榊麗也3
「階段で躓いて怪我するなんて一年に一回あるかないかくらいのことだよ。」
保健室の村上先生は僕の額に大きなカットバンみたいなものを貼り付けながら言った。
「いい顔が台無しじゃないか,もったいない。ぼーっとしてるんじゃないよ!」
そう言って僕を解放してくれた。
教室に入るとすでに一時限目が始まっていた。
「おぉ、麗也か。怪我は大丈夫か?」
「大丈夫です。」
日本史の棚田先生はあまり好きになれなくて適当な返事をした。
席に座るといつも隣にいるすみれがいないことに気がついた。
昨日はあんなに元気だったのに。
日本史の授業が終わった後,僕は拓也にすみれの事を聞いた。
「あぁすみれか、あいつは休みだよ。インフルエンザだってさ……てか、お前こそ大丈夫かよ?」
「僕は大丈夫だよ。ただ、すみれが休みなんて珍しいからさ。」
「まぁ確かにな、でもあいつも人間なんだからさ、体調ぐらい崩すだろ。」
それもそうだと思った。しかし、一度浮かんだ疑問は消えない。
僕は昨日、すみれとキスをした。かなり長いキスを。それでも僕は体調に変化はない。
もちろんうつらなかっただけとも考えられる。それでも—僕の懸念は消えそうになかった。
午前の授業が終わって、昼休みになると邪魔が入ると知りながら僕はまた購買に行った。。
購買に着くと、今日はメロンパンは売り切れていた。なんだか狐につままれた気がして二宮金次郎さながら突っ立ていた。
そんな時、あの女が話しかけてきた。
「こんにちは麗也くん」
一瞬、誰かわからなかった。しかしあの日のことを体ではしっかり覚えていたらしく、おやすみ僕は憎たらしい声を聞いて思い出した。
「麗華か、」
「覚えてくれてどうもありがとう」
覚えたくなかったけどな。
「どう、私の言うことは聞いてくれるの?」
「そんなことあったけ?」
本当に覚えてなかった。
「忘れるなんてひどいなぁ、私だって緊張したんだよ。」
麗華の猫撫で声が脳内でこだまして記憶の引き出しをこじ開ける。思い出した。
「本心で言うと嫌だよ、でもそうしないと噂を流すんだろ?」
「えぇそうよ。」
「じゃあいいよ。」
「あら,被害者面するのね。自分で撒いた種なのに……まぁいいわ。今日、一緒に『しゃす』にいきましょう。」
「あぁ、わかった。」
「ではささやかなお祝いとしてこれを。」
そう言って麗華はメロンパンを僕にくれた。
やっとメロンパンが食べられる。それなのに何か物足りない気がする。食べたかったはずのメロンパンは僕の目には酷くつまらないものに見えた。
いつもより遅く階段を登って教室に戻った後、教室の前で芽衣が僕のことを待っていた。
「ちょっとあんた。麗華に何かしたの?」
何もしてない、というか僕がされた方だ。
「何もしてないよ。」
「じゃあ、なんで麗華が笑っているの?」
「どういうこと?」
頭の中がハテナでいっぱいになった。
「だから、麗華が笑っているのよ。気持ち悪いくらいに。」
「なるほど、普段は笑わない人間が笑っているのは気持ち悪いな。」
「いや、そうじゃなくて、その……」
急にお茶を濁した。
いまいち話が読めない。まぁ芽衣の説明が下手なせいだろう。
「……その、だから、ええっと……」
言葉が出てこないのか、ずっと足踏みをしている。
「早くしてくれよ。僕だって腹が減っているんだ」
「……なんか、変な顔してるの」
余計に混乱してきた。わかったことと言えば芽衣と話していても意味がないということぐらいだった。
「あぁ、なんとなくわかった。でも、僕は麗華に何もしていない。それは事実だ。」
そう言ってさっさと教室に入った。




