分くらい遅れる。ていうことは、タクは大体7時5分くらいに、この桜庭園駅に来るってことね。私、斎藤ミナミは右腕の腕時計に目をやると、1つため息をついていた。なぜなら今は6時35分。タクが来る時刻まではかなり時間がある。というか、本来の待ち合わせ時刻が7時ということを考えると、そもそも早く来すぎてる。でもそれはしょうがないと思う。だって今日は私とタクが付き合い始めてちょうど2年目の記念日。私だって普通の女子なんだから、そういう日は大事にしたいし、なにかしら進展があるんじゃないかとどきどきしてる。そのうえ待ち合わせ場所が、最近デートスポットとして人気な桜庭園の駅なんだから、期待しない女子はいないと思う。だから別に私が早く来すぎるのは普通のこと。そう、普通なのよ。
自分に言い聞かせるように、心の中で説明をしてもう一度腕時計を見る。秒針はまだ1周しかしていなかった。
待つ時間が長くても、スマホがあれば大抵すぐに時間は過ぎてく。音楽を聴くのもいいし、写真を見返すのもいい。なんならどっちも同時にしてもいい。私はイヤホンを取り出し、ラブソングを聞きながら写真を見返し始める。2年前の今日から始まっている、カップルという写真フォルダを開く。あの頃はまだお互いに探り探りで、記念すべき1枚目の写真はどこかぎこちない感じがしている。その写真に続く何枚かの写真は、やっぱりぎこちなく見えるけれど、ある時の写真からは、なんだかちゃんとしたカップルに見えるような気がする。ああ、この時から私たちはちゃんとしたカップルになったんだなぁ、となんとなく気づいた。タクに見せたら同じようなこと言ってくれるかな。少しくすぐったい思いと一緒に、1曲目のラブソングは終わっていった。
ラブソングが1曲終わったから、時間が経った気がして駅の改札を見てみたけど、タクはいない。当たり前だけどね。そんな淋しい私をよそに、別のカップルが駅で合流してるのが見える。とあるカップルの女の子は彼氏に対して少し怒ってるみたい。ラブソングを聞いてる私には声は聞こえないけど、きっと言ってることは私とタクみたいに普通のカップルの痴話げんかなんだろう。
付き合いはじめて少ししたころから、タクがデートの時間に遅刻するようになってきた。私がタクとの時間を大事にしたいからちゃんと時間を守って、と言ってもタクは、少し遅れるくらいいいじゃないか、といってあまり改善してくれなかった。初めての喧嘩の原因はこれだったと思い出した。どうやって仲直りしたかは覚えてないけど、初仲直り記念、という写真があるから仲直りは多分したんだろう。結局今でもタクの遅刻癖は直ってないけど、今はそんなに怒ったりはしない。きっと愛があるから受け入れてるんだな、と自分でも恥ずかしい結論を出したところで、喧嘩別れを悔いたラブソングが終わっていく。
2曲目のラブソングが終わり、腕時計を見ると6時47分。全然時間は経ってくれない。
ふと、駅の構内を過ぎ去っていく人の流れに目をやると、髪の毛がぼさぼさな男の人や、ファッションセンスを疑うような格好の女性が見えた。そんな人たちを見つけたからか、私は自分の見た目が気になりだした。服は1番気に入ってるものだし、メイクもナチュラルメイクを、ナチュラルとは言えないほどにばっちり決めてきた。午前中には美容院に行ってパーマをかけてきた。自分で言うのも恥ずかしいけど、今の私は、私史上で最上位にかわいいはず。でも、もっとかわいくなるのも全然問題ないはず。そうと決めたら更衣室で再チェックしなければ。私はイヤホンを外して更衣室へ向かった。
幸い更衣室はすいていたので、鏡の前にはすぐこれた。私は鏡の前で姿勢を正す。さっきまではこれ以上ないくらい完璧だと思っていたけど、いざ見直すと細かいところが気になりだしてしまう。服はおとなしめの青のロングワンピースに白のカーディガン。うん、問題ない。前にデートで着て行ったらタクもかわいいと言ってくれた。でも少しほこりがついてるように見えるかな。ブラッシングでほこりを取っていると、ふと鏡の中の私の髪が少し乱れているのに気づいた。駅に来るまでに風にあおられて乱れたのかな。携帯ヘアブラシで直していると、今度は爪が気になり始めてしまう。私は付け爪やマニキュアをしない、ナチュラルネイル派。だからこそ、爪の手入れが疎かになってしまうとすぐに見た目に出てしまう。爪をやすりで整えていると、腕時計の文字盤が6時55分のあたりを指しているのが見えた。タクが来るのは7時5分ごろだと頭ではわかっているけど、なんだか早く会いたくて、もう駅にいるような気がして、私は少し慌てて更衣室を出て行った。
6時56分。
7時の約束に、5分くらい遅れるとLINEしてきた人がいるはずはない。それでも私にとってはなんにも問題ない。最近はこういう待ってるだけの時間もそんなに嫌じゃなくなっていた。大事な人を待ち焦がれてやっと会えたら、なんだかうれしさが倍増する気がするから。だから、待ってる時間は苦じゃない。
6時57分。
6時58分。
6時59分。
うん。嘘だ。待ってる時間はやっぱり辛い。この3分だって、普段カップラーメンを作る3分間とは全く違う。早く会えるのなら早く会いたい。
6時59分37秒。
でも、こういう早く会いたいという気持ちがあるから、実際に会ったらすごく幸せなんだというのは間違いじゃない気がする。
7時00分29秒。
タクが来るまで5分を切った。もうすぐ会えるのに、いや、もうすぐ会えるから、この待つ時間の経ち方を遅く感じてしまう。
7時01分18秒。
腕時計と駅の改札を、交互に何度も見てしまう。そのどちらを見ても、望んだ結果にはなっていないので、見るたびにがっかりしてしまう。
7時02分06秒。
3分を切った。秒針が1秒ごとに動いてるような気がしない。早く。動いて。
7時02分57秒。
駅の電光掲示板が、おそらくタクが乗ってくるであろう電車が、もう間もなくホームに着くということを示している。あとちょっと。そのちょっとがすごく長いんだけど。
7時03分41秒。
本当にもうすぐだ。もう私の目は駅の改札にくぎ付けだ。
電車が来たのだろう。ホームから降りてくる階段に人が見え始める。私は注視していたけど、あっという間に人の波が押し寄せてごった返す。人が多すぎて目当ての人がいるかどうかわからない。その波は改札を抜け、駅の外へと流れ出ていく。駅で待ち合わせをしているのだから、彼は人がはけた後も駅構内にいるはず。私は最後の我慢と思って、人が少なくなるのを待った。
タクが見当たらない。駅構内を何度も見回したけど、やっぱり見つからない。考えないようにしていたけど、さっきの電車には乗ってなかったんだ。また、待たなきゃいけないのか。うん。仕方ない。待とう。私は柱に寄りかかって、また腕時計とのにらめっこを始めた。
その時、タクの声がした。
「ミナミ。」
「え?」
顔を上げるとタクがいた。
「ごめん。トイレ行ってた。」
やっぱり、待つのは辛いけど、その分会えた時、すっごい嬉しい。多分私は今、1番幸せな顔をしてると思う。
「ごめん、ミナミ。待った?」
「うん。すっごく、“待った”。」