AWOでの日常、100回目の転生
プロローグです。
「【剣術:強撃Ⅶ】!!」
原田英雄……アバターネーム『Hide』が振り下ろした剣に、淡い光が纏わりつく。
それが目の前にいる魔物へと、勢いよく叩きつけられた。
山羊の様な頭と人間の様な体を持つ、筋肉質で浅黒い肌の魔物……アークデーモンと名称されているそれは、断末魔の叫びと共に巨躯を地面へと倒れさせた。
――経験値を獲得しました。
――レベルが1上昇します。
――『上位悪魔の角』を手に入れました。
脳内に響き渡るアナウンス、それは激戦が終了した事の知らせ。
「お、レベルカンスト」
『おめでとう』
『おめー』
『祝100』
『呪100』
「ありがとう。そして誰だ、最後に呪ったヤツは」
ボス専用の隔離エリアから通常エリアへと戻り、レベルが上がった事を呟いた。
普段から繋ぎっぱなしにしてる念話でそれを聞いたフレンドから、次々にHideを祝う声が上がる。
『呪100』
『のろー』
『呪です』
「まさかの全員」
等とくだらないやり取りをフレンドと楽しみながら、Hideは普段から拠点にしてる街へと【地図:転移】を使って帰還した。
街の入り口で守衛に身分証を見せ、門をくぐって中へと入る。
Hideが拠点にしているのは、AWOを始めて最初に誰もが来ることになる街。
10年もAWOを続け、トッププレイヤーの1人と称されながらもこの街を拠点にしているのは訳がある。
『カンストしたって事は、直ぐに”転生”するのか?』
「ああ、じゃないと経験値が勿体無いからな」
AWOにはレベルという概念があり、カウントストップの100まで上げきるとそれ以降の経験値は無駄になる。
その為”転生”と言われる、レベルリセット施設がここにあるからだ。
『えぇ?! 今請けてるデザートウルフの討伐、手伝って欲しかったです……』
「うーん……明日でも良いか? 転生した後に、軽くレベリングしておくから」
デザートウルフとは、砂漠エリアに出現する魔物だ。
エリアによって出現する魔物のレベルは変化するが、砂漠エリアの適正レベルは46以上だ。
『いやいや、1日で40以上もレベル上げるとか無理だろ』
「いや、5〜10くらいしか上げないよ。転生ボーナスもあるし、それで充分」
転生してしまうとレベルやスキル熟練度がリセットされてしまうが、その代わりに回数と応じてステータスが強化される。
一度の転生につき全ステータス+10%、微々たるものだがバカには出来ない。
『5〜10で充分って、どれだけ転生してんだ』
「んー? 次でちょうど100回目かな」
『……この転生マニアめ、まさかの11倍ステかよ』
このように繰り返し転生を行う事によって、ステータスは際限なく上がり続けるのだから。
『分かりました、じゃあ明日よろしくお願いします!』
『クエスト期限は?』
『まだ3日あるので大丈夫です!』
「了解。じゃあ、明日の19時でどうだ?」
『あ、明日は部活のミーティングがあるので少し遅くなります! ログイン出来るのは、多分20時回るかと……』
「なら、インしたら念話を繋いでくれ。そのちょっと前くらいから、デセルトで待ってる」
『分かりました!』
フレンドと念話をおこないながら、街をしばらく歩いた。
まるで中世ヨーロッパのような街並みは、とてもVRとは思えないほどリアルだ。
所々『アナザーワールド・オンライン、リリース10周年記念! 素材買い取り金額2倍キャンペーン中!』などの横断幕が無ければ、ここがゲームの中だと言うのも忘れてしまいそうだ。
そんな大通りを真っ直ぐ歩くと、目的地へと辿り着く。
輪廻転生を司る、その神を祀った”唯一”の神殿。
『ところでHideさん。次は何のJobにするんですか?』
AWOの成長システムの一つに、Jobと言うのがある。
全10種からなるそれは、アバター作成時に選んだJobによって各ステータスの伸び方が変わって来る。
戦士系のJobは力や体力が伸びやすく、魔法使い系のJobは精神力や魔力が伸びやすいといった具合に。
そのJobを唯一変更出来るタイミングが、転生直後なのだ。
『ばか。お前、そんなの【英雄】に決まってるだろうが』
その中でもHideがずっと選び続けているJobは、全てのステータスが平均的に伸びる【英雄】だった。
戦士より力が弱く、魔法使いより魔力が低い……唯一の利点は、成長速度が早いという事だろう。
魔法使いより強い力と戦士より強い魔力で”そこそこ”戦う事が出来て、AWO序盤の慣れない内をゴリ押しで遊ぶ事が出来る。
最初に【英雄】で遊びAWOの空気を掴む、その後自分のプレイスタイルを確立させて転生。
それがAWO入門者の主流となっていた。
Hideはそんな初心者向けのJobを、99回ずっと使い続けているのだ。
『そうなんですか?』
「いや……」
『AWOトッププレイヤー”十傑”の1人、初心者向けの【英雄】で高難易度クエストを次々とソロクリア。まさにPSの鬼、付いた二つ名が【英雄の中の英雄】。そんなHideさんが他のJobなんて……なぁ?』
フレンドのニヤついた表情を幻視したHideは、力なく「ああ……そうだな」とだけ答えた。
言っている事は、全て事実である。
HideもAWO入門の流れに沿って、最初の【英雄】を転生させる時にこう思ったのだ「転生する度ボーナスが貰えるんだったら、成長が早い【英雄】を選び続けた方が最終的に強くなるんじゃ無いか?」と。
しかし、そこから先は苦難の道のりだった。
MMO全般的に言える事だが、序盤はサクサク敵を倒す事が出来るが……中盤以降、パーティーを組んでいる事が前提かのような敵の強さになっていく。
最初の時は周りも【英雄】だらけだったし、早くに転生していった人も”初心者”ならと快くパーティーを組んでくれた。
が、2度目以降の【英雄】となれば「ああ、コイツ変わり者か」と他プレイヤーから避けられるようになる。
初心者を装ったとしても、何度も転生しているとそのうち人相や名前が拡がっていく。
そうなってしまってはAWOを楽しくプレイする事が困難になってしまう、Hideと同じ事を考えた人達は早々に諦めて他のJobへと転生していった。
しかしHideは普通の人よりも多い時間をログインしてる為、延々プレイヤースキルを磨く事に専念した。
被弾を少なくする立ち回り、より多くのダメージを与えるポイントの模索。
回避不可のタイミングでの魔法、動き回りながら味方の傷を癒やす方法……など。
鍛え上げたPSでパーティーに貢献していると、徐々に名前がAWOに拡がっていく。
そうして【英雄】ながら色んな人とクエストに出かける事数年、気がつけば”十傑”と呼ばれる各Job最高位の称号を手に入れていた。
『Hideさんって、英雄さんって言うんですか?』
『え、食いつくとこそこ?』
が……先程デザートウルフ狩りを約束したフレンドは、十傑云々よりも名前に興味があるようだ。
「ああ……まぁ、そうだな」
『そうなんですか♪ 私は真理恵だからMariです!』
『言い出しっぺのオレが言うのもなんだけど、もう少し個人情報の扱いには気をつけような』
本当に、その通りである。
「でも、まぁ……たまには違うJobも、体験してみたいんだけど」
話を変えようと、Hideは先程言いかけた事を口にする。
『ダメダメ、Hideが他のJobに就いたら他の十傑が降格するだろ? 特に【戦士:軽業】だけは、ダメ! 絶対!』
フレンドの言う【戦士:軽業】とは、戦士系Jobの1つだ。
耐久力が低い代わりに、速度や器用さを活かして敵を翻弄する……所謂『アサシン』や『スカウト』といった感じか。
「わかったよ、そこまで言うなら……そうか、次は【戦士:軽業】か楽しみだな」
『おい! マジで、やめろ! 30回以上転生して、やっと十傑入りしたんだ!』
色々言っていたがなんて事は無い、フレンドは自分の保身の為に言っているのが分かった。
「お、そろそろ神殿に着くから念話切るわ」
『はい! では、また後で』
『おい! マジで! いや、マジで!』
フレンドの叫喚には耳もくれず、念話を切断すると神殿の扉を開く。
中は別に特別な何かがある訳ではなく、神像が祀られている前に1人の修道女が立っているだけだ。
「ようこそいらっしゃいました、本日はどのようなご要件でしょう」
「お祈りで」
何処か作り物のような微笑を携えた修道女に、Hideは短く要件を伝えた。
街にいるNPCは本物の人間と大差無いほど表情が豊かだというのに、ここの修道女は100も会っているのに微笑以外を見た事がない。
ゲーム内システムの一つとして、少々機械っぽさがある方が良いのだろうか?
そんな事を考えながら、修道女が待つ祭壇へと歩を進めていった。
「それでは共に、主への祈りを捧げましょう」
祭壇の前で片膝を付き、両手を組んだHideに修道女から声がかかる。
修道女は立ったままだが、Hideに向かい両手を組んで目を閉じた。
それを見たHideは、組んだ両手に額を当て目を閉じる。
(結局、次のJobはどうしようか)
さっきはフレンドをからかう為に【戦士:軽業】にすると言ったが、別にそれを本気で実行するつもりはない。
そもそも【英雄】Jobも長く付き合ってきて、そこそこ愛着があるのだ。
別に100回目の【英雄】でも構わないのだが、Hideには一つだけ不満な事があった。
(でも【英雄の中の英雄】って二つ名は、どうにかして消したい)
それは、自分についている駄洒落のような二つ名だった。
(どう考えてもダサいもんな、1回だけ別Jobに就いて消せるか試すか)
転生処理の隙間時間、あれやこれやと考え込むHide。
そうしてしばらく後、瞼を閉じていても分かるくらい眩しい光に包まれた。