第二話【みんな】
教室の中は相変わらずざわついたままだった。無理もない、高校生離れした美男子であるこの俺が…………はい。高校生とは思えない姿になった俺が…………
「ええと、水田くん……なのね? 御影くん、本当にこの子が…………」
「はい、さっき電話で家族にも確認しました。俺と春樹しか知らないであろう事も知ってましたし、おそらく間違いないかと……」
そうなんだぁ。と、俺の親友御影の言葉にクライスメイト達はなんだか納得した様子でじろじろと俺の方を見て来る。なんだか頼っておいて申し訳ないが、御影の言葉をみんな簡単に信用しすぎじゃない? 彼も所詮はただの男子高校生よ? 目が覚めたら小さな女の子になってた! なんてデタラメな話を一体どうして信じられるのか。それにはもう一つの作戦が関係していた。
「えーっ! しんじらんねーよーっ! 春樹とはついこの間一緒に遊んだんだぜーっ? ほんの数日でこんなのありえねーって!」
声を荒げるのはもう一人の親友、沢だった。しかし…………彼の訴えにみんなは御影の言葉への信用を厚くしていく。ここで軽く説明をしよう。俺、水田春樹の親友二人のことを、だ。
御影修二郎。文武両道、質実剛健。運動でも勉強でも間違いなく学年でトップを争うエリート。誰からも信用される誠実な男。立候補すれば生徒会長だって簡単になれてしまうだろうと言われる学年に一人いる超優等生といったところか。彼の言葉はとりあえずで信じて見たくなる説得力がある。それがいいことかは置いておいて。
沢英二。文も武も投げ散らかした実質瘋癲。運動が苦手というわけではないが話を聞かない、ルールを理解出来ない、真面目に取り組まない。勉強なんてしているところを見たことがない。どうして御影とコレが同じ学校にいるのだろう……受験って無かったんだっけ…………? と、つい疑問を抱いてしまう不誠実の塊みたいな男。別に悪いやつじゃないんだが…………クラスに一人はいるお調子者の、その頂点。軽薄な言動を繰り返し続けた結果、誰からもまともに取り合ってもらえなくなった悲劇の子。誰も憐れまないけど……
「…………おい、春樹。この作戦なんだか釈然としねーんだけど……」
「ま、まあこらえてくれ。お前がいい奴だって俺と御影はちゃんと知ってるから」
しょうがねえなぁ! と、なんだか上機嫌でまた男の俺と今の俺との違いをつらつらと述べる沢に正直涙が堪えられない。なんて……なんて悲しいピエロ……っ。なんて簡単に騙せる…………げふん。なんて人のいい男だろう、自分の株を下げるような作戦にも協力してくれるなんて。まあその作戦の概要は特に説明するまでもない。信用される人間に肯定して貰い、信用されていない人間に否定してもらう。失敗してもお前の信頼が取り戻されるチャンスだし、損はないぞと適当にだまくらかし………………おほん。唆し…………でもなく、言いくるめ…………焚きつけ…………ええと、何か良い言い方はないものか。そうだ! 説得して協力してもらっているのだ! 御影は良い顔をしなかったけど……
「ちゃ、ちゃんと授業は受けられますから。まあ背が低いんで黒板は見辛いですけど」
「ううん…………ご家族の方がそう言っていたのなら。後で先生からも確認はさせて貰うわね。今日は授業も無いし、御影くんもこう言ってるからこのままで……」
通っちゃった。正直こんな作戦が通るとは流石に本気で思ってなかったんだけど。通っちゃうんだ……へー。もしかして俺って別にそんなに興味持たれてなかった感じ……? それともこっちの方が都合が良さそうとか思われてる? これならそう悪さも出来ないだろう、沢つるんで迷惑もかけられないだろう。みたいな。通っちゃうとそれはそれで…………な、納得いかねえ!
始業式を終え、そして配布物も配られ。俺達は春休みと変わらず部活に顔を出すため移動していた。いや、俺達家庭科部は特に休み中は活動もなかったんだけど。御影はそれまでと同じように練習に、俺と沢は家庭科室に。ここで家庭科部というものがなんなのか、そして花の男子高校生が……それもインドア派でも無い野生児みたいな俺と沢が何故そんな部に入っているのかを説明しよう。
家庭科部。家庭科で習う諸々の延長を専門的に行う部活。と、それらしく説明したが要は料理裁縫その他諸々、小中学校の家庭科の授業でやったことのその先を楽しむ部活だ。別にこれと言って目標も大会も無く、イマイチ発足した理由も分からない謎の部活。一説には副部長の隠れ蓑として使われているという噂もあるが…………?
そして何故そんなところに俺達がいるのか、という話。これは…………はあ。親友であり仇でもある沢に騙されたのがきっかけ。その沢の目的と言うのが…………
「……………………………………っ。沢…………そうか………………綺麗な体になって帰ってこい。お前は信用ならん奴だったが、それでも可愛い後輩だ。キチンと部長である私の手で警察に引き渡して……」
「ちょーーーっ⁉︎ ちょっ、ちょちょちょちょっと待ってください久川部長‼︎ まだ! 今日は! 何も! してナッシング‼︎」
しまった、御影を連れてくるのを忘れた。そう後悔したのはほかにクラスメイトもいない部室、家庭科室に到着してからのことだった。ガラガラと考えなしにドアを開けると、そこには一番乗りして色々準備している部長の久川玲先輩がいたのだ。そして…………女子小学生のようななりをした俺を連れた沢を見て、まず第一声とともに携帯電話から110番に通報しようとした。
「待って! 待って⁉︎ 待ってください‼︎ 俺は何も……」
「沢! 落ち着け! お前が何を言っても事態は悪くなる一方だ!」
どうしてだよ! と、憤慨する沢と、何やらまだ困惑していて通報までのあと一歩を踏み出せないでいる部長とを交互に見比べて解決策を探す。ふふ……実は俺には裏の顔がある。平凡な高校生とは表の顔! その実、俺は高校生名探偵なのだ! とかだったら良かったのにな‼︎ ダメだ! 解決策なんて見つからない!
「おーい、玲ちゃん。お? その子は…………ははあ、さては何やら勘違いがあって沢を人さらいと思っているのかな? どうどう、玲ちゃん。その男は確かにどうしようもない馬鹿だけど、それでも人道を外れる度胸を持ち合わせていないよ。たまたま拾ったか、それとも誰か知り合いの妹さんだろう。それこそ水田くんとか」
「ん……鈴蘭。そう……だな。確かに…………言われてみれば、法を犯した自覚があればノコノコと現れはしないか……」
なんて言い草。久川先輩の背後から抱き着いてそう言ったのは副部長の狭川鈴蘭先輩だった。一体どこから現れた……? 小さい体の狭い視野では久川部長の黒タイツ太ももしか目に入らな…………………………ち、ちがう!
「じ、実は…………信じてもらえないかもしれないですけど、俺が水田なんです。妹じゃ無くて水田春樹本人で……」
「ふーん…………ふんふん。それまた困ったことになったね」
信じてる風ではなかったが、それでも話を聞こうとしてくれているのはわかった。流石副部長! 人情に厚い! さてさて、じゃあここらでこの二人についてもキチンと説明をば。
久川玲。家庭科部の部長であり、小学校からの俺の先輩。面識は特に無かったから高校で一緒の部活になるまでは話したこともなかったけど。サラサラとした綺麗な黒いロングヘアにキリッとした表情で女子からも男子からも人気の高い元生徒会長。二年生で会長になるほどの人気だったが、思いのほか多忙でかつやりたい事も他にあるからと前年後期には立候補せずに惜しまれた程。沢はこの人に近付きたくてこの部活を選んだが…………正直その下心は俺にもある…………っ。
狭川鈴蘭。同部の副部長であり、この部の真の首魁。中分け前髪の金髪ボブヘアがこれまた一部男子に人気だが…………その実ここらを根城にするレディースのトップ……であるとかないとか。学校では特にそう言ったそぶりを見せないが、バイクに乗って出かける姿を見かけたとか、いかついヤンキーが敬語を使っているのを見たとか。校外での目撃情報に色々と複雑な情報が混ざりこんでいる謎の多い先輩。というか染髪ってうちの校則的によかったっけ……? 美人だが怒らせると怖い……気がするからみんな彼女にはあまり逆らわない。けど、普段接してる限りではとても優しくていい人なんだけどな……
「…………もしこの子が水田くんだったら面白いと思う。よし、じゃあ君は水田くんだ。後から本物が出てきてももうそんなの関係ない。それでもよければ信じてあげる」
「ほ、本当ですか⁉︎ あれ…………? 今もしかして、元に戻ったらここにいられない的な発言を聞いた様な……?」
気のせいだよ。と、笑う狭川先輩の顔には面白そうだからこのままでいいやと書いてあった。多分この人は俺を弄りたいんじゃない、久川先輩をからかいたいんだ。そんなのが通るか。ちゃんと身元を確認して送り届けないと。警察を呼ぶ必要だってあるかもしれない。と、語気を荒げる部長をなだめる姿にそう思ってしまう。
「まあまあ玲ちゃん。落ち着いて落ち着いて。この子が水田くんであろうともなかろうともそう関係無い話じゃない。あっと、玲ちゃんには関係無くないんだったっけ?」
「っ‼︎ 鈴蘭!」
なにやら揉めに揉めているが……………………視点が低いからそれどころじゃない! 今日初めて体が縮んで……縮んだわけじゃないけど、小さくなって良かったと思える時間がそこにはあった。って、そんなこと言ってる場合じゃないよ!