孤独
病院に着くと苗は入り口すぐの広い待合いで座って待っていた。
目は赤くて白い肌に目立つクマができている。
「苗ちゃん」
秋が声をかけると、パッと見上げて泣きそうな顔をした。
「あ...秋ちゃんごめん、ありがとう」
「寝れてないね?大丈夫?何か食べた?」
「食べてない。」
「柊くんは?」
「まだ、寝てる」
「うちの近所のパン屋さんでパン買ったの、食べれたら食べて、ほら病室行こう?」
「うん。」
病室に向かいながら
「旦那さんは?」
と聞いた。
「仕事だよ。自分の実家から桜も幼稚園に連れて行ってる。」
「そう。」
(やっぱり仕事行ったんだ)
柊は長い柵で覆われたベビーベッドのようなベッドに点滴を付けて寝かされていた。
苗がベッドの前に簡易のイスを出してくれたので二人は並んで座った。
「夜中、何度か泣いて起きたから、今落ち着いて寝てるの」
「そっか。苗ちゃん一度家に帰りな、パン食べてからでもいいし、持って帰ってお家で食べてもいいよ?入院に必要な物もあるでしょ?」
「うん。」
空気が重い
柊の小さな寝息がスースーと響く
「...先に話聞こうか?」
「...うん。」
苗はぼんやりしながらポツリポツリ話し出した。
「...柊はよく熱を出すの仕方ないし、辛いのは本人だから可哀想だし、私も心配だから世話するのはいいんだけど....旦那が毎日余裕で出かけて行くの。」
「うん。」
「私が泣いてる柊をなだめたり、吐いたのを片付けたりしてる中いつも通りなの出かける支度して、横目で見て大変そうだねって...まるで他人事。のんびりトイレ入ってコーヒー飲んでじゃあ行って来るわって、テーブルにお皿も飲んだカップも置いたまま自分の事だけ済ませて。もう一週間私は看病で柊と桜の世話ばかりだったのに。」
具合の悪い柊を置いてはいけないので、一緒に車に乗せて桜を幼稚園まで送り、その間に柊は車で吐いたそうで、チャイルドシートを外したり洗ったり、その間柊は具合の悪さから不機嫌で泣き続けていたと言う。
苗は俯いている。
疲れているんだ。
「昨日旦那に電話したの」
「何言ったの?」
「泣きながら辛いって。看病大変でもう辛くて仕事休めなくても、気遣って欲しいって、秋ちゃんなら全部言ってくれるし気づいてくれるのにっ!て。」
「え、私?!それ言えたの?」
「言った!」
膨れっ面でドヤ顔で涙目で言う苗を見て
可愛い....
と思ってしまった。
「で。旦那さんは何て?」
「何キレてるかわからないって、仕事あるのは仕方ないし桜は幼稚園連れて行ってあげたし。おれは良くやってる方だしイクメンて言われてるし、周りはもっと何もしないからって。誰に言われたんだか誰と比べてるのか知らないけど....」
私の事はスルーだ。
「旦那はご飯とか実家に丸投げで桜を幼稚園に送ってはくれたけど、やってあげてるって言い方をする、旦那の実家があって助かってるし自分の実家が近くにあっても頼れない人はいると思うけど。でも、心の余裕が違うよ」
「うん。そうだよね。」
「私一人でこんなのばっか、柊は悪くないよ、でも私だけの子供じゃないのに、私だけが大変なのおかしくない?私...すごく孤独で...だって昨日の夜に救急外来に行く支度してて...その時桜は寝てて旦那はテレビ見てた。家族なのに何だか私だけみたいですごい悲しくて病院でも寝れなくて...じゃあ具体的に旦那に何て言って欲しくて何して欲しいのかも分からないの...
もう分からなくなっちゃって...それで昨日電話....」
「苗ちゃん偉いよ、寝れてないし大変だったね。いつでも私に電話して。それに私も実家遠いから分かる」
「....ごめん、私の旦那の実家はこっちにあるのに秋ちゃんは旦那さんも地方だもんね。」
「どっちが辛いとかじゃないよー苗ちゃんがこの一週間缶詰めで頑張って看病してて、でも家事もしてて大変だったの知ってるよ。大丈夫大丈夫私がいるから。」
「うー」
苗は秋の手をぎゅっと握って泣いた。
子供みたいで可愛い
苗の頭を撫でた
可哀想な苗
痛いほど気持ちがわかる
でも
苗だけじゃない。
どうしてみんな世の中は
「母親なら当然」
「母親なら大丈夫」
「母親がやるもの」
と思うんだろう?
同じように家事育児した事ある訳でもないのに
子供の面倒見るのは当然だけど。
母親もただの人間なのに。
ずっと子供達と一緒にいて、看病しながら家事もして頼れる人もいなかったら、そりゃ孤独に襲われる。
大変だし疲れるし、寝たいし。
イライラするけど、分かってもらえない、平気なんかじゃない
気づいてもらえないんだ
だから孤独になる
無関心は人を孤独にする。
トン
苗の頭が秋の肩にぶつかった
まぶたに涙を浮かべたまま苗が寝ている
「苗ちゃん?ここで寝ちゃったら...」
寝顔見るのはあのお泊り以来だった
元々八の字気味の眉毛
細くて長いまつ毛は今日も涙で濡れている
この子は旦那さんの無関心に泣いてるんだ
でも辛い気持ちを伝える事が出来た。
「苗ちゃん、これじゃ疲れ取れないよ」
苗の肩を揺さぶった
「...ん...」
もう少し...このままでいいかな
もう少し
もう少し
苗のこめかみから目元に頬擦りをした
柔らかい苗の匂いがする
「苗ちゃん好きだよ」
もう少し
もう少し
好きでいさせて