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あなたがあなただったから。  作者: 小鹿志乃
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第六話 二人の話

秋は苗を包み込むように抱きしめていた。

「秋ちゃんずるい。」

その腕に頭を預けていた苗はパッと顔を上げて言った。


苗の眉毛は怒っていて眉間にシワが寄っている。

そんな顔も秋は可愛いと思った。

そしてまたキスをした。

「また朝になったらオロオロするくせに〜」

「えっ」

「この前みたいに。」

「そんな風に見えた?」

「見えた。お酒飲むと積極的だよね」

「そう...かも。」


秋は思った。苗は『嬉しかった』『同じ想い』だと言っていたし、半ば強引ではあるがキスを受け入れてくれた。

それでも『好き』だとは言ってくれていない。


「まだ二軒目だよ、これじゃウコンの力を発揮出来ないんじゃない?」

苗はグラスに少し残ったワインを指差して言った。

「......飲むけどね。ウコンウコン言い過ぎじゃない?」

「せっかくだから飲みたいの!」

秋はしぶしぶソファに戻った。

「ねぇ、私達の話をしようよ。」

秋は苗にドリンクメニューを渡しながら言う。

「私達?」

苗もメニューに目を通す。

「いつも子供達の事とか生活の事が多いけど、私は苗ちゃんの事を知りたい。」

「そうだね。って秋ちゃん。」

「何?あ。私また白ワインがいいなーあとサラミ!」

「私もそれでいいけど、そうじゃなくて。さっき、胸に閉まっておこうって言ったんだけどな。」

「え。でもキスしてくれた...よね?」

「それは、だから...」

苗もはっきりと拒絶の言葉を言えないでいる、秋は次にまた苗が「ダメ!」と言う前に被せるように続けた。


「話し足りないし、せっかくだから飲みたいんでしょ?」

「...うん。」

秋はニッと口の端をあげた。

再びワインとサラミを注文して運ばれてくるのを待ってから秋はきいた。


「苗ちゃんはどんな子供だった?初恋はー?」

「子供の頃??初恋って...何で?」

そんなの聞いてどうするの?と言う顔だ。


「別に。桜ちゃん苗ちゃんに顔似てるし、おませですごい活発だから苗ちゃんもそうだったのかなーって思って。」


「はいはい。初恋ね、小学校の3年生ぐらい?名前をバカにされて失恋。私はね...大人しかったよ。というか大人しくしてた。小さい時に親が離婚して、兄がいたんだけど兄は父が引き取って、私は母に引き取られたの、しばらく母の実家にいたんだけど、そこには母の兄が結婚して子供達と一緒に祖母と住んでたから肩身が狭くて...」


「苗って名前好きだけどなぁ、繊細で頼りなげな所もあるけどそれでも前を向いて頑張ってる優しい苗ちゃんにぴったりだよ!」

「......」

一瞬苗は止まった。


「?苗ちゃん?...大人しい子じゃなくて大人しくしてたの??」


「あ...うん。母は私を置いて出てっちゃって、今でもどこにいるのか分からないの。捨てられたんだよね。だからいい子にしてないとここからも追い出されるって思って大人しいいい子だった。」


「...じゃあ本当は桜ちゃんみたいな性格だったかもしれないね?」

「どうかなー?分からないけど、桜の天真爛漫で子供らしくワガママ言うとこ大変だけど、見てると安心するよ。」

桜を思い出したのか苗はクスクス笑った。

秋はその顔を見て少しホッとした。


「その、おばあちゃんと叔父さん家族とは仲良かったの?」

「うん。それはね、みんな優しくて好きだったし、今でも連絡取ってる、心配してくれてる。働くって言ってたのにおばあちゃんがダメって言って、短大まで行かせてくれて、何とか自立したかったけど就活上手く行かなくてね。叔父のやってた店手伝って、お金貯めて東京に出てきたの。それで旦那と知り合ったと。」


