双子と悪魔
先程まで穏やかだったトーヤが、既に見る影もなくなったハーキルに向けて火球を放っている。
・・・怒りに忘我している。とめなければ不味い。
わかっているのに、体が動かない。
妹も俺も、ただその光景を呆然と眺める事しか出来ない。
領主と戦闘ができる、というだけで理解不能だった。
リンドの力を目の当たりにして・・・恐怖でロクに動けなかった。
どんな魔法かわからないが、斬撃の際に見せた跳躍を使えば、回避もできたはずなのに。
それをせず、俺達を庇って重症を負い、妖精を失ったにもかかわらず、敵を、領主級の敵を圧倒している。
俺達では到達し得ない化け物を圧倒する魔法と、それを出力した魔道具。
酷く異質な魔法を使って強化、いや、あれは違う、もっと悍ましい事象だ。
変化させた指輪から放たれた魔法に、すくみ上がってしまった俺に出来るのは、残酷な光景をただただ見続けるだけ。
先程まで最大の脅威だった人間が、より強い脅威に燃やされていく。
肉が焦げ落ち、骨が見え、その骨すらも焼き、どうしてそこまで・・・
・・・まて、これは残虐性から行っているものではないんじゃないか。
無表情に撃ち続けているトーヤの精神が、壊れかけているのではないか。
・・・止めなければ。自然と体が動く。
尋常ではない威力の火球を放ち続けていたトーヤは、既に枯渇寸前だったようだ。
放たれた火球は俺の光弾で容易に弾け、それに気づいたトーヤの手がとまる。
その頬に一筋の光が見える。・・・泣いている。
自分の無力さ、無思慮さが憎い。何故もっと早く気づいてやれなかった・・・!
宿主からの魔力供給が解け、自分を維持できなくなった空間が割れ、食べかけのギュードンの香りが漂ってくる。酷く齟齬のある光景だ。
トーヤの指にある発動体だったものが割れ、そこから炎を吹き出した。
一体何に変わっていたんだ、あれは・・・
いや、ぼさっとしている暇はない、少しでも治療をしないと。
「レア!火を消せ!俺は肉体を強化する!」
「は・・・ぃ!」
声にならない声をあげレアが駆け出す、せめて俺だけでも冷静にならねば。
肉体の強化を行い、治療に掛けるまでの時間稼ぎをしないと。
ああ、妹はやはり冷静じゃない、水を生成して消すよりは酸素を消したほうが。
いや、なんにせよ火は消えた、今はそれでいい。
ちょっとした切り傷程度なら治癒したことがあるが、これはどうしたらいいんだ。
消し飛ばされた左腕と、焼けただれた右腕。それぞれ治癒の工程が異なるだろう。
だめだ、手持ちで出来るのは表層を治癒する程度だ。とにかくやろう。
二人で治癒をかけていると、トーヤの体から再び尋常ではない魔力を感じ、治癒が遮断される。
何が起きた・・・?無機物にむかって治癒を施したような感覚だったが。
「これは・・・治癒がとどかない・・・?」
妹も同じ感覚だったようで、二人で再度治癒を使うが、変化がない。
干渉を受け付けなくなった・・・?
触れようとしてみるが、薄い膜があるように触れない。
何かに阻まれている感じはしないのだが、そこから先に進めない。
「時が止まっているのですヨ。」
突如、背後に聞き覚えのある声がした。家令だったか。
そう思い振り返ると、そこには化け物がいた。
あげそうになった悲鳴を飲み込む。
「ヒッ・・・」
・・・妹は飲み込みきれなかったようだ。
角が大きく突き出し、羽根は禍々しい黒い輝きを放っていて如何にも恐ろしい存在に見えるから仕方ないか。
俺が悲鳴をあげずにすんだのは、表情から焦燥を感じ取ったからだ。
コイツも、トーヤを心配して駆けつけたのだと、理解した。
近くに落ちていた、腕輪を拾い、先程まで人間だった黒い炭を憎々しげに見つめる。
「お労しヤ、トーヤ様。このような下衆にこれ程苦しめられテ。」
そう言うと、黒い炭が消えた。魔力の発動は感じ取ったが、何をしたのかわからない。
敵対者の消失を確認したからか、表情を落ち着かせ、角が元に戻る。
黒い輝きも、羽根ごと消えていった。
「治癒を施していたのですネ、よくやりましタ。いずれ二人には褒美を与えましょウ。」
「いらないから、トーヤを治療してやってくれ。」
「チル様も消えてしまったのです!助けてくださいませんか!」
悪魔は片眉をあげ、言いよどむ。
・・・トーヤ呼びは馴れ馴れしすぎたか?
