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おかしい……。
リリアーナは混乱していた。
ウィリアム殿下の部屋へ案内される時は、リリアーナの歩くペースなどガン無視して歩く誰かさんのせいで、部屋まで小走りだった筈。
今リリアーナの隣を歩くこの王子様は、ちゃんと彼女のペースに合わせて歩いている。
いや、本来はそれが当然の事なのだが。
この短時間の間に、この王子様の中でいったい何があったというのだろうか。
それともあの小走りはリリアーナの思い違いだったとでも言うのだろうか。
思わず横を歩くウィリアムを見上げる様にして見れば、リリアーナの視線に気付いたウィリアムが
「何だ?まだ菓子が足りなかったか?」
と、リリアーナの頭を撫で、近くにいた使用人にお菓子を詰めて持ち帰り用として応接室へ持ってくる様に言っていた。
使用人は何かに驚いた様に目をこれでもかと言う程見開いた後、頭を下げていなくなった。
お菓子は十分に美味しく頂きましたけどね?
お土産を頂けると言うのならば、遠慮なく頂きますけれどね?
けれど、とうとうこの王子様の口から「婚約者を替える」という一言を引き出す事が出来なかったのだ。
リリアーナの餌付けが終わり、マッチョで笑い上戸な青年のダニエルに散々笑われていると、使用人が「国王様がお呼びです」と呼びに来た。
そして未だ笑い続けるマッチョを放置して、国王様と王妃様と両親がいる応接室へと向かっている途中なのである。
それにしてもマッチョ、笑い過ぎである。
「それにしてもダニマッチョは笑い過ぎですわっ!」
思い出したら腹が立ち、つい口から不満が出てしまったのだが、ウィリアムには確り聞こえたらしく
「ダニマッチョとはダニーの事か?」
と聞かれ、リリアーナはコクコクと頷く。
「レディーにあの笑いは失礼ですわ。ですからお礼に『ダニマッチョ』という恥ずかしいあだ名を広めて差し上げますの。ウィリアム様も協力して広めて下さいませね。それでもって、彼の鼻毛が3倍速で伸びる様に毎日お祈り致しますわ。
お気に入りの女性の前で鼻毛を晒して恥をかくがいいのですわっ!」
両手に拳を握り鼻息を荒くして言う割には、鼻毛3倍速と地味な呪いの内容に、ウィリアムは耐えられないとばかりに声を立てて笑い出した。
「鼻毛が3倍速とは、随分と可愛らしい呪いだな。ククク」
周囲にいた使用人達にどよめきが起きる。
何せ笑わない『氷の王子様』が笑っているのだから。