水沢すみれ
—真っ白い空間の中に僕はいる。ゆったりと時間が流れていて絶頂にも近い気持ちでいる。刹那、それは崩壊する。白い破片を必死で避けていると人が現れていることに気づく。顔が見えないが女子だというのはわかる。
「なんで……こんなことを‼︎」
人の声とは思えない怒号が迫ってくる。怒号は僕の全身を切りつける。
断末魔の叫びを上げる僕をさらにえぐり、苦しみに喘いで—
僕は覚醒した。時計に目をやると六時半だった。すみれとの約束もある僕は一階に降りる。パソコンの前では栞が眼鏡をかけたまま小さな寝息をたてて眠っていた。僕は栞にタオルケットをかけておいた。
バスルームに行ってシャワーをだす。水が今日の悪夢を洗い流してくれることを祈りながら。
体をを拭いていると栞が起きていた。
「あぁ、麗也くんおはよ。」
眠そうに呟いた。
「まだ寝てなよ、遅くまでやってたんでしょ。」
返事はなかった。
キッチンタイマーを三十分にセットして栞のそばに置いといた。
身支度をしてから自転車に跨る。八時半に駅に集合だったのでゆっくりとペダルを漕いだ。
比較的今日は暖かく空気が優しく僕を包んだ。胸の辺りはいつのまにか軽く、乾いていた。
駅に着くとすみれはすでにいた。いかにも高校生という私服のすみれはなかなか可愛かった。
「おはよー、思ったより早かったね。」
「すみれが早すぎるんだよ」
「まぁね、こっちから誘ったのに遅れるのは嫌だから。」
公園に来た幼稚園生みたいな表情で答えた。
「早くぅーキップ買わないと!」
はしゃぐすみれを追いかけて僕もキップを買う。財布にいるペンギンはぼんやりと僕を見てニヤッと笑った。
改札を通ると体育の授業さながら首を動かして辺りを見渡していた。
こいつ、電車に慣れてないな。
そう思うと余計に可愛かった。
「麗也くんはよく電車乗るの?」
駅のホームに降りる階段で聞いてきた。
「いや、そんなに乗らないよ、最後に乗ったのは美伶と遊びに行った時だったから、一ヶ月ぶりかな。」
「いいなぁ、なんか電車って憧れない?これってやっぱり田舎民の発想かな?」
「うん、田舎民の発想だよ。」
返答に困った僕はとりあえず肯定した。同時に電車もホームに嫌な音をたてながら滑り込んできた。
電車にはボックスシートしかなく、向かい合わせで座る
「それにしても女子で『流川あすみ』が好きな人がいるなんて思わなかったよ。」
「そっくりそのまま返すけど男子で『流川あすみ』好きな人なんて会ったことないよ。」
「それでよく、僕に聞いたな。」
「先入観は捨てたほうがいいんだよ。」
「それ、『不気味な夕日』のやつだよな。あんまりかっこよくないやつ。なんでそんなマイナーなやつネタにすんだよ。」
「そうやって突っ込んでくる人初めてだよ。」
嬉しそうに笑う幼稚園生を見ていると、同時にまたあの、ねちゃねちゃしたものが僕の胸に沸いた。けれどそれは前のとは違って僕の胸を縛り上げた。考え用によってはこっちの方がたちが悪い。ただ、すみれから目を逸らすと幾分か楽になった。