睡眠魔法と緊急転移
死んだ。
床が赤く染まっていく。
殺すつもりなんてなかった、どうして、こんな…
狼狽する他方で、生き延びる為に仕方ない、と考えるひどく冷静な自分もいる。
魔導刃と俺の魔力量は相性がよかったんだろう。
これを選んだのは運がよかったのだろうか。
大貴族の父から魔力量が多いと言われた、自分の力を理解できていなかった。
『敵対者Dの生命活動の停止を確認、残敵との接敵確率の低いルートを演算。完了ナビゲートします。』
混乱する頭に、チルの声が聞こえる。
殺してしまった。仕方なかった。自分の感情が制御できない。
チルが鎮静効果のある暗示魔法を呼び出し、俺に使用を提案する。
近隣に敵は居ないか、死にたくはない、使おう。
鎮静・・・幸い、効果はすぐに現れた。
チルが表示している敵対者の情報を見るに、
まだ暫く時間はある、一旦落ち着いて状況を整理しよう。
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ひびの入った空間が割れる。
ガラスみたいにわれるけど、破片は飛び散らないな。
そう思っていると、割れた空間から白髪ダンディーが部屋に入ってきた。
父に少し似ているが、父より大分老けているな。
祖父だろうか?記憶に該当者はいない。
基礎知識君は仕事をしていないのか、最初から登録が無いのか。
そんな事を考えていると、ダンディーが口を開く。
「おや、まだ起きていたのかね。子供は寝る時間であるぞ?」
そう言うとダンディの右手が光る。
瞬間、強力な睡魔が襲ってきた。
これ睡眠魔法か!それっぽい魔法もあ…ん……な
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魔法で眠らせた対象を一瞥し男がつぶやく。
「ふむ、やはり奴の子。無能である。レジストもできんのであるな。妖精はどうであるか。」
「この空間では検出されていません。魔力痕跡の消去に入ります。」
「うむ、緊急転移を使用するのである、ぬからぬよう。」
「承知しました、魔力痕跡の消去と緊急転移の複合。タイミング合わせます。カウントを。」
「うむ…3,2,1,今。」
男と妖精の姿がかき消え、青空の中にはベッドが浮かぶのみとなった。
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目が覚めて辺りを見渡すと、そこは青空の中だった。
あれ、変わってないじゃん。
…いや、ベッドを覆うように薄い透明の膜が出来ている。魔法的な何かかな。
俺を人質にして立てこもっている?それにしては人質の俺の近くに誰も居ない。
全く同種の別空間?可能性は否定できない。膜から出ようとすると弾かれたりするタイプかもな。
VRの中?検証不可。もしそうだとしたらログアウトからスタートしないといけないが、当人が気絶している間にVRにダイブさせたりはできないと思いたい。
チルを呼んでみるべきか否か。チル自身の戦闘力は未知数だ、一度敵の動きを見てからにしたい。
殺すつもりなら寝ている間にやれたはずだ。生きている以上、俺を利用して何かをしようとしている。
…はて、生前の俺はこんなに冷静な人間だったか?
‥いや、今はその思索の時間はない。
身体を確認していると、左手に違和感を覚える。腕輪をつけられているようだ。
手錠のように拘束されているわけではない。
左手となると、杖に関する何かか。今はわからないな。
思考を続けていると、突如空間に先の白髪ダンディの顔が浮かぶ。
なんで顔だけなんだ。
「ふむ、肝は座っているようであるな。いや、事態を飲み込めていないだけであるか。まあよいのである。
お前は今我が手の中である。外部との通信の手段は封じ、魔力障壁を2重に展開しているのである。
抵抗せぬのであれば危害は加えんのである。まあ、何かやったところで無駄であろうがな。」
そう言うと顔が消えた。
うん、情報サンクス。俺は誘拐されたんだな。
目的は不明だが、おれ自体は甘く見られているようだ。
さて、まずは出来ることを探ろう。
「チル召喚!」
「トーヤ!グッジョブ!」
…呼べたよ。通信封じてるんじゃないのか。
「説明は後ね!トーヤがどこにいるか…だめね、遮断されてる。ああ、腕輪されちゃってる。」
通信はやはり封じられているか。チルは本体に戻っただけだから、とかだろうか。
いやいや、先ずは状況整理だ。
「膜も魔力障壁らしい。手の中にあるって言いぶりからして危害は与えてこないと思う。」
「障壁はどーでもいいよ!トーヤならすぐだから!でも、場所がわからないのは怖いね。」
場所か、確かにどう逃げればいいのかわからない状態で脱出はできないかな。
そうだ、腕輪で通信を封じてるって言ったな。
「腕輪は無理に外せない感じなのか。」
「うん、杖と同期されちゃってるから、今外しちゃうと機能不全になっちゃう。」
機能不全、まあまともに動けなくなるなら却下だな。
さて、困ったぞ。ふたりでうんうん唸るが、それ以上の発展はなかった。
「仕方ないね!トーヤのビームで一旦ここから出よう!」
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