「ふム、この短期間で何ガ・・・まあ良いでしょウ。チルは無事ですヨ。腕輪が外れた事で機能停止したのでしょウ。」
「チル様はご無事なのですね・・・よかった・・・」
「でも、トーヤは?」
「トーヤ様でしたら、今すぐに治療する必要はありませン。今のトーヤ様の時は流れていませんかラ。領地に戻ったら即座に培養器にはいっていただきましょウ。」
そうだ、突然現れた事に驚いて思考がまわっていなかった。
時を止められるのか、こいつは・・・創世神話に出てくる大精霊クラスの御業じゃないか、そんなの。
・・・好奇心は有るが、軽々に聞けない。精霊にとっての権能は、自己の根源だという。
自分の本質を、気軽に口に出したい存在はそういないだろう。
今はそんなことより、言うべきことが有る。
「わかった、正直助かった、感謝する。俺達だけでは救えなかったと思う。」
「ありがとう・・・ございます・・・」
安堵したのだろう、泣き出してしまった。
・・・トーヤを真似て、頭をなでてやる。
「・・・本当に何ガ。」と呟いたコームの顔が、突然半分程変質する。茶色で、複雑に曲がる縦線。
・・・これって樹木を削った物じゃないのか。資料でみたことがあった木像とにている。
この状態はなんらかの権能の発露だろうか。
元々恐ろしい存在だったのに、一部が変質するとさらに不気味だ。
どう反応すれば良いのか悩んでいると、顔が元に戻ってくれた。
「・・・いずれといいましたが訂正しまス。ほうびは今与えましょウ。空きハ・・・そうですネ、リフ、出なさイ。」
そう言うと、手のひらサイズの妖精が現れる。チルに見慣れているとかなり小さく感じるな。
「はい、コーム様。ご用件をお伺いしても?」
「お前をコウに紐付けまス。共にトーヤ様に仕えなさイ。」
「畏まりました。コウ様、リフと申します。どうぞよろしくお願い致します。」
・・・は?
妖精は、現代魔法科学の結晶だ。
複数工程に及ぶ魔法を行使する際の補助だけでなく、大規模な演算、霊子通信を介した超次元通信、そして確立されている自我があるからこその柔軟なサポート。
貴種以外では、ごく一握りの1層民でしか持てない。
それが、お駄賃でも与えられるかのように渡された。
「あなたの功績を見ましタ。大変良い働きでス。欲を言えばそれぞれの手を撃つのが遅い事が気になりますガ、それはこれから教育して差し上げましょウ。」
ニッコリ笑って言われたが、教育と聞こえた時に背筋に悪寒が走った。
・・・過剰な褒美は今後の厳しい教育から逃げないようにするための重石も兼ねているのかもしれない。
「さテ、この状態ですとトーヤ様自身に魔法的な干渉が出来ませン。船で帰るしか有りませんガ、せっかくですし領地を巡航しますヨ。生後間もない次期領主ガ、反逆した領主を打倒しタ!さぞかし領民は沸き立つ事でしょウ!」
領民の発揚を狙うとの事だが、そんな話を信用するか疑問だ。
当事者の俺ですら、話についていくのにやっとだというのに。
「近隣ハ・・・B3星系のケイダ子爵領ですネ、それでは出発しましょウ。」
※2019/10/13 1行目、4行目を加筆。重複した文字を削除。表現の一部を変更。