榊麗也2
しばらくすると注文したケーキが運ばれてきた。
スポンジとチョコがミルフィーユみたいに重なっていてこれで300円は妥当だと思えた。フォークを持ってケーキを切るとパリッパリッとここちよくチョコが割れる音がする。口に入れるとカカオが全くないチョコの甘さが広がって幸せで満たされる。そこに無垢で甘さがないコーヒーを流し込む。不純と無垢の戦いの末、制したものがより僕を幸せにしてくれる。これを楽しめるかどうかが子供と大人の差だとつくづく思う。
さっきの美伶の言葉を思い出す。
「悪いのは私なの。」
「でもだんだん違う感情が芽生えてきたの。」
「……が……で……優しかったの。」
自分を何かのヒロインと勘違いしている奴ほど滑稽なことははない。お世辞にも僕の演技は上手いとは言えない。中学の学園祭ではルックスだけで主役に選ばれたが、あまりの大根役者ぶりに主役を下ろされてしまった。
そんな僕を見抜けないほど美伶は自分のことしか頭にないのだ。幸せな人。偽物だらけの美味しいとこにしか目がない。そんな奴は一生子供のままだ。テニス部の先輩のこともそうだ。残念ながら僕はあいつのことを知っている。あいつの名前は翔。翔は誰かの彼女と取ることしかできない、美味しいものすらわからない馬鹿な奴。美伶は満面の笑みで先輩のことを話していたけど何日持つか。想像するだけで笑いがこみ上げてくる。美伶が奴に好かれたのも僕のおかげなんだ。まったく、僕と言う人間は……
チリリンと音が鳴った。
また新しい客が来たらしい。
時計を見るとここに来てから40分も経っていた。僕はさっさとケーキとコーヒーを平らげて店から出て行った。外は来た時よりも寒くなっていた。
家に着いたのは店を出て20分程経ってからたった。あのカフェは家と反対方向だったから余計に時間がかかってしまった。
「ただいま。」
ドアを開けるとドタドタと階段を下る音がした。
「麗也くんおかえり。遅かったね。」
姉の栞が読んでいた本を閉じて迎えてくれた。
「お母さん、今日は帰ってこれないって。」
「まじか、じゃー夜飯はカップラーメンかな。」
「いや、私が作るわ」
「おっ、久々だね。楽しみにしてるよ。」
「何か食べたいものはある?というか言ってくれた方が作りやすいんだけどなあ。」
「うーんと、久々だから栞の卵焼き食べたい。」
はにかみながらそう言うと
「わかった。」
姉は嬉しそうにくしゃっと笑ってまた本を開いた。
階段をドタドタと上がって自分の部屋に入ると机の近くにリュックを置いて若干の疑念を抱きつつもベットに横になる。
僕の家族は母、姉、父の4人暮らしである。両親は共働きで父に至ってはアメリカで働いているが何をしているのかはよくわからない。姉は大学生で看護師を目指している。料理もうまいしなかなかの美人だから誰かと付き合っていてもおかしくないのに、今のところそんなそぶりはない。
天井を見つめながらあのカフェでの出来事を思い出す。今頃美伶は翔といいことでもしてるんじゃないかな。それも全て俺のおかげだ。美伶が翔と楽しく笑っている姿を想像すると自然と笑みが溢れていた。