冒険者登録、笑顔の素敵な受付嬢
AWOにおける身体接触は、プレイヤーによる許可制である。
完全に触る事の出来ない全不可から、手や肩などなら触れる一部可。
全可にすれば性的な部分など、全ての場所を触れる様になる。
ちなみにNPCの場合『一部可』になっているが、プレイヤーのデフォルトは『全不可』である。
なので、設定を変更出来ないうちに触られる事はあり得ないのだが。
10年も前のチュートリアルの事など、すでにうっすらとしか覚えていないヒデオ。
そういえばこんな感じだったかな……と、流されるまま女性についていった。
「あれが私の活動拠点にしている街、ギルアスよ」
街道をしばらく歩いていくと、少し先の方に木柵でぐるりと囲まれた街が見えた。
アインス王国【草原エリア】の拠点街、ギルアスだ。
「助けて貰ったお礼という事で、通行税とギルド登録料は私が出すから」
ギルアスに着き女性が守衛へギルドカードを見せたあと、ヒデオに向き直り笑顔でそう告げる。
身分証が無い人間が街へと入る際、幾らかのお金が必要なようだ。
AWOでは常に身分証を持っていたので、そういった細かい設定など忘れてしまっている。
「ありがとう」
「ううん、お礼を言うのは私の方。いくらグラスラビットだとは言え、武器が無ければやられちゃうんだから」
逆に言えば、武器さえ有れば誰でも倒せると言う事だ。
この女性がヒデオに向かって逃げて来たのも、短剣を手に持っているのが見えたからだ。
流石に、無手の人間に魔物を押し付けるような真似はしない。
「そういえば、武器を新調しないと! っと、その前にあなたの冒険者登録が先よね」
足を一瞬だけ止めたが、すぐに気を取り直して歩きだす。
しばらく歩くと、西部劇に出てきそうな木造の建物が見えた。
街並み全体を見ても木造が主流なのだが、その建物だけウエスタンドアが付いていて”西部劇”と言った表現がでてくる。
そしてそのドア開き、中に入るとまるで酒場の様に――は、なっていない。
入って正面の受付までは広い空間が確保され、冒険者が多い時でも並ぶことが出来る様になっている。
左右の壁には硝子製の窓が嵌められており、冒険者ギルドと聞いてイメージする建物よりずっと明るくて開放的な雰囲気だ。
受付の一番端の方には階段が設置されており、そこから2階へと上がる事ができる。
施設の説明は、今は割愛するが……2階は受付より奥の位置にあるので入り口から受付までは吹き抜けになっていて、その開放感に拍車をかけていた。
「すいません、この人の登録をお願いします」
ギルドの建物など、ヒデオにとっても見飽きた物である。
特に見渡す事もせず、女性と共に受付へと真っ直ぐ向かっていく。
今の時間帯はどうも空いてるようで、他の冒険者の姿は無かった。
「あら。クリスさん、おかえりなさい。グラスラビットの討伐は、うまくいきましたか?」
「あー、その報告はまた後で。それより……」
クリスと呼ばれた女性は、受付嬢からクエストについて聞かれ苦笑いを浮かべた。
失敗したのだから、やはり答えづらいのだろう。
まぁ……グラスラビットの討伐など【常設依頼】なのだから、期限も無いので明日にでもリベンジすれば良いだけだが。
「はい、わかりました。……初めまして、ようこそ【冒険者ギルド:ギルアス支店】へ。今回のご要件は登録と言う事ですが、冒険者ギルド以外の登録証などはお持ちですか?」
「初めまして。いや、持ってませんね」
受付嬢はクリスからヒデオへと体を向け直し、惚れ惚れするような笑顔で対応を始めた。
「それでは、当ギルドが初めての登録でよろしいでしょうか?」
「はい、初めてです」
それを聞いて、受付嬢はカウンターのしたから何やら1枚の紙を取り出した。
「ではまず年齢を確認させて頂きます、失礼ですが成人はされていらっしゃいますか?」
「はい、今年で36になりました」
AWOでの成人は18歳だ、ヒデオはダブルスコアである。
それを正直に告げたのだが、なぜか受付嬢の表情が曇る。
「えぇ?! どう見ても、私と同い年にしか見えないんだけど?!」
受付嬢が何かを言い出す前に、クリスから驚きの声が上がる。
「え、っと。36には見えないけど……?」
「私は今年で成人よ、冒険者になって3ヶ月目!」
どうやらクリスには、ヒデオが18歳くらいに見えていたようだ。
「いやいや、流石にこんなオッサンを捕まえてそれは言いすぎだろう」
「……いえ、私もそれくらいだと思っておりました」
ぶんぶんと手を振ってクリスに否定するが、どうやら受付嬢からもそう見えていたようだ。
「んー?あんまり、若く見られた事は無いんだけどな……」
AWOでアバター登録したとき、ヒデオはリアルの容姿をそのまま反映した。
せっかく『異世界転移』という設定なのだ、どうせなら本当に自分が転移したように楽しみたいと思っての事だった。
わざわざ毎年、容姿変更の課金アイテムまで使って現在に合わせ調整する程だ。
「まぁ、いっか。登録出来ない、って訳じゃ無いんでしょ?」
「は…はい、そうですね。では次に――」
ひょっとしたらデータが破損した時に、調整した分がリセットされたのかも。
だとしたら初期年齢は25歳だ、見ようによっては18歳に見えなくもない……かもしれない。
そう思ったヒデオは、特に気にすることなく登録を続けた。
「――最後に、こちらに手を翳して貰えますか?」
年齢の後は、性別や種族……見れば分かるような事でも、一応は確認された。
質問が終わり、最後に薄い石板の様な物に手を翳す。
「……はい。これで登録は完了です、お疲れ様でした。ギルドカードが出来上がるまで、少しお待ちください」
「あ、登録料は私が払うから」
そう言って、腰に付けたポーチから銅貨を数枚取り出すクリス。
「よろしいのですか?」
「うん。実は、クエストの話にも繋がるんだけど――」
登録料を払う理由となった、ヒデオとの出会いを話す。
クリスは、次第にヒートアップしたのか「あの剣は、きっと粗悪品だったのよ!」等と声を荒げている。
対象的に受付嬢は、その顔から微笑みを消して何やら呆れた様子だ。
「クリスさん、武器や防具には損耗値と言うのが有りまして――」
買った時に武器屋から聞いて無いのかと、クリスを嗜める受付嬢。
おそらく聞いたけど忘れてたのだろう、まるで風船が萎んでいくかのように意気消沈していくクリス。
最終的には顔を真っ赤にして、目尻にうっすらと涙を浮かべていた。
「ごめんなさい、私の不注意でした……」
「相手がグラスラビットで良かったです、これがグラスウルフとかでしたら……今頃はここにいませんでしたよ」
反省しているクリスを見て、受付嬢は微笑みに戻った。
しかし、その目の奥は笑っていない……様に思う。
まぁ、これでクリスは同じミスをしないだろう。
受付嬢は笑顔1つで新人冒険者の教育も出来るのか、とヒデオは何故か感心してしまった。