「そう...おばぁちゃんは苗ちゃん大事に思ってたんだね、実家はどこ?」

「私山口よー。」

「近い!!」

「私宮崎」

「近いー?本州と九州だよ?」

「日本列島全体で見たら近い。」

「すごい事言うね。」


苗は笑った、本当はあの頃の事は話したくはなかった。

思い出すといつもそこには幼い苗が祖母の家の玄関のたたきで小さな背中をもっと小さくして座っているのが見える。

苗の後ろからは叔父一家と祖母の笑い声がする、みんな優しくしてくれる、みんな私を好きだって言ってくれる、あの家族の輪の中に入れてくれる。

だけど、すごく寂しくなる。

だってあれは私の家族じゃない。

私だけ違う。

幼い苗はシクシクと泣いている。

それを離れた所から大人になった今の苗が見ている、どうする事も出来ずに立っている。


それは思い出すといつも浮かんで来る光景だが、実際に苗は母親に置いていかれても泣かなかったし玄関で、誰かを待つようにして座っていた事もない。

けれど苗の心はこうして母が戻ってくるのを泣いて待っていたのだろう。

苗は浮かんで来るその光景を見るのが辛かった。


秋があまりにも普通に話を聞いてくるので、苗も聞かれるがままにあまり知られたくなかったはずの話をした。


「そう...母親をほとんど知らないから私育児とか家事とか上手くこなせなくていつも焦っているのかなぁ?と思うよ。」

「みんな母親になってから分からない事だらけだよ。私も毎日時間に追われてイライラしてる。」


「私ねずっと完璧な家族が欲しかったの。本当の私の家族が。」


「その気持ちはよく分かるよ。」

「秋ちゃんは、なんだか真っ直ぐだし、いつも明るいし、旦那さんとも仲良いし理想の家庭じゃない?」


「そうかも知れないけど、私の気持ちの問題かな?」

秋は一口ワインを含んだ。

「うち、両親の仲が悪くて毎晩父がお酒呑んで怒鳴ったり母に暴力をふるってるのを見てた。何で離婚しないのか、いっそ離婚してくれてらこんなの見ないで済むのにって思いながら怒鳴る声や鈍い音に耳を塞いでたな。」


「え、でもおじいちゃんて真希ちゃんすごく可愛がってよくお世話してくれてたよね?写真見せてもらったことあるよ?」


「そう、子供は大好きだし私も小さい頃はよく遊んでもらってたんだけど、母とは全く話さないし、話しても怒鳴りつけるだけ。段々と成長していくにつれ耳を塞いでるだけじゃなくて、父に反発するようになってた。二人を見て育って私は絶対結婚なんてしないし、愛なんて信じないっ!て思ったね。そんなのドラマだけでしょって。」



「だけど家から離れて会社で旦那と出会って結婚てなった時に私は完璧な家庭にするんだと思った。自分の家みたいな子供の頃の自分が感じて来た辛さを自分の子供にはさせない!って。」


「それから真希が産まれて父が真希を大切にしている様子を見てたらわだかまりは溶けたように思えた。父親とは上手くいかなかったけど、真希のおじいちゃんしては割と上手く付き合えてたんだ。母とは相変わらずだけど、真希の前で暴れる事はなかったし。」


苗は時折顔を歪めながら黙って聞いている。


「2年前に父は癌で死んだの。それから私ちょっと変になってさ。」

「2年前ならもう出会ってたし、亡くなった話も聞いたけど、変だとは思わなかったよ?」


「普段はねー。ずっと嫌悪してた父が死んんで、最期は昔よりずっと良い関係だったのに、父が死んでから何でかその嫌悪感が旦那に芽生えたの...いい人なんだよ。なのに父が亡くなった事で消えたと思ってたトラウマみたいな感情が子供達の父親である旦那に現れた。」


「旦那さんになんかされたとかではないよね?」


「もちろん!何でか自分でも分からないんだけど、旦那がお皿落として割った音や子供を叱る声で昔父が暴れてたのがフラッシュバックしたり、男性恐怖症?怖いと思う時もある。こんな事は言えないし、こんな気持ちになる事がすごく申し訳ないんだよね。」


「秋ちゃん、それ...すごく辛いよ。病院とか行って話した?そんなの苦しすぎるよ。」

苗は驚いた顔をしていた。テーブルの向こう側から手を伸ばし秋の手を握りしめた。

苗の手は冷たい。


「普通じゃないのは分かってる、でも行けないよ〜。病院行ってるの旦那にバレちゃうし、私の旦那への感情もバレるかも知れない。」

「でも、このままじゃ。」

「...苗ちゃんだって、旦那さんとちゃんと話した方がいいんじゃない?旦那さんは知らないと思うよ?苗ちゃんが沢山我慢して頑張って泣いてる事。」


秋は手のひらをくるりと返して冷たい苗の手をさすりながら包んだ。

「...上手く言えない。言っても伝わらないよ。」

苗がうつむく。

「言ったら追い出されちゃうって思うの?」

「それはっ...もう子供じゃないしそんな事思わないけど。」

「言わないとずっと気づいてもらえない。」

「それは秋ちゃんもでしょ!」

「知ってる。」

「.....」

はーーーーーーっ。


二人は見つめ合い同時に大きなため息をついた。


『完璧な家族』『完璧な家庭』

そんなものは存在しないのかもしれない。

あったとしても、自分達の手に入らない、手に入れるには自分達の手はあまりに小さく目一杯地を広げつかみ取ろうと頑張っても溢れて行く。それを落ちないようにあたふたともがいて手をばたつかせて、いずれ落としてしまう。


小さな秋の手とか細い苗の手は、お互いの手をすっぽりと包みこむ事も難しい。

女性同士の柔らかな手だった。


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