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「あら、鼻毛を侮ってはいけませんわ。笑った時にちょっぴりはみ出すあの存在感。恐ろしい事に、せっかくのお洒落も台無しになってしまいますのよ」
本気で鼻毛を侮るなと力説するリリアーナに、笑いが止まらない『氷の王子様』ことウィリアム殿下。
「まあ、何だ。私も鼻毛には気を付ける事にしよう。ククク」
「ええ、是非ともそうして下さいませね」
そんなやりとりを経て、漸く国王様達の待つ応接室へと戻って来た二人。
少し前に出て行った二人と、戻って来た二人の明らかに違う距離感に、国王様と王妃様はとても喜び、リリアーナの両親は揃って困惑顔である。
それも当然で、こちらに来るまでは婚約回避を望んでいた筈の娘が、何故か王子様との距離を縮めて戻って来たのだ。
「実はな、ヴィリアーズ伯爵より婚約は二人が戻って来た時に再度意思確認をして、決めるのはそれからにして欲しい旨言われてな。確かに今回の事は余りにも急だった事もある。(仕方なく)儂も同意して二人を(使用人に)呼びに行かせたんじゃが……」
国王様はウィリアムを見て
「どうだ?お主の婚約の相手はこのリリアーナ嬢が良いのか、それとも他の御令嬢に……」
言いかけた所で
「私の婚約者には彼女を望みます」
ウィリアム殿下はハッキリとそう言い切った。
3日前には「コレでいい」と言った彼が今、コレではなくリリアーナ自身を望むと口にしたのだ。
大きな進歩である。
この部屋を出る前までのウィリアム殿下は、明らかにリリアーナでなくても他に条件の近い者であれば、誰でも良かった筈であった。
ヴィリアーズ伯爵が頑張って頑張って頑張った結果、国王様からどうにか再度確認してから決めるという約束を取り付ける事に成功したのだが。
何故か当の本人が氷の王子様を手懐けて戻って来てしまった為に、これまでのヴィリアーズ伯爵の頑張りが水の泡となってしまったのである。
婚約回避のチャンスが、ここに消えた瞬間だった……。
こうしてこの日、ウィリアム殿下とリリアーナの婚約が成立してしまった。
リリアーナと両親は、第一王子の婚約者という称号と王子様の用意させたお菓子の詰め合わせを持って、家に帰るのであった。