100本組み手
突然の提案だったけれど、興味は有る。領主たる父の強さに。
「ええっと、父上様?と戦うというと、仮想現実側でですか。」
一応確認しておく。
・・・そうでないと、痛い思いをしそうだし。
「その通り。簡単に説明しておくと、アイビーネ家は始祖より引き継いでいる使命があってね。当主の権限と共に、伝承されてきた力があるんだ。」
何それかっこいい。そういうの、大歓迎だけど、当主にならないと貰えないのかあ。
「その力を有するにあたり、まずはその特徴を理解しておかねばならい。そうでなければ、使いこなせい種類の力だ。」
それで、これから体に叩き込むってわけか。
「父上様と戦うことで、その力を実感させていただくのですね。」
「その通り。まず言っておくと、領主権限は使わないよ。地の魔力での勝負になるね。」
おや、それなら結構勝ち目がありそうな。いや、そういう時は何か仕掛けがありそうだ。
・・・なんだろうな。経験の乏しいこの身だと、想像ができない。
「トーヤは規格外だからね、まともに戦った場合は、君が勝っておかしくない。が、まあ確実に私が100やって100勝つ。そういう性質の力だ。」
ちょっとカチンと来る。いくらなんでも完封宣言は無いだろう、これでも少しは訓練したんだ。
・・・まあ、本当に少しだけど。
「今はまだ、詳細は明かせないが、先に言っておくよ。私に負けたからと言って、落ち込む必要はないからね。・・・さあ、強化を掛けなさい。」
先に慰められた・・・せめて一矢報いよう。
『チル、強化一式頼む。』
『わかった!それと、戦闘モードに入るね!』
チルの羽根が赤く染まっていく。
『思考加速、伝達系強化、神経系保護、反応速度強化、筋繊維保護。』
魔導刃を構え、父の姿を凝視。
さて、どう来る・・・?直立したまま動かない。こちらの強化が完了するのを待っている?
「準備は出来たようだね、それでは行くよ。」
父が消えた。
浮遊感。
視界がぐるぐると回転する。何を食らった!?
「もう少し、良く見ることだね。」
回る視界のすみに、首のない胴体を見つける。
ああ、俺の体か・・・
「次に行くとしよう。」
視界がもとに戻る。体に首が戻ったようだ。
・・・魔導刃で首を飛ばされた?思考が加速する。周囲の時間が遅れる。
「それでは行くよ。」
父の重心が、僅かに俺の右手側に傾いた。右からくる!魔導刃をの出力を上げて盾にしつつ、その先に防壁を・・・
俺の目の前に、左手側から刃が伸びる。
「一回目で捉えるとは、素晴らしいね。でも、それではまだ足りない。」
フェイント・・・だった・・・?
「次に行くとしよう。」
『足に魔力を集中し、方向転換している可能性を示唆。魔力反応をMAPに表記して宜しいですか。』
『頼む』
重心が左に傾き、消える。魔力痕跡は右手側に回る道筋を指している。
今度こそ!魔導刃で右を薙ぐ。上下に防御隔壁を展開。これなら・・・!
「本当に、素晴らしいね。1を教えて10を学び取っている。」
視界がずり落ちる。左手側から胴体を切られた。
・・・嘘だろ?魔力反応は右手に回っていたはず・・・
それから、幾度となくそれを繰り返す。
動作した先を追うと、魔力の痕跡がした方から。魔力の痕跡を追うと、動作した先から。
首を、胴を、頭を、いずれかの致命となる部位を両断された。
両側に防壁を展開すると、今度は正面から隙間を突かれる。
・・・これで、領主権限未使用・・・嘘だろ?
「一応補足しておきますガ。領主権限の利用を検知したら、私がトーヤ様に密告しまス。まア、それでなくともチルが気づくでしょうガ。」
・・・心を読まれたんだろうか。いや、俺の表情がわかり易すぎたか。
『トーヤ様。現在ハーキル様はご自身の魔力だけで戦っています。・・・ただ、原理が不明です。未来予知、過去改変、分身。それぞれの可能性を検討しましたが、それほど強大な魔法が施行された痕跡が有りません。それらの可能性は0%です。』
『チルもお手上げか。・・・行動の前にほんの一瞬、目のあたりに魔力が溜まっているんだ。あれが何かの発露じゃないかって疑っているんだけど。』
『類似事例なし。ただの視覚の強化だと推察しています。』
そうか、結局何の手がかりも得られていない、か。
「次に行くとしよう。」
これまでの事から、推測するに、要はこれ後出しジャンケンできる力なんじゃないか。
父のアクションに対して、俺が反応してしまうと、その逆を突かれる。
なら、こちらから仕掛け・・・
「着眼点は良いのだけれど、速さで劣っていてはそれも有効では無いね。」
浮遊感。
今日何度目だったか、首が飛ぶ。
・・・なんだこのでたらめな人は。
「次に行くとしよう。」
後出しジャンケンなら、こちらから反応した風を装って、その上で逆を突くか。
まずは目線で・・・
そうやって、試行錯誤を重ねたが、どれだけ斬られても、反撃はおろか、防御すら一度も成功しなかった。
「これで100回。終了だ、お疲れ様。・・・既に近接戦闘だけなら、リンドより上の能力を持っているね。素晴らしいよトーヤ。」
なぜ、褒められているんだろうか。一度も防げなかったのに。
「・・・反撃どころか、防御も出来ませんでしたけどね。」
「だが、私の動きについてきていた。帝国でもそういないよ、それほど動ける存在は。自分の能力と魔力を信じなさい。」
・・・そう言われてもなあ。
「あア、トーヤ様。本当にお気になさることは有りませんヨ。」
コームが慰めてくれている?・・・少し意外だ。なにか企んでいるんだろうか。
だが、そんな疑念も、次に発された言葉の衝撃で吹き飛んだ。
「ハーキル様は、帝国で最強の領主ですかラ。」