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あなたがあなただったから。  作者: 小鹿志乃
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第四話 朝の続き

真希が零したジュースを拭き取り濡れた雑巾で水拭きをした。

子供達は楽しそうに食卓で笑っている。

零してしまった真希のコップにもう一度オレンジジュースを少なめに注ぐと秋はローテーブルに戻った。


「秋ちゃんご馳走さま」

既に苗は食べ終わっていた。

「いえいえ。作ったのほぼ苗ちゃんだし。」


「ねぇー!りんごはー?」

テーブルからこちらへ顔を向けて桜が行った。

桜は苗の上の女の子だ。

「そうだった、みんなご飯食べ終わったら剥いてあげるからねー」

秋はテーブルへ向けて声をかけた。

「私食べ終わったし、洗い物しておくよー」

「あ、ありがとう。私食べたらりんご剥くから。」


苗は自分の食器をシンクに持って行き、子供達のテーブルを覗き見て食べ終わっている桜と真希の食器を下げた。

「ごちそーさまー!」

「はいはい。」


下の男の子二人、柊と勇気はまだ食べている、というか食べながら遊んでいる。


「勇気、ちゃんと食べないとダメなんだよ!」

「柊!早く食べないとりんごたべれないよ!」

二人の姉から注意され男子二人はしぶしぶパンに手を伸ばした。


「女の子だねぇ〜」

と苗が台所で皿を洗いながら言う。

「ねぇ〜。自分も食べるの遅い時あるんだけどねぇ。」

「そうそう、やたら弟の事言うよね!」

「わかる。」

(あれ、話の続き言われなかった。変な態度だったかな?何て言おうとしてたんだろ?)


昨日のあれは何だったの?と言われたとしても何と答えていいか分からない。

気づいたらキスしちゃってた。


私の事好きなの?と言われても

そうかも、でもそれ言っていいの??


私の事どう思ってるの?と聞かれたら......

大事な友達で、ママ友で、お互い共感できる環境で、助け合ってて、一緒にいて楽しくて、

で、今は、すごく愛しいなと思ってる。


パンを齧りながら秋の頭の中はグルグルしていた。

(ダメだ。これはもう完全に好きって事じゃないか。だけど、お互い結婚して子供もいてこれ以上どうにかしたいって訳じゃ...)


「秋ちゃん、コーヒー飲む?コーヒーメーカー勝手に使っていい?」

「あ、やるやる!」

「食べてていーよ?」

「もう食べ終わるから。」


秋は自分の皿を持って台所へ立った。

「お皿シンクに入れちゃって、洗うから」

「ありがとう。コーヒー入れるね!」

コーヒーメーカーをセットしてりんごを冷蔵庫から取り出した。


「ごちそーさまでしたー!!」

柊と勇気も食べ終わったようだ。

秋はテーブルに空いた皿を取りに行った。

「はい、よく食べました!りんご剥くから待っててね!」


桜はテレビ台にあるDVDを眺めている。

「テレビみていーい?」

「桜ー、後にしなさい。自分の家じゃないんだから。」

「うちはいいよ〜ディズニーとかDVDあるよ」

桜は目を輝かせた。

「見たい!」

「真希はねぇ、これが好きなんだよ!プリンセス!」

真希は自分のお気に入りを差し出した。

「桜も好き!」

二人はDVDを引っ張り出しジャケットを眺めてニコニコしている。


「じゃあこれにしようか、今流すからね。」

二人は大人しくプリンセスのアニメ映画を観出した。

弟達もテレビがついたので一応一緒に観ている。


コーヒーメーカーがコポコポと音を立て、いい香りが漂い始めた。


「桜テレビが好きでさ、私が家事やる時テレビ見せてたせいなんだけど、テレビつけてないと、足にひっついたり泣いたりご飯も、作れなかったから。」


子供達がテレビを観始めて、秋と苗は台所に並んで皿を洗い、リンゴを剥きながらしばし静かに話した。


「私も同じだよ、他の友達は親に見てもらってたり、たまに実家にご飯食べに行ったりしてて、私だけ毎日一人で子供見ながらご飯作ってって思ってたし。テレビに子守させないでねって旦那の、お母さんに言われたけど、構っていたら何にも出来なかったもの。」


「具合悪くても病院もなかなか行けないしね。」

「子供達連れて自分の病院とか行けないよねー。」




3年ほど前


秋と苗は地域の市民センターで出会った。

月に何度か英語の絵本読み聞かせや体操などの育児支援イベントがあり、何もない日でも、子供を遊ばせられるプレイルームがあるので、乳児から幼稚園ぐらいまでの子供達や育児サークルの、人達が集まったりしていた。


