初クエスト、門限は守りましょう
評価ありがとうございます。
「先程は何かあったんですか?」
受付に並び、いざヒデオの順番になった所で先に受付嬢から声が掛かった。
一番遠い隅に居た筈なのだが、どうやらここ迄聞こえていたようだ。
「あ、いえ。大した事じゃ無いんですが、ちょっと想定外の事が有りまして……すいません、迷惑を掛けてしまいまして」
大した事ではあるのだが、NPCにシステムの事を話しても通じる筈もないと思った――――思い込んだヒデオは、原因については誤魔化して謝罪をした。
「そうですか。何かギルドでトラブルがあった時は、遠慮なさらずお話し下さいね」
「はい、ありがとうございます。その時は遠慮無く――ところで、早速クエストを請けたいんですけど……今ってどんな物がありますか?」
AWOの冒険者ギルドには、所謂【クエストボード】と言われる物が存在しない。
受付嬢に声を掛けて直接訊ねると、その時に発生しているクエストを冒険者のランクに合わせて紹介してくれる。
身の丈に合わないクエストを請けようとして、受付嬢に嗜められたりと言ったイベントは起きないのだ。
肝心なのは”レベル”に応じてでは無く”ランク”に応じてという点で、ヒデオの様にレベルリセットを繰り返している人なら低レベルで高ランクなクエストを請けるという事も出来る。
その逆に冒険者として活動してない場合でも、エリア内での戦闘は自由に出来る為”高レベルで低ランク”という人も存在する。
今回はチュートリアル通りに事を進めると言う目的のため、わざわざ低ランクのクエストを請ける必要があるのだ。
「今からの時間ですと、特にお勧め出来るクエストはありません。強いて言えば常設依頼の【グラスラビットの討伐】くらいですが、こちらは期限もありませんしわざわざ受注をする必要もありません。討伐証明である【草兎の耳】をお持ち下されば、その数に応じて報酬をお支払いしますので」
「……そう、ですか。わかりました、ありがとうございます」
ここでもAWOとの差異を見つけたヒデオ。
本来【常設依頼】であろうと無かろうと、一度【受注】をする必要があった。
わざわざドロップ品を渡す必要も無く、何羽倒したかをカウントしてもくれていた。
そして【草兎の耳】はグラスラビットの確定ドロップだった筈だが、そういえばさっきクリスを助けた時には手に入って無かった事を思い出す。
どうにもAWOとの”ズレ”が、ここにきて大きくなってきたようだ。
「どうしたもんかな……」
受付を離れて、そのまま冒険者ギルドから出るヒデオ。
外は太陽が傾き出し、空を茜色に染めていた――AWOでは常昼だったというのに。
あまりにも今までの常識と違い過ぎて、途方に暮れてしまったようだ。
「とにかく、日が暮れてから街の外に出る……と言うのは無理があるよな、多分」
取り敢えずグラスラビットでも倒しに行こうかと思ったが、街の出入りをするのに門限等もあるかも知れない。
「それに、だんだん腹も減ってきたし」
AWOでも空腹を感じる事はあったので、特に違和感は無かったのだが。
それはリアルの体が空腹を覚えていると言うアラートで有り、ログアウトが出来ない今現状でどうすれば良いのか一瞬悩んでしまう。
「取り敢えず、何か食べてみるか」
AWOでの食事は、味がするだけの完全なる娯楽であった。
なので、ヒデオの頭の中から”食事”という選択肢がすっぽ抜けていたのは仕方が無いのかも知れない。
むしろ、すぐに切り替える事が出来たのは褒めるべき事だ。
多分。
そして夜になっても事態が好転しなかった時の為、どこか夜を明かす場所が必要な事に思い至った。
「と、なると……どこか宿を探さないとな」
幸い、お金に関しては【アイテム】の中に銀貨が10枚だけ入ってあった。
AWO内通貨で100,000w、NPCが毎月稼ぐ平均額が銀貨30枚と言う設定だから大体10万円位の価値だろう。
これだけあれば、食事をして部屋を借りるという事も可能であろう。
ただ1つ問題があるとすれば、それはここ数年はAWOで宿を利用した事が無いと言う事だ。
AWOでのログアウトは、それ自体は何処でも行う事が出来る。
ただし、HPやMPなどの回復を行う方法としてアイテムを使うか、宿泊施設で寝る(ログアウトする)しかないのだ。
ヒデオはAWO3国家の王都全てに家を所持しており、毎回その何処かに【地図:転移】のスキルで戻っていた。
なので宿に泊まるなんて行為自体が久しく、また何処に有ったかなどの情報も完全に忘れてしまった。
「えーっと、確か”各街には3軒の宿があって、稼ぎに合わせたランクを選べる”だったか……?」
なんとかAWOの公式設定を思い出し、諳んじてみる。
ランクと言うのはそのまま、高・中・低の3つが有り【食事は粗末で、部屋も相部屋:低】【それなりにボリュームのある食事に、個室を用意してもらえる:中】【高級食材を使った食事に、セキュリティや防音もバッチリしている個室:高】だ。
高ランクでも安い所なら1泊銀貨1枚ちょっと位の値段だが、グラスラビット換算で毎日20羽位狩らないといけない。
更には冒険者がお金を使う所は宿だけな訳もなく、武器や防具の購入や手入れ……更には消耗品である回復薬や野営道具等も購入しなければならない。
それにグラスラビットを1日20羽も狩れる力量があるなら、もっと他に割のいいクエストも請けられる。
必然と低ランク冒険者は低ランク宿屋に泊まる、という図式が出来上がる。
「取り敢えず適当に歩き回って、低ランクじゃ無い宿を見つけたらそこにするか」
まぁ、例外として……このようにお金を持っている低ランク冒険者、と言うのも存在するのだが。
こうしてひとまずの行動指針を得たヒデオは、あてもなく日が暮れ始めた街を散策し始めたのであった。