神田麗華2
「これを入れておけば大丈夫って言ってたけど、まさか本当に来るとはね。」
麗華がクスクスと笑いながら言っていると注文したロイヤルミルクティーとコーヒーが運ばれてきた。麗華はロイヤルミルクティーを一口飲んで恍惚にも似た表情をした。対して僕はコーヒーの酸味だけが口に残って顔を歪ませていた。
「やっとあなたの質問に答えるけど、私はあなたを憎んでいるの。」
満面の笑みで彼女はそう言った。
「どうして僕が憎まれないといけないのかな?僕、君に何かした覚えはないんだけど。」
「何もしてないわ。」
即答だった。
「じゃあどうして僕を恨むの?」
「海道愛菜」
僕は息を呑んだ。
「知ってるよね。忘れたとは言わせないよ。」
忘れるわけがない。だって……
「あなたの初体験の人だもんね。」
急に身を縮こませたくなる衝動に襲われる。憤りとか驚きとかそんな感情を通り越して押し潰されるような感情に支配された。
「どうしたの、そんなに震えて。かわいいところもあるじゃん。」
「それをどうやって知った?」
震える声でそう言った。
「それは言えないわ。」
表情を全く変えずに、それでいて声色だけ変えて呟くように言った。その言葉は僕の体を深くえぐりバラバラにした。
「愛菜からいろいろ聞いたよ。はっきり言って麗也くんサイテーだね。ひどいこといっぱいしたんだね。」
返す言葉がなかった。
「私はね、それなりに友達がいるから一斉に広められるんだよ。」
彼女の顔は今も変わっていないのに僕には顔として認識できなくなっていた。
「……僕は何をすれば良い?」
猛獣に懇願する草食動物の僕はなんとか口を動かせた。
「情けないねぇーいつもは女子のこと見下しているくせに、さっきの喋りかただって本当にムカつく。」
「僕はどうすればいいの?」
「そうやってね……まぁ良いわ、私はね、あなたとお付き合いがしたいのよ。」
理解ができなかった。項垂れると冷めたコーヒーの中に自分が吸い込まれるようで僕は勢いよくコーヒーを飲み干した。
いつもとは違って見える道をなんとか家に帰る。
麗華は月曜日の放課後に待ってるから、といって伝票遠持って行ってしまった。
家のドアの鍵穴に鍵を入れて回すと空回りした。そのままドアを押すとカチャリとドアが開いた。家には栞がいた。
「麗也くん、おかえりー。」
いつも変わらない声のはずなのに何かが混じっているような声が僕を迎える。
リビングに行くと栞はキーボードを叩いていた。
「何してるの?」
「明日、急に一限から授業があるって言われてレポートを書いてるの。」
目を合わせず答えた。
そこからは言葉を交わせられなかった。僕の胸のあたりにはコーヒーよりも黒いねちゃねちゃしたものが僕の体を這って全身を弄られたからだった。寸前のところで僕は堪えて二階に駆け上がった。部屋に入ってベッドに倒れ込んで何もせずにそのまま眠った。