秋は地方出身者で2つ年上の夫とは職場で知り合い、結婚と共に退職。

夫もまた地方出身者で二人とも気軽に帰省できるような距離ではなかった。

里帰り出産こそしたものの、戻ってきてからはほとんど一人で周りに子供のいる友達もおらず、赤ん坊だった真希と家から出ない日が何ヶ月か続いた。


このままではまずいと思い市民センターに足繁く通ったが、そこには既にサークル仲間や、仲良しグループが出来ていて母親達の交流の場というには一見さんとしては少し壁を感じた。

それでも幼い真希が同年代の子供と接して良い刺激を受けるのならと週に3.4回通っていたある日サークルの人に声をかけられた。


「いつもいらしてますよね?どこかサークル入ってます?」

この人はいつも秋がプレイルームに入ると目で追ってくる人で、話しかけられたのは初めてだった。

「いえ、入ってないです」

「良かったら一緒にやりません?来週はひな祭りのイベント考えてるんですよ、楽しいですよ!」

「ありがとうございます、でもサークルとか苦手で、行かなきゃ!って思っちゃうのがきつくてぇ...すみません。」

素直に本音を言ってしまったが、悪気はなかった。

相手も、

「そうですか、入りたくなったらいつでも声かけて下さいね。」

と笑顔だったのに、次に会った時

「おはようございます。」

と言ったら思いっきり無視をされた。

周りで子供が泣いていたし聞こえなかったのかな?と思ったが、それから何度挨拶をしても無視で、その顔はツンとしていた。

まるで意地悪な小学生みたいに。


サークルの誘いに乗らなかった事か断り方か、何にせよ相手を怒らせた事には違いないようだった。


秋は(この人がいるサークル入らなくてよかった、今後も絶対どこのサークルにも入らないっ!)

と心底思い、この市民センター通いも止めようかと考えていた。

(公園だってあるんだし、ここじゃなくたって、真希は遊べる!あの人はセンターを自分の縄張りかなんかと勘違いしてんじゃないの?!)

その日もセンターであの人がいたが、もう挨拶するのも止めた。



ふと見ると、真希はいつの間にか同じぐらいの女の子と一緒にいて、気が合ったのか仲良く二人で同じペースで遊んでいた。

女の子のお母さんも近くにいて一人で来た様子だった。

子供達ははしゃいで走り回り滑って転んで頭と頭をぶつけてしまった。


(まずい!)

秋は慌てて駆け寄って真希と女の子に声をかけた。

「大丈夫?!」

「いたいーー!」

女の子は頭をこすっていた。

「ごめんね。痛かったよね!」

真希はキョトンとしている。

「すみません!大丈夫でした?」

女の子の母親も申し訳なさそうにやって来た。

「いえ、こちらこそすみません、うちは全然平気みたいで...」

「ママ〜たーい!」

「大丈夫大丈夫。一人で遊んでても転ぶんで気にしないで下さい、全然大丈夫ですから。」

その女の子は桜でその母親が苗だった。


その日一緒に遊びながら秋はなんとなくこの人となら仲良く出来る気がしていた。

「あの、お家近いんですか?」

「近いのかな?車で10分ぐらいなんですけど、私、地元がこっちじゃないので、こことか今日初めて来て...」

苗は控えめに言った。

「そうなんですかー!私も地方が実家で、子供いる友達もいなくて。」

「えーそうなんですか...あの、良かったらLINE交換しません?」

「しますします!」

苗から連絡先を交換したのだった。

それからは市民センターには行かず公園やお互いの家で遊ぶようになった。

聞けば苗の旦那さんは美容師さんなので休みは基本平日の週に一度だし、土日はもちろん仕事。

秋の夫も土日に仕事や出張が入る事が多く、お互い頼れる実家も近くになく、とても共感出来た。


それまで話すことのなかった不満や不安がこんなに溜まっていたのかとおもうほど、同じ気持ちを抱える苗相手にボロボロとこぼれた。

苗も気持ちを理解してくれて、同じように話し、共感し合った。

結果は何にも変わらないのだが、二人で同じ思いを吐き出して分かり合える人がいるというだけで大袈裟だが、今までとは世界が違って見えたのだ。



それから3年は友達として時々遊んでいただけなのに。

昨夜から急に関係性が変わってしまった。



「はい、りんごだよー。」

「りんごーーー!!」

子供達は剥かれたりんごに群がる。


秋は時計を見た。

9時。

二人はコーヒーで一息ついた。


夫はきっと13時には帰ってくる。

苗達が泊まりに来ることは知っているので問題はないのだけれど、それまでに昨日の話をするかどうか......。

何気ない会話を繰り返しながら秋は自分から聞くことに決めた。


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