転生神殿、嫌でも気付くしかない
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行動指針を得た、とは言えやってる事はただの徘徊である。
徐々に人が少なくなっていく街の中を、周りをキョロキョロしながら歩くその姿は――控えめに言って、不審者だ。
すれ違う人には怪訝な目を向けられ、子供を連れた母親は子供を隠す様にして去っていく。
NPCではあり得ない、実際に生きている人間の反応だ。
「やばいな、このままじゃ通報されてしまう」
仕方が無いので、キョロキョロするのは止めて真っ直ぐに歩き出した。
宿を探すのは一旦保留にして、ギルアスの街並みを確かめる事にする。
今の所、AWOとの差異はそこまで無いように思えるが。
「そういえば……チュートリアルの事ばっか考えていたから忘れて居たけど、転生神殿に向かうのも有りだな」
街並みを眺めていて、ふと思い出す。
最後にレベルリセットを行った時に居た街も、ここギルアスだった。
通称、転生神殿と呼ばれる場所はギルアスにしかない。
何故かと言われると、公式設定にも載ってなかったのでヒデオにも分からないが。
ともかく、こんな事になる直前まで居た神殿の事を思い出し。
目的地に据えて、足取りを早めていく。
「……えっと、マジか?」
見覚えのある道を進み、見覚えのある建物が目に入った時ヒデオはそんな事を呟いた。
AWOでは、大きいとは言えないまでも綺麗に手入れされて神聖さが見える外壁だった。
しかし、今ヒデオの目に映っているのはあちこちに蔦が這われた”廃墟”だったのだ。
「中には……入れそうも無いな」
一応扉は無事だったので手を掛けてみたが、鍵が掛かっているのかはたまた錆びついてしまっているのか。
どうやっても開かなかった為、中に入る事は諦めた。
ヒデオは自身の心の中で、何かが崩れていく音が聞いた。
「ひょっとして、ここはAWOの中じゃ無いのか? いや、うっすらとそうじゃないかとは思っていたけど……」
ヒデオがここまで気付くのが遅れた理由として、AWOがあまりにもリアル過ぎたからだろう。
少しの違い程度などは「記憶違いかな?」と、思ってしまうのも無理は無いだろう。
それに信じられない、信じたくないと言う気持ちもあった。
だが、流石に神殿が廃墟になっている事実は誤魔化しようが無い。
ヒデオの中にあった”あくまでここはAWO中、今はバグってしまってるだけですぐに元に戻る”という、そんな希望は粉々に打ち砕かれてしまった。
「どういうことだよ……誰か、説明してくれよ……」
あまりのショックに、廃墟の扉へ背を預け――ゆっくりと、力なく座り込む。
再び悪目立ちし道行く人たちから注目を受けてしまうが、そんな事を気にする余裕も無いのか顔を膝へ埋めてしまった。
――――――――――
気付いた時には、既に日は沈み夜になっていた。
ようやく顔を上げたヒデオは、いつまでもこうはしていられないとゆっくり立ち上がる。
再び、宿を探して歩き始めた。
街には街灯などは無いが、建物から溢れ出ている灯りでなんとか道は見えている。
暗がりの中キョロキョロと辺りを見渡す様は、ヒデオの不審者度合いを更に引き上げていた。
幸い、夜になって人に見咎められることは無くなったが。
「ベットのマーク、ここかな?」
10分程歩き回った所で、軒先に木製の丸看板を掲げた建物を見つけた。
確かAWOでは【ベットのマーク】は、中ランクの宿だったはずだ。
低ランクは【2段ベットのマーク】で、高ランクも【ベットのマーク】だが木製ではなく鉄製だ。
この世界でも同じかどうかは分からないが、神殿以外そう大きく変わってない筈だと強く願う。
仮にここが”寝具店”だったとしたら、ヒデオは二度と立ち上がれないだろう。
「いらっしゃい! 食事かい? それとも、泊まりかい?」
建物の扉を開けた途端、そんな威勢の良い声が聞こえた。
入ってすぐはレストランのように丸テーブルが並べられており、奥の方に受付カウンターがある。
1階は食事をする所で、宿泊施設は2階になっているタイプのようだ。
どうやら宿屋で合っていた様で、ヒデオはホッと胸を撫で下ろした。
「泊まりでお願いします」
「あいよ! 素泊まりで3,500w、食事付きは2食付いて5,000wだよ!」
このようなフレキシブルな料金設定はAWOではあり得ない、やっぱりここはAWOじゃ無いんだと再度心を締め付けられた。
「食事付きで、1泊お願いします」
気を取り直して、銀貨を1枚取り出し受付へと渡す。
「あや、大銀貨かい。ちょっと待ってな、お釣りあるか確認するから」
「大……?」
AWOでの通貨は、小さい方から【鉄貨】【銅貨】【銀貨】【金貨】【白金貨】だ。
それぞれ100枚毎に繰り上がり、1鉄貨が1wとなる。
【大銀貨】などという通貨は無かったのだが、もうここはAWOでは無いと認めたヒデオは小さく呟くだけに留めた。
「よかった、なんとか足りたよ!」
そう言って返されたのは、一回り小さい銀貨が7枚と大きめの銅貨が23枚に小さい銅貨が20枚だ。
「細くなってしまったのは勘弁してくれよ? こんな小さな宿なんだ、精々銀貨でのお釣りまでしか用意して無かったんだから」
受け取った硬貨から計算すると、各硬貨が10枚毎に大○貨となるようだ。
そうすると、ヒデオが持っているお金は全て【大銀貨】と言うわけで1,000,000wを所持していた事になる。
かなりの大金だった。
もしお釣りが足らない時はどうするかと言うと……両替商に行って崩して来いと言われるか、もしくは連泊をしろと迫られる。
宿屋的にも金を持っている客を逃すつもりは無いのだ、殆どが後者の対応を取るので泊まれないと言う事は無い。
「いえ、むしろ助かります。中々、大きいお金は使いにくくて」
「だろうね。特にこんな小さな街じゃなおさらさね、どこに行っても大体煙たがられるよ」
この街で一番高価な物と言えば、当然の如く武器や防具の類いか回復薬等のマジックアイテムになる。
それにしても銀貨数枚程度なのだから、大銀貨だけしか持ってないというのも勝手が悪い。
その後は部屋に案内され、木札を2枚受け取る。
先程の受付に手渡すと、1枚に付き1食分の食事を用意してもらえる。
「食事の時間は、朝6時〜10時と夜18時〜22時までだよ。貴重品は身に着けておいてね、部屋に鍵はかからないからさ」
中ランクの宿は、個室はあるが鍵はない。
高ランクの宿にもなれば、鍵のついた個室を用意してくれるのだが。
そもそも貴重品等は【アイテム】の中に入れておけるので、ヒデオは特に不満も無く店員の言葉に頷く。
部屋の中は大体10帖位の広さに、シングルのベットが置いてある。
枕元の隣には小さなテーブルに、丸椅子が配置されていた。
「トイレと風呂は何処ですか?」
「トイレは、外に出て裏手に回った所さ。風呂は高級宿じゃないんだから有る訳無いだろう? 水で良ければトイレとは反対の方に井戸があるから自由に使いな。湯が欲しければ、追加で100wもらうよ」
AWOではトイレと風呂は、高ランク宿にも無かった。
ゲームなのだから、それは当然なのだが。
ここが現実なのだとしたらトイレと風呂は有るかも知れない、そう思って聞いたのだが本当に存在するようだ。
「分かりました、じゃあ食後にお湯を下さい」
「あいよ、100wね」
貰ったばかりのお釣りから、銅貨を1枚出して払う。
「見たところ大きな荷物も無さそうだし、このまま食事にするかい?」
店員のその言葉に頷き、再度1階へと降りて食事を摂る。
味は、とても美味しい――とは言えないが、特に不満も無くそこそこのボリュームがあった。
満腹になった後、お湯とタオルを貰い部屋で体を拭く。
一息ついた後、ベットへと横になると……自然と瞼が落ちてきた。
今日一日で色々と考える事が出来た為、まだ寝るわけにはいかないと眠気を振り払おうとする。
しかし、気付いた時にはそのまま夢の中へと落ちていった。