リリアーナ、風邪をひく2
「ひぁっっ!」
あまりにも驚きすぎて、令嬢らしからぬ声を出してしまったのだが、これは仕方のないことだと思いたい。
「ウィ、ウィリアム、さま?」
どうしてここに? と問うリリアーナの視線に、ウィリアムはどこか嬉しそうに言い切った。
「リリアーナが心配で仕事にならないから、早めに切り上げて看病に、な」
「看病……ですか?」
(って、いえいえいえいえ、『な』じゃないですわ! 先ほどのようにウトウトして、もしヨダレなんて垂らしてしまって、それをウィリアム様に見られたりなんてしたら……。そんなのダメぇぇぇぇええ! それだけは絶対に阻止しなくては!!)
「あああ、あの、お気持ちは嬉しいのですが、ウィリアム様に風邪をうつしてはいけませんので……」
「鍛えているから、簡単にはうつらないさ」
ウィリアムは眩しい笑顔で答える。
「で、ですが、私のために公務を疎かにされては……」
「急ぎの案件は全て終えてある。あとは先に伸ばしても支障はないものばかりだから安心して」
己のみっともないヨダレ姿を見せぬために、リリアーナも必死である。
「あの、その……、そう! このような姿を見られるのは恥ずかしいですから、お気持ちだけで……」
「恥ずかしがらなくていい。リリアーナはどんな姿でも可愛い」
被せるように言い切った甘いセリフと笑顔を浮かべるウィリアムに、リリアーナは頭を垂れるしかなかった。
「それより、喉が渇いたんだろう?」
そういえば、と喉が乾いていたことを思い出し、目の前に出された果実水の入ったグラスを受け取り、コクコクと飲み干す。
「お腹は空いてないか?」
「いえ、今は果実水だけで……ありがとう、ございます」
「ん。お腹が空いたら言ってくれ。それまでもう少し横になるといい」
「はい……」
リリアーナは諦めて布団に潜り込んだ。
ウィリアムはそんなリリアーナに優しく目を細めながら頭を撫でると、ソファーに移動し読み途中らしい本を読み始めた。
(そこにウィリアム様がいらっしゃるのに、ゆっくり寝てなどいられませんわ!)
そう思いはしたものの。ウィリアムが読む本のページをめくるカサリという音のみ響く静かな部屋に、いつの間にかリリアーナは眠ってしまっていた。
◇◇◇
夕方になり、エマ医師がリリアーナの様子を見に訪れたのだが。
ソファーに当たり前のように腰掛けているウィリアムを見つけると、眉間に深いシワを寄せて低い声でウィリアムを呼ぶ。
「ちょっとおいで」
「いや、私はリリアーナの看病を……」
ウィリアムは慌ててエマ医師から距離を取ろうと立ち上がりかけたが、それよりも一瞬早くウィリアムの後ろ襟をつかみ、
「いいから、さっさと来るんだよ!」
そう言ってズリズリと引きずりながら部屋を出て行った。
どこにそんな力があるのか、不思議である。
「あんたがいたら、ゆっくり休めるものも休めんだろうがっ!」
「リリアーナなら、眠って……」
「男がいちいち口答えするんじゃないよ! とにかく、治るまであんたは出禁だよ!」
リリアーナが眠っている間に、そんな会話があったとかなかったとか。
エマ医師には頭の上がらないウィリアムなのである。




