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サイサリス

作者: なんちゃってプロパガンダ

「今だけはさ...好きにしてよ......」

僕の中にあったちっぽけだけど固い理性が霧散する音がした。

「......それって、こういうこと?」

僕は彼女の唇を奪う。僕が焦がれた唇、柔らかく誰よりも優しく情熱的なそれは他人のもの。でも、そんなことはどうでもいい。君が手に入るならなんでもいいと思えた。

重ねた唇から舌が伸びる。君の吐息と漏れ出る唾液。ずっと欲しかった君のもの、君の情熱、君の体。背徳的ではあったが、そんなものは僕の中にある君への歪んだ愛の前では関係なかった。

絡み合う舌と唇はお互いを離さないように強く強く結びつく。時間を重ねるごとに心臓が高鳴り、抱きしめた華奢な体から激しく生命の音がした。

彼女の体は知らないうちに女性のそれになっていた。僕以外の男と一緒に育った他人のもの。それが彼女だ。彼女には彼こそが必要だ。僕のような社会不適合者はいらない。一度離れ、お互いを見つめ合うと、そこには僕の全てがあるように思える。

「...愛...してるよ。君を...誰より深く......」

「...うん......」

僕は彼女の胸に手を滑らせる。途中彼女がその手を止めるが、すぐに彼女自身の手で僕の手を自分の乳房に動かした。

「すごいね...昔とは全然違う。こんなに大きくなってさ」

「ちょっと...そういう言い方やめてよ......ンッ」

胸を揉むと彼女はか弱い喘ぎ声を出した。それは今まで僕が聞いてきた女性の中で最も弱々しく、最も甘美で、最も愛おしく感じた。

僕は軽く彼女にキスをしてから見つめ合う。彼女は少し泣いていた。

僕ではダメなのか...違う。あの男だからダメなのだ。僕なら完璧にやってみせる。でも彼女はあいつのものだ。俺のものじゃない。ならば、ならば今だけは僕のものでいいだろう。そう思ったと、気がつくころにはこの手は淡い思い出と幸福な背徳で汚れていた。


「ねぇ...」

「...なに?」

彼女は恥ずかしそうに上目遣いをしてきて、僕は穏やかな気持ちで優しく彼女を抱き寄せた。

「あのさ...辛かったよね」

「...何が?」

「私ね...知ってたの。君が私を好きだって...」

僕は黙り込んだ。当たり前だ。君にこの想いが伝わってなきゃどうなる?僕はそれだけ忠実に出来る限り君に尽くした。僕の青春の純情は全て君に捧げた。

それを聞いたとき、僕は不機嫌になるかと思ったが、実際そこには深い満足感があった。僕の想いは彼女に届いていた。そして、それを知った上で彼女はあの男を選んだ。それは僕にとっては裏切りに近い行為であり、あの男のことを考えると悪寒がするが、それでも想いが通じあっていたことはある種の自分が出した成果として納得できた。

絶望は希望に、悔恨は感謝に変わり、差した光がスポットライトみたいに僕らを照らしている気がした。でもそれは月の光というより月の残光。決して明るみに出ない黒い夜。でももう僕に迷う理由はなかった。照らされた道はまるで覇道だ。イスカンダルの呼び声すら聞こえる。

僕は柔らかい夜と君を抱く。そこにあるのは虚構だ。でも一緒にいた時間が作り出した想いはたしかに本物で、27年の君への恋が愛に変わり、そして同時に成就し終わりを迎えた。

望郷の部屋はセピア色をまとっている。甘い日々も苦い日々も全てここにある。僕は玄関で最後に君に呼び止められ、この部屋に置いていくこれまでの全てを込めてキスをした。浅かったけど、二人にはそれだけで十分だった。

あの後、何度も彼女から連絡が来た。でも僕にはもう無用のことだ。僕は今次を見ている。大人になった世界は自由と刺激に満ち溢れていた。君以外を価値なしとしていた自分は罪だ。そして罪は贖罪しなければいけない。

「恋は椿みたいだ」

僕は未読のEメールに書いてあった愛の言葉。メッセージに溶け込んだ君の声。

「...なに?」

「すぐに落ちて悔しいことに落ちると底がなくて滑稽ってことだよ」

僕は浅くキスをする。君じゃない誰か。誰より愛おしい他人に。

僕は空を見て彼女を思う。椿は落ちればすぐその美しさを失い、鮮やかな赤は踏まれ汚れて酷い色だ。

君はそんなことは思っていないだろう。きっと僕と同じ気持ちだ。

gメールに来た君の未読メールは100件を超えていた。でも僕たちは通じ合っているし、あの夜からお互胃の道を歩んだ。

泣いてなんて...いない......。

End


登校の電車40分で描きました。要望があったら書き直すかも。ちなみに作者に恋愛経験はありません。

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