兄と妹と怪物
「・・・突然転移させるんじゃない。」
不快げに声を発したのは、深緑の髪色をした男だ。この色、自毛なんだろうか。
目にかかるくらいに髪が伸びていて、低い声も相まって暗そうな印象を持った。
しかし、いい家に生まれたのに没落したんじゃ、ひねくれもするか。前世を思い出し、少し親近感が湧く。
栗色の髪をした美少女の眼鏡の奥に漂う雰囲気は怯えかな?コームの顔が怖いのかもしれない。
二人共、それぞれ違った壁を感じる。
「に、兄さん、精霊様に失礼よ。」
にいさん呼びか、悪くないな。今度チルに言ってもらうか?
「こっちの根暗な男がコウ、もかたっぽでビクビクしてんのがレアだ。名字はまあ、話の通り使えなくなったからな。適当なの後で用意してやってくれ。ほれ、二人共自己紹介しろ。」
「・・・コウだ。」
「に、兄さん、これからお世話になるのだから、ちゃんとしないと。」
返事の代わりに舌打ちを返す兄。ヤな感じだなあ。親近感が薄れる。
いやいや、先入観は良くない。事情が事情だ、心を広く持とう。
「あ、あの、兄は心身ともに疲弊しておりまして、ひ、非礼をどうかお許し下さい。」
そう言い、綺麗にお辞儀をする。妹の方は逆に随分としっかりしてるんだなあ。
怯えを感じはするが、言葉遣いは丁寧だ。
「ご紹介を賜りました、レアと申します。辺境伯様のご子息のお供をさせて頂けるとのことで、これに勝る喜びは御座いません。どうか、ご要望が御座いましたら、なんなりとお申し付け下さい。」
先ほどと打って変わって、すらすらと言葉が出てきた。練習したのかな?
そんな事を考えているうちに、コームが口を開いた。
「画面越しに失礼しますネ。私はコゥムィリヴーズ・ミハール。ブルーク家の家令を勤めておりまス。こちらは当主の嫡男であらせられるトーヤ・アイビーネ・ブルーク様ト、そのお付きのチルでス。家令としテ、お二人を歓迎致しまス。」
コームが目配せをしてくる。続けばいいのかな。
立場は上だから程々に偉そうに話すべきか?難しいな。
「トーヤだ。コウ、レア、これから宜しく。」
「チルだよー!」
「よ、よろしくおねがいします。」
「・・・バカでかい図体で、主に似て頭の悪そうな妖精だな。」
「に、にいさん!?」
「ひどーい!」
カチンときた。・・・いや、深呼吸。
我が身の年齢は若くとも、中身は大人なんだ。いきなり怒鳴りつけたりはすまい。
だが、だからと言って反論しないわけじゃない。
「不幸な生い立ちを嘆いて、自暴自棄になっているのはわかるんだけど、他人に八つ当たりしているようじゃ精神が未成熟な子供だと思われるだけだ。やめたほうがいい。」
「なっ・・・誰が子供だ!」
「そうやって、図星を指摘されて怒るようじゃ子供だよ。感情を制御できていないと告白してるようなもんだ。」
「ぐっ・・・」
・・・大人気無かったか?だが、どうもチルには恩義を感じている。馬鹿にされたままには出来ない。
「グハハハハ、一本取られたようだな!コウ。自分がガキじゃねえってんなら、非礼はキッチリ詫びろ。」
ショーキにギョロリと睨まれたコウは、バツが悪そうに詫びてきた。
「・・・悪かった。」
「あ、兄がすみません・・・」
「うん、謝罪を受け入れる。でも、ロヴィとチルの二人が居たお陰でここまで無事に到着できたんだ。俺のことはいいけど、二人を悪く言うのはやめてくれ。」
「僭越ながら補足しますト、トーヤ様は配下の謀反に巻き込まれたにもかかわらズ、賊の元から自らの力で脱出なさったのですヨ。保護されてヌクヌク育ってきた子供とは大違いですネ。」
コームが怒ってる・・・?なんか意外だ。
コウとレアが俺を見て驚いた顔をしている。・・・まあ、その説明だと驚くよな。
俺の力って言われるのは違うし、否定しておこう。
「いや、俺は何も出来てないよ。さっき言った通り、二人が居たから逃げられただけだ。」
「ククク・・・謙虚なことでス。制限が一切解除されていない妖精ト、3万年前の船が有ったからといっテ、領主級の賊から逃げるなド、普通は出来るものではありませんヨ。」
「トーヤ様のお力がなければ、道中の砲撃で堕ちていたやもしれませんからなあ。あれは見事なものでした。」
「護身用の最低出力の魔導刃しかないのに、敵をぶっとばしたりしたしね!」
やめろやめろ、話を盛るな。ああ、二人が化け物を見る目になってきているきがする。
怖くないよー?
「あぁー、まあお前らが主人大好きなのはわかったからよ、それくらいにしてやれ。人間組はついていけてねえぞ。」
「ふム。まあいいでしょウ。二人共、偉大な主人に仕えることが出来る喜びを噛み締メ、忠義を尽くすのですヨ。」
いちいち物言いが大げさな。洗脳じみた言い方は、ブラック企業感あるから止めて欲しい。
「精一杯お仕えします!」
「・・・やれる事はやる。」
態度が軟化した・・・?そのために大げさに話したのかな。
なんにせよ、仲良くやれるならそれに越したことはない。
「ああ、改めてよろしく頼むよ、コウ、レア。」
俺たちのやり取りを見ていたショーキが、頷きながら声を掛けてきた。
「よっし!コウ!レア!お前ら一瞬で終わる人生なんだからよ、せめて楽しく過ごせよ?じゃなきゃ拾ってやった意味がねえ。船と、道中使いそうなモンは一通り用意したからよ、しっかりやれよな!」
一瞬て。そこまで短くは無いとおもうけど、精霊からするとそんなものなのかもなあ。
「あんたには感謝している、助かった。」
「何から何まで有難うございました!精霊様!」
「お前らの何代か前の爺さんの借りを返しただけだ!礼なら先祖にしな!そんじゃ、船に飛ばすぜ?」
また転移か、相変わらずせっかちな。なんて思っているとロヴィがそれを遮る。
「ああ、お待ちを。トーヤ様、私はここで一度お別れで御座います。」
2019/10/16:コームの紹介内容を修正