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あなたがあなただったから。  作者: 小鹿志乃
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第八話 苗の朝

まただ。またあの頃の私が泣いている。

小さな女の子は玄関で泣いている。

ふいに振り返りこちらを見た。


「なんで、裏切るの?」

「え。」

「完璧な家族は手に入ったのに壊すの?」

「何?」

「私を捨てるの?」


その目は怒りに満ちていた。


「はっ!」

苗は夢を見ていた。

心臓は音を立て、体は汗をかいている。

あの頃の苗は怒っていた。

せっかく手に入れた家族を壊すのかと。

それは秋への想いからの罪悪感だ。

あの頃の苗が軽蔑していた男の元へ消えた母への憎悪と愛されたい気持ちが今の苗に向いていた。



「......」

時計に目をやると7時半を過ぎた所だった。

昨夜遅くまで秋と飲んでいたのに目が覚めてしまった。

夫の修二と子供達は修二の実家に泊めてもらっている。

修二は美容師なので土日は関係なく、今日も実家から出勤する。

子供達は頃合いを見て苗が車で迎えに行く予定だ。


(せっかく朝ご飯用意しなくていいのに目が覚めちゃったな。

秋ちゃんまだ寝てるかな?)


スマホを手に取り画面を見た。


秋からは何も来ていない。


『秋ちゃんおはよう。昨日大丈夫だった?』

ポンッと送信音が響くや否や直ぐに既読がついた。

『おはよう!苗ちゃんも無事帰れたようで、飲み過ぎてない?大丈夫?』


「はやっ」

苗はふふっと笑った。

1人の家には小さな声もよく響いた。

タッタタッ

スマホの画面を軽快に指輪が動く。


『ウコンが効いてるね!大丈夫だよ。昨日遅かったのにもう起きてるの?』


『苗ちゃんも早起きだね!真希が早起きだから起こされた。ご飯食べてマジマリ観る』

『あーうちもいつも見てるw』


マジカルマリー略してマジマリは日曜8時からやっている可愛い女の子が変身して悪者と戦うアニメだ。

いつの時代も女の子に人気のあるカテゴリーだ。

真希も桜も例外なく大好きで一緒に映画も観に行った。


リヴィングに出てカーテンを開けた。

髪の毛はボサボサで、タバコくさい。

昨夜は辛うじて化粧だけは落としたが、そのままベッドに倒れたのだった。


一人の朝なんて久しぶりだ。

冷蔵庫を開ける、昨夜たっぷり飲んだせいか食欲はなく、桜が好きで買っているヨーグルトが小ぶりで丁度良さそうだったので、食べてみる事にした。


コーヒーメーカーに一人分のコーヒーをセット。

コポコポと音がする。


朝ゆっくりコーヒーを飲めるなんて、秋の家に泊まった翌朝から今までなかったなぁとしみじみ思う。

コーヒーメーカーにフィルターと粉を入れて水を入れてスイッチを押すだけなのに、子供達がいると戦場となり、時間までにご飯を作って食べさせて、顔を洗わせ、歯を磨き、着替えて、幼稚園に間に合わすまで余計な事は一つも出来ない。

洗物も洗濯も子供達が出かけてからだ。



ピーピーッ。

一人分があっという間に出来上がった。

苗はコーヒーをカップに注ぐと桜のヨーグルトと一緒にテーブルに置いた。

ペリペリと蓋を剥がしてスプーンを突っ込んだ。

一口食べて。


「あっまっ。」

ものすごく甘かった。

桜が夫の実家で食べて美味しかったとかで、好きで買っていたが自分では食べた事がなかった。

「......」

しかし開けてしまったし、ブラックのコーヒーで帳尻合わせをした。

なんとなくテレビを付けた。

いつもなら桜がマジマリー!マジマリ!とうるさい。

子供が産まれてからは子供番組ばかりで、世間のニュースさえよくわからなくなった。


今日は好きなものが見れる。


パッ!


『みんなー!おっはよぉ!マジカルマリー!始まるよっ!』


なのに何故かいつものマジマリをつけてしまった。


(秋ちゃんも観てるな。)


昨夜の事。

完璧な家族が欲しかった苗と完璧な家庭が欲しかった秋。

それぞれ手に入ったのだろうか?

側から見たらきっとそうだろう。そして手に入ったと感じれた時もあったのだろう。


なのに二人の心には大きな穴が空いている知らぬふりをしている間に穴はどんどん大きくなって周りを飲み込みながら真っ黒な口を開けている。

二人はその穴をくっつけて塞いだ。

けれどそれでも穴はジリジリと広がり続ける。



チロチロッとスマホが鳴った。

それは修二からだった。

『昨日は楽しかった?俺は実家から店向かって今日は9時ごろ帰ると思う。母さんが昼ごはんも食べさせてくれるって言ってたからゆっくりしてな。』


『ありがとう。楽しかった!』


『良かったね。迎えに行く時母さんに連絡入れてな。』


『わかった。いってらっしゃい。』


修二は若くして独立し、小さいながら自分の美容院を構えた。

その忙しさの中桜が産まれた。

仕方ないと言えば仕方ない、修二は若いながらプライドを持ち仕事に打ち込み家族を養っている。

それが家族の幸せにつながると信じているからこそ休み返上で講習やスキルアップの勉強をしているのだ。


しかしそれは苗を孤独にしていた。

幼稚園が休みの日も一人で二人の手を掴みあちこち遊びに連れて行き、家事をして、ぐったり疲れていた。

子供達との時間を穏やかに楽しめないイライラや愚痴ばかり浮かんで来るのは自分が母親としても人としても未熟だからだと自分を責めた。



秋は苗を心ごと包んだ。ずるいと思った。

キスをしたら秋の気持ちが流れ込んで来るようだった。

友達としてだって最高の友達でいられたのに。

それでは止められなかった。


あの後は時間で個室の店を追い出され、大衆居酒屋のうるさい中で子供の話や幼稚園の話をした。

帰りのタクシーの中でずっと手を握っていた。

繋いでいたもいうより、握っていた。


(答えなんかない。答えなんか出せない。)

苗はテレビアニメの中のキラキラと光る真っ直ぐな少女達の純粋さを見ながら甘すぎるヨーグルトをコーヒーで流し込んだ。


強烈な甘さの後には苦味が押し寄せた。

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