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甘苦  作者: 上坂ふらり
10/22

水沢すみれ3

ふと、僕の脳裏に美伶の言葉がよぎった。

『麗也ってさ、いつもそんな感じなの?いや、なんか達観してるっていうか……こだわりがない感じなんだよね。はっきりいうと求められてないって感じがして……。』

 別にこだわりがないわけじゃないんだけどな……

「あっ」

 親を見つけた幼稚園生の声が僕の耳に届いた。

「神無月弥生先生の新刊だ!」

 声の正体はすみれだった。

 ぴょこぴょこしながら売り場に行って輝いた目で見ていた。

「神無月弥生かぁ、知らないなぁ。」 

 しゃがみこんで見ているすみれのそばに寄って表紙を覗き込だ。

「麗也くん知らないの?」

「うん、知らない。最近は漫画ばっかり読んでたからな。」

「だったら絶対読んで。おもしろいから。」

 上目遣いをしながらそう言う。

 よかった。機嫌が治ったみたい。


 —そうなの、それでね—


 聞き覚えのある声がした。

「でね、最後にお父さんが……ちょっと、聴いてるの?」

 突如、下からすみれの声が昇ってきて驚いた。

「麗也くんさぁ心ここにあらずみたいになってるけど大丈夫?」

「あぁ‥‥うん。」 

「今日どうかしたの?なんか、いつもの麗也くんと違よ。」

 僕としてはすみれの方がいつもと違う気がするんだけど。 

「そうかな、いつも通りだと思うけど。」

 そう言った直後のことだった。一人の女性が本棚の間から出てきた。見覚えがあった。茶色っぽいニットのワンピースを着ている女性だった。

「あれって、麗也くんのお姉さんじゃない?」

 言われてから気がついた。いや、気付いてはいた。ただ認めたくなかっただけだった。

 いや、そんなはずはない

 そんなふうに僕はかぶりを振る。しかしそこには紛れもない事実がそこにあった。知らない男と栞が一緒に歩いていると言う事実が。

「やっぱり綺麗な人だよね、栞さん。となりにいるのって彼氏さんかなぁ?」

 すみれ声が一枚壁を隔てて聞こえた。同時に謎の敗北感が僕を蝕んだ。それに一矢報いたくとも、ぼくはわなわなと震えているだけだった。

「麗也くん……?」

 そばにいたすみれの優しい声が胸に響く,余計に辛くなる。

「……大……丈夫」

 頭を押さえる。どうしてこんな感情を抱いているのかわからなかった。姉が誰かと付き合っていたとしても何もおかしくない。自分でもわかっていた。それなのに僕の上には,悔恨,敗北,無力,そんな言葉がのしかかってくる。

「熱でもあるんじゃない?」

 そう言ってすみれは電車に乗っていた時にくれた水を差し出してきた。

「ありがとう」

 飲むと少し落ち着いた。もう一度ありがとうと言って返した。 

「麗也くん,どうしたの,なんか悩み事あるの?」

 そりゃあないわけじゃないけど。

 少し渋った後打ち明けることにした。

「実は,最近誰かにつけまわされている気がするんだ。」

「それってストーカー?」 

「いや,そんな大層な物じゃないと思うけど。」

「いやいや,ストーカーに大層もささやかもないでしょう。」

「別に,何かされたわけでもないしさぁ。」

「まぁ麗也くんが良いならいいけど。」

「ありがとう,話聞いてくれて。ちょっと楽になったよ。」

「どういたしましてー」

 僕たちは本屋を出た。歩くと自然と歩幅があってきて安心した。

「これからどうする?」 

 僕が尋ねた。

「ちょっとやりたいことあるんだけどいいかなぁ。」

「いいけど,どこにいくの?」 

「内緒。」

 そう言ってすみれは僕より一歩前に出る。

「じゃーついてきて。」

 言われるがままにすみれについていくと,そこはゲームセンターだった